2025年6月14日土曜日

「デビルズ・バス」

監督: ヴェロニカ・フランツ/セヴェリン・フィアラ  2024年オーストリア・ドイツ

☆☆☆

18世紀の中欧に関する民俗学的、宗教的なテーマを、丁寧な時代考証に基づき、絵画的とも言える映像をもって、リアルに再現したという点において、賞賛されるべき作品なのでしょう。ただ、ドラマとしてのポテンシャルは、決して高くありません。そして、最悪なのは本作をバリバリのホラー映画としてプロモートした配給会社の浅ましさです。ユニークなアプローチですが、そもそもホラー映画であることは間違いないのでしょう。娯楽性に乏しいテーマの映画を売り込む難しさも理解できます。ただ、それをありきたりなホラー映画として売り込むことは如何なものかと思います。訳の分からないタイトルも噴飯ものです。もっとも、ヴェロニカ・フランツとセヴェリン・フィアラのコンビは、ホラー映画で実績があり、評価もされているようです。

メイン・プロットは、17~18世紀の欧州で頻発したという代理自殺(suicide by proxy)です。多くの宗教は自殺を戒めています。特に一神教にあっては、人の命は神が定めるものであって、人間が自ら判断することは神の冒涜だとされました。本作でも、伏線として、自殺した農夫が埋葬を拒絶され、野ざらしにされるシーンが登場します。かつての中欧にあって、この世をはかなんで自らの命を絶ちたいと思った人たちは、殺人を犯し、それを教会で告解し、そして公開処刑されることで救われると信じたようです。代理自殺に関しては、数百件に及ぶ記録が残り、研究も行われています。本作も、18世紀、オーストリア北部で実際に起きた代理自殺事件に基づき構成されているようです。

代理自殺を巡る議論としては、自殺を忌まわしいものとする宗教観に加え、告解という不思議な仕組みがポイントになります。告解は、自らが犯した罪を聖職者に告白することで、神のゆるしを得るという儀式です。ゆるしの秘跡とも呼ばれ、カソリックにおいては”7つのサクラメント(秘跡)”の一つとされます。日本では、しばしば懺悔とも呼ばれますが、これは正しくありません。懺悔は、仏教用語であり、罪を告白することで自ら悔い改めるという意味です。なお、プロテスタントでは、洗礼と聖餐だけがサクラメントとされています。聖書に忠実なプロテスタントは、他のサクラメントを現世御利益主義であり、迷信を生むものとして否定しています。告解は、教義ではなく、教会が信者を獲得し、つなぎとめるために発明したものなのでしょう。

代理自殺にともなって行われた殺人は、サクラメントが生んだ悲劇と言えるのかもしれません。ここを深掘りすれば、映画としては、より深く、より面白くなったと思います。ただし、それは、ダイレクトに、カソリック批判、教会批判、バチカン批判になるわけです。ドイツ語圏は、プロテスタントを生んだ土地柄ではありますが、ドイツにはプロテスタントとほぼ同数のカソリック教徒がおり、オーストリアでは過半数に及ぶようです。代理自殺の宗教的背景を深掘りすることなく、民俗学的興味に留め、ホラー的に扱うことが無難なアプローチだったのでしょう。同じキリスト教徒ながら、ユグノー戦争、三十年戦争はじめ血みどろの宗教戦争を戦ってきた国々ですから当然かもしれません。しかも、宗教戦争は、決して過去の話でもありません。

この映画が、プロテスタントの国で、かつ福音派が幅を利かせるアメリカで製作されたとすれば、随分と違った映画になっていたことでしょう。作中、気になるシーンがありました。映画の前半と後半に、主人公が告解のために教会へ行くシーンが挿入されます。深い霧の中を石造りの教会の門へ向かう映像は、見事に絵画的です。しかし、その教会は、どう見ても城塞にしか見えません。庶民を圧迫することにおいて、カソリック教会と領主層は同じだ、という製作陣の主張を感じさせます。カソリックに気を使いながら製作した映画だとは思いますが、やはり製作陣はプロテスタントなんだ、と思わせるシーンでした。(写真出典:klockworx.com)

