監督:マグヌス・フォン・ホーン 2024年デンマーク・ポーランド・スウェーデン
☆☆☆+
(ネタバレ注意)
第1次世界大戦末期から戦後にかけて、コペンハーゲンで実際に起こった事件に基づく作品とのこと。リアリティのある白黒画面、実験的な映像や音楽、印象に残る演技などが、緊張感あふれる映画を