2025年6月12日木曜日

レモネード・スタンド

NYにいた頃、早春には制服姿のガールスカウトがクッキーを売りに来たものです。活動資金を集めるための伝統行事であり、世界中で行われています。もちろん、買ってあげていましたが、味はまったく覚えていません。ガールスカウト・クッキーは、子供たちが焼いているのではなく、公認を受けたベーカリーの製品です。特徴のあるクッキーではなく、ごく当たり前のクッキー なので印象に残っていないのでしょう。ガールスカウト・クッキーは、資金集めだけではなく、少女たちに計画性、チームワーク、組織力、コミュニケーション、目標設定、そして金融リテラシーを教えることが目的としています。販売量に応じたインセンティブも設けられているようです。といってもバッジやぬいぐるみ等であり、現金ではありません。

スカウトは、英国で生まれた世界的な運動ですが、ガールスカウト・クッキーという発想はアメリカっぽいなと思います。アメリカの夏の風物詩にレモネード・スタンドがあります。子供たちが、自宅のガレージ前などで、自分たちで作ったレモネードを売るわけです。大人たちが買うのですが、何か理由を付けてチップをあげることも定番です。可愛らしいベンチャー・ビジネスに大人たちが付き合っているのは、それが社会的に重要な教育と認識されているからです。子供たちは、レモネード・スタンドを通じて、ビジネスの基本を体験し、金融リテラシーを学び、起業家精神を身につけるわけです。ピューリタンの国アメリカでは、職業も、そこであげる利益も神の御心に沿うものとして尊重されます。カルヴァン派が産業革命を起こしたとされる所以でもありす。

思えば、日本には、そこまで社会的に認知された子供たちのビジネスは存在しません。強いて言えば、高校や大学の学園祭で見かける模擬店くらいでしょうか。ビジネス的な要素だけを取り出してみれば、レモネード・スタンドと大差ないように思います。ただ、その本質には雲泥の差があります。年齢的な違いも大きいとは思いますが、それ以上に、レモネード・スタンドは小さいながらも利潤を追求するビジネスそのものであり、模擬店は皆で楽しむためのお祭り騒ぎに過ぎません。日本の場合、学生の本分は学業とされ、世俗とは一線を画す傾向が強いように思います。要するに、利潤追求が宗教的に祝福されるピューリタンの世界と、世俗から離脱することを良しとする出家宗教としての仏教との違いなのではないでしょうか。

日本では、2020年度から小中学校での金融教育が始まり、2024年度から高校では義務化されました。金融リテラシー獲得が目的とされます。結構なことだと思います。金融庁は、 家計管理、 生活設計、 金融・経済知識や適切な金融商品の選択、 外部の知見の適切な活用、という4分野を金融リテラシーと定義しています。そのとおりだと思います。現代社会でより良い生活を送るために、金融知識はあった方が良いとは思います。ただ、学問化することの弊害もあります。例えば、技能である英語を学問化したことで、日本人の英語力は悲惨なことになっています。つまり、知識を詰め込み、試験を行ったところで、身に付くというわけではありません。知識や論理的思考は学問を通じて得られますが、生活の術や知恵は実践によって得られるものではないでしょうか。

ガールスカウトと言えばクッキーしか思いつきませんが、ボーイスカウトはキャンプとロープの結び方というイメージがあります。過日、会社で同期だった沖縄の友人から驚くべき話を聞きました。小学生の頃、ボーイスカウトに参加しており、そこでライフルを使った実弾射撃の訓練を受けたというのです。思わず、ウソだろ、と叫んでしまいました。調べてみると、アメリカのボーイスカウトでは、ごく当たり前のトレーニングらしいのです。当時の沖縄は、アメリカ統治下ですから、射撃訓練も理解できる話です。ガールスカウト・クッキーやレモネード・スタンドによる実践教育は素晴らしいと思うのですが、狩猟目的であったとしても、さすがに銃の実践訓練は理解を超えてます。それがアメリカの銃社会という問題につながっていなければいいのですが。(写真出典:denverpost.com)

2025年6月10日火曜日

「国宝」

監督:李相日     原作:吉田修一   2025年日本

☆☆☆+

まずは、歌舞伎界を舞台とする一代記など、よくぞ映画化したものだと感心させられます。いかに名手・李相日とは言え、極めてハードルの高い挑戦だったと思います。まずは、俳優たちが短期間で一定レベル以上の芸をものにする必要があります。厳しい稽古を何年も重ねたうえで、はじめて舞台に立てるという世界です。一流の俳優は、とてもセンスの良い人たちだとは思いますが、中途半端な芸ではごまかせない本作への出演は、かなり難しかったはずです。また、歌舞伎は、俳優以外にも唄方、三味線方、鳴物はじめ、かなりの人数が揃って舞台が成立します。その大人数が乗る本格的な舞台も必要となります。歌舞伎界の全面協力がなければ本作は成立し得ないということになります。

また、本作が一代記であること、舞台上の舞や芝居を見せる必要があることから、かなり長尺な映画にならざる得ないという課題もあります。本作の上映時間は3時間近くなりますが、それでも、十分ではなかったと思います。それをどうさばくかということになりますが、ここはまさに監督の腕の見せ所です。李相日は、流れるようなカット割りと効果的な音楽を用いて映画をまとめています。クリストファー・ノーランの「オッペンハイマー」を思わせるようなさばき方になっていると思います。つまり、自然主義的な演出、あるいは演劇的な芝居を避け、印象的なショットをメリハリをつけて重ねていく手法です。李相日が「悪人」(2010)で見せた演出とは、全くの逆のスタイルであり、ややもすればイメージ映像的になる懸念があります。

ドラマを構成するためには、表情や所作だけで多くを語る演技が求められます。主演の吉沢亮は、芸の習得もさることながら、この点においても見事なものだったと思います。センスの良さを感じました。また、明らかに、梨園で育った寺嶋しのぶの演技、舞踏家の田中泯の存在感が、この映画を引き締めていると思います。一方、李相日映画の常連と言える渡辺謙の起用は微妙です。その手堅い演技は監督を安心させるのでしょうが、歌舞伎役者としてのリアリティからはかけ離れています。また、見上愛は、短時間ながら存在感のある演技をみせていたと思います。ほとんど日本映画を見ないものですから、吉沢亮も、見上愛も、この映画で初めて知りました。なかなかいい俳優もいるもんだと感心しました。

この手の映画では、映画としての広がりを確保するうえで、抜けのあるロングショットの挿入も重要になります。過去の作品からして監督はそれをよく心得ていると思います。ただ、その点が巧みだったオッペンハイマーと比べると、歌舞伎界という設定や時間的制約もあってか、多少、ご苦労されている印象がありました。ショット同様、ドラマ性の限界をカバーする音楽の使い方も重要な要素になります。原摩利彦という人の音楽は見事だったと思います。長唄や囃子にかぶせて違和感なく、押しつけがましくもなく、かつ十分にドラマ性をサポートするという難題を十分にこなしていたと思います。アンビエントやエレクトロニカで活躍する音楽家のようですが、そうしたバックグラウンドが十分に活かされていると思いました。

本作を観て、陳凱歌の傑作「さらば、わが愛/覇王別姫」(1993)を思い出した人も多いはずです。舞台は京劇界でしたが、テーマはあくまでも中国現代史でした。本作には政治的な重さはありません。原作は、2019年に出版された吉田修一の同名小説です。梨園の血縁社会をモティーフとしますが、日本の社会や文化を深掘りしているわけでもなく、あくまでもエンターテイメントと理解すべきなのでしょう。ちなみに、李相日の「悪人」、「怒り」(2016)も吉田修一原作です。初めて李相日の巧みさに驚いたのは「フラガール」でした。大ヒットを記録し、キネマ旬報の年間ベスト・ワンにも選ばれました。ジェイク・シマブクロの音楽も印象的でした。思えば、フラガールでも、フラ未経験の出演者たちが特訓を受けて、見事な踊りを披露していました。ただ、フラガールは素人がダンサーになる話であり、今回は至芸の世界を描いています。まったくレベルが異なります。(写真出典:eiga.com)

2025年6月8日日曜日

会津五街道

行きたいと思いながら機会がなかった大内宿へ行ってきました。江戸からは会津西街道、会津側からは下野街道と呼ばれた街道の宿場町です。江戸時代さながらに茅葺きの古民家が並ぶ町並みで知られています。現在、古民家は、土産物屋、蕎麦屋として利用され、多くの観光客が訪れています。山間の少し開けた土地であることから大内と命名されたものと思いますが、平家の追っ手を逃れてきた高倉宮以仁王がこの地にたどり着き、大内裏にちなんで命名したという言い伝えがあるようです。しかし、史実として、平家に反旗を翻して挙兵した以仁王は、南山城で討たれています。村には鎮守として高倉神社も祀られていますが、これは明治になって観請されたものです。

江戸期の会津は、東北諸藩ににらみを利かせる幕府の要衝として重視され、会津松平家(保科家)が、23万石、実高40万石を治めています。会津は、戦国時代から領主の変遷が激しく、蘆名、伊達、上杉、蒲生、加藤、そして保科と変わります。保科家の時代が始まると同時に、若松から放射状に延びる会津五街道も整備されています。南東へは白河とつなぐ白河街道。東は二本松へ向う二本松街道。西は越後へ続く越後街道。北へは米沢と結ぶ米沢街道。そして、南へは下野今市(日光)をめざす下野街道(会津西街道)が整備されます。これによって、奥州街道からは外れていた会津が、東北・関東一円へのアクセスを確保し、徳川家の北の守りとして機能したわけです。もちろん、会津五街道は、会津の産業をも支えることになります。

江戸幕府の五街道とは、日本橋を起点とする東海道、中山道、日光街道、甲州街道に、宇都宮で日光街道から枝分かれする奥州街道を指します。幕府直轄の基幹道路として、伝馬、宿場、一里塚、松林等が整備されます。謀反あれば、江戸から素早く幕府の軍勢を送り込む軍用道路だったわけです。大名の参勤交代も、幕府管理下の五街道を使うことが求められます。しかし、すべての藩を網羅しているわけではないので、中国路、伊勢路、北陸路等々の脇往還も整備されます。中国路などは大動脈ですが、江戸につながっていないので五街道の外ということになります。会津西街道も脇往還として整備された道でした。会津藩はじめ、新発田藩、村上藩、庄内藩、米沢藩などが参勤交代で使っています。家康が眠る日光を通ることにも意味があったのでしょう。

初めて会津を訪れた時に驚いたのは、会津盆地の広さです。盆地の南東に位置する鶴ヶ城に登ると広大な盆地を一望できます。四方を囲む山々もすべて会津藩領であり、上杉家の時代には庄内、佐渡も含めて120万石に達していたとされます。また、石ヶ森はじめ複数の金山もありました。会津藩の石高23万石は、御三家を超えぬよう表面上定められたものであり、実高は水戸藩を超えていたと言われます。また、北の守りという性格から軍事力の増強も盛んに行われ、江戸期には薩摩と並ぶ軍事大国として知られることになります。幕末、薩長が戊辰戦争にこだわったのは、佐幕派、特に会津を壊滅することだったと言われます。無益な血が流れたようにも思いますが、中央集権国家をいち早く樹立させるためには避けて通れない戦いだったのでしょう。

明治になると、会津西街道は付替工事が行われます。街道から外れた大内宿は、その役割を終えています。大内宿には、再建された本陣もありますが、そもそも若松と田島宿の中間にあり、昼食休憩をとる場所に過ぎなかったようです。それが大内宿を半農半宿の宿場にした理由でもあるのでしょう。1683年の日光地震によって、会津西街道は、しばらくの間、街道としての機能を失います。会津藩の参勤交代も白石街道が使われるようになり、大内宿は、一層、半農半宿という性格を強めていったのでしょう。しかし、半農半宿の宿場であったため、街道がその役割を終えた後も、往時の風情を残すことになったのだと思われます。大内宿の名物と言えば、高遠そば、通称ネギそばです。箸ではなく、一本まるごとのネギを使ってそばを食べます。信州の高遠から伝わったとされますが、高遠では既に廃れています。とにかく食べにくいので、廃れて当然とも思います。(写真出典:icotto.jp)

2025年6月6日金曜日

「ガール・ウィズ・ニードル」

監督:マグヌス・フォン・ホーン  2024年デンマーク・ポーランド・スウェーデン

☆☆☆+

(ネタバレ注意)

第1次世界大戦末期から戦後にかけて、コペンハーゲンで実際に起こった事件に基づく作品とのこと。リアリティのある白黒画面、実験的な映像や音楽、印象に残る演技などが、緊張感あふれる映画を構成しています。一見すると、時代と貧困に翻弄された女性を描いたフェミニズム映画のようではあります。ただ、戦争の悲惨、事件の凄惨、社会の前近代性と主人公の近代性、といった要素の多さが、やや消化不良を引き起こしているような印象も受けます。母性の深遠さとフェミニズムを絡めたアプローチは、他のフェミニズム映画には見られないユニークな試みだと思います。ただ、それも、必ずしも分かりやすく表現されているとは言えません。

タイトルである針から見れば、主人公は針子として縫製工場で働いており、前近代的な社会と女性との関係を象徴しています。自らの手で堕胎を試みる際には編物針が使われ、女性が置かれた厳しい立場が象徴されます。私生児を出産する覚悟を決めた主人公は、穏やかに編物をします。これは母性と主人公の近代性を表しているのでしょう。ただ、映画の後半では針が登場しません。英語の針には、怒りや敵意といった意味もあります。デンマーク語は不案内ですが、恐らく同様の比喩的な意味があるのだろうと思います。とすれば、映画後半は、主人公自身が針となって、前近代性を否定する、あるいは母性と近代性を縫い合わせるといった意味合いがあるのではないでしょうか。

 公衆浴場で堕胎を図った主人公は、さる女性に助けられます。菓子店を営むその女性には裏の顔がありました。非公認の養子縁組仲介業です。営利目的の養子縁組仲介は、人身売買として禁止されています。女性は、赤ん坊を連れてきた母親から手数料を取り、養子縁組は行なわずに、赤ん坊を殺害・遺棄していました。これが実際に起こった事件かと思うと、実にゾッとします。正に悪魔の所業ではありますが、事件の背景には様々な状況も見えてきます。望まれずして生を受ける赤ん坊は、いつの世にも存在します。その対応も様々取られてきたわけですが、養子もその一つです。養子縁組は、子供を手放さざるを得ない親、そして子供が欲しい親がいて成立します。そこに仲介者が登場するのは自然の流れだと思います。

物体に力を加えると、弱い部分に圧力が集中します。同様に、戦時下の都市部では、女性が生きづらくなるわけです。冷血な犯罪者である菓子屋の女性は、女手ひとつで娘を育てる寡婦でもあります。彼女も、赤ん坊を手放すしかなかった女性たちと同じく戦争の被害者であると言えるのかもしれません。また、彼女は母性の敵ではありますが、窮地に立った女性たちに救いの手を差し伸べたとも言えます。彼女は、赤ん坊を引き受ける際、母親に必ず「あなたは正しいことをした」と言います。それは自分自身に向かって言っている言葉でもあるのでしょう。もちろん、行ったことは最悪の犯罪ですし、彼女が同情的に描かれているわけでもありません。監督は、母性は女性にとって呪縛でり、ゆえに戦時下の女性は一層厳しい状況に置かれると言っているのかもしれません。

しかし、菓子屋の女性が逮捕された後、主人公が彼女の子供を養女として引き取る際に見せる笑顔は、別のことを語っているようでもあります。凄惨な事件が描かれたホラー映画としては、救いのあるラスト・シーンが必要だったという面もあるのでしょう。同時に、このラスト・シーンは、母性、あるいはヒューマニズムは、フェミニズムの大前提である、という監督のスタンスを表しているようにも思えます。ただ、残念ながら、そのスタンスが明確に打ち出されているわけではありません。いずれにしても、母性とフェミニズムの関係は、とても奥の深い議論であり、フェミニズムの本質に関わる議論だとも思います。娯楽映画ではありますが、そのことを改めて想起させる映画でもりました。(写真出典:eiga.com)

2025年6月4日水曜日

南京豆

過日、伊江島のお土産に”ジーマミーあんだんすー”をいただきました。食べてみたら美味しくてドはまりしました。ジーマミー(地豆)は落花生、あんだんすーはあんだ(油)とみす(味噌)の組合せで、油味噌ということになります。新発見と思って友人に話すと「ピーナッツ味噌だろ。美味しいに決まっているよ」と言われました。買ったことも食べたこともなかったのですが、確かにスーパーでも見かけてはいました。ピーナッツ味噌は、もともと茨城県に古くから伝わる郷土料理だったようです。落花生に、ごま油、味噌、砂糖などをからめたもので、長期保存でき、ご飯に乗せて、お茶請けとして、あるいは酒のつまみにと家庭で重宝されてきたようです。

落花生の原産は、アンデス山脈の東側であり、その栽培が世界中に広がったのは16世紀中頃とされます。日本には18世紀初頭に伝わったようです。かつては南京豆と呼ばれ、植物学上の標準和名もナンキンマメとなっていることから、中国から伝来したとされていたのでしょう。それが落花生と呼ばれるようになったのは、本格的に栽培が始まった明治以降のことだと思われます。ただ、昭和初期に世界中でヒットしたキューバン・ソンの傑作「El manicero」が「南京豆売り」と訳されていることから、戦前までは南京豆という呼び名が一般的だったのでしょう。ちなみに、落花生も地豆も地中で実をつけることから名付けられ、ピーナッツは豆(pea)と木の実(nuts)の合成語です。ただ、落花生は豆であってナッツではありません。

落花生の一般的な食べ方としては、殻を取るにしても残すにしても、炒るか茹でるかといったところでしょう。中華料理では、もう少しバリエーションがあります。加工品になると、さらにバリエーションが増えていきます。大雑把に言えば、ペースト系、粉砕系、コーティング系があるように思います。ペースト系の代表は、なんといってもピーナッツバターです。アメリカでは、国民食と言ってもいいほどです。日本のピーナッツバターは甘いものが多いのですが、アメリカの場合は無糖のものが主流です。その歴史は、意外と浅く、19世紀末、カナダの薬剤師がピーナッツ・ペーストの特許を取り、翌年にはケロッグ社の創業者がピーナッツバターの特許を取得しています。ケロッグは、その栄養価の高さから肉の代替品として売り出したと言います。

ピーナッツバターの消費がアメリカやカナダで多いのは分かりますが、実はアジア各国、特に中国で大量に消費されているようです。料理もさることながら、菓子類に多く使われているようです。中国の菓子類には、ペーストだけではなく粉砕系も多く使われています。クルタレなどがいい例だと思います。コーティング系でなじみ深いのは、一粒ごとに小麦粉の衣をつけて揚げるか焼くかした豆菓子だと思います。実に多様なフレーバーがあります。、海外ではジャパニーズ・ピーナッツとも呼ばれます。他に沖縄のジーマミー豆腐、台湾の花生酥といった加工品もあります。ピーナッツは油分が多いことから、オイルとしても多様な使い方がされています。調味油以外にも、マーガリンや石鹸類の原材料としても知られます。

食品以外のピーナッツと言えば、漫画の”ピーナッツ”、歌手の”ザ・ピーナッツ”、あるいはプランターズ社の”ミスター・ピーナッツ”が思い浮かびます。チャーリー・ブラウンやスヌーピーが活躍する漫画”ピーナッツ”は、1950から2000年まで続き、”一人の人間が語った最も長い物語”とも言われます。なぜタイトルがピーナッツなのか不思議に思っていました。このタイトルは、作者のチャールズ・シュルツではなく編集者の発案でした。当時の人気TV番組で子供たちをピーナッツと呼んでいたことにヒントを得たようです。大人が一切登場しない漫画に相応しいとも思いますが、シュルツは大嫌いだったようです。もともとシュルツが付けたタイトルは、ベタですが”リル・ワールド”でした。ただ、著作権の関係で使えなかったようです。ならば”チャーリー・ブラウンと仲間たち”で良かったのではないかとも思います。(写真出典:shizengurashi.jp)

2025年6月2日月曜日

スリーピー・ホロウ

Sleepy Hollow
Lake Tear of the Clouds(雲の涙湖)は、NY州北部のアディロンダック山地にある小さな湖です。この湖は、そのロマンチックな名前ではなく、ハドソン川の水源としてよく知られています。NY州を南北に流れるハドソン川は、全長500kmを超える大河です。深い渓谷を刻みながらNY州を南に流れ、河口近くではNY州とNJ州の境、マンハッタン島の西側を流れ、大西洋に注ぎます。欧州人に”発見”されたのは16世紀ですが、17世紀初頭に川を探検した英国人ヘンリー・ハドソンにちなんで名付けられました。アメリカのライン川と言う人もいます。言い過ぎだとは思いますが、開拓時代から独立戦争までの歴史を刻んできた川であることは間違いなく、両岸にはウェストポイント陸軍士官学校はじめ古い石造りの建造物も点在します。

河口から60kmばかり上流に、全長4,880mのタッパンジー・ブリッジがあります。その東詰めにウェスト・チェスター郡タリー・タウンがあります。かつてジョン・D・ロックフェラーはじめNYの富裕層が好んで邸宅を構えた土地であり、全米の住みたい街ランキングで第2位という街です。また、世界で最も幽霊が出やすい街としても知られています。それは、この街に永く住んだ作家ワシントン・アーヴィングの短編「スリーピー・ホロウの伝説」に起因します。スリーピー・ホロウは、タリー・タウンに隣接する村です。アーヴィングは、砲撃で首を失ったヘッセン騎兵が夜ごと騎行するという村の伝承を聞き、この作品を書きました。ヘッセン騎兵とは、独立戦争の際、英国軍の主力となったドイツ傭兵のことです。

首のない騎兵は、埋葬されたとされる教会近くで多く目撃されます。騎兵は、夜になると墓場を抜け出し、自分の首を探し求めて馬を駆ります。そして日の出が近づくと墓に戻るわけです。ウェスト・チェスター郡一帯は、アメリカ独立戦争の激戦地の一つであり、今でも、少し掘り返しただけで、当時の砲弾が出てきます。米英双方の多くの兵士が命を落とした土地でもあり、幽霊話には事欠かない土地と言えます。加えて、スリーピー・ホロウ、眠たい窪地という妖しげな名が、幽霊話に油を注いでいる面もあります。「スリーピー・ホロウの伝説」のなかでは、ドイツの祈祷師がこの地に魔法をかけた、あるいはインディアンの老酋長で妖術師だった男が祈祷を行い、その魔力が今に残り、人々は、半ば眠ったような状態に陥りやすいと語られています。

眉唾の話ですが、地名として残るくらいですから、実際に、人々をボーっとさせるような何かの現象はあったのではないかと考えます。磁力異常や何らかのガスの発生等も考えられますが、ハドソン川に近い窪地ということで、気圧や気温の激しい変化が起きやすい土地なのだろうと思います。水温の急激な変化等によりイルカが大量に浜に打ち上げられることがありますが、同じような現象が起こるのかもしれません。恐らく、世界を見渡せば、他にも似たような現象を起こす土地があるのでないかと思います。少なくとも、ハドソン川で川霧が発生したとすれば、スリーピー・ホロウのような窪地には霧が溜まることになるはずです。とりわけ、それが夜霧ならば、幻想的な光景が広がり、首のない騎兵が騎行するには最適な条件になるとも言えます。

アーヴィングの「スリーピー・ホロウの伝説」は、主に英国での見聞を元に書かれた短編小説・随筆集「スケッチ・ブック」に収録された一編です。アーヴィングは、1815年から17年間、イギリスに滞在しており、「スケッチ・ブック」は1820年に出版されています。首のない騎士の元ネタは、実はアイルランド民話とも、ドイツ民話とも言われているようです。アーヴィングが、アメリカに戻って、タリー・タウンに住み始めたのが1836年とされ、1859年に亡くなるまで暮らしました。サニー・サイドと名付けられたアーヴィングの家は、今もタリー・タウンに残っています。アーヴィングは、隣人である海軍提督とも親交があり、彼を”Japanned(日本おたく)”と書き残しているようです。提督の名前は、言うまでもなくマシュー・ペリーです。(写真出典:travelandleisure.com)

川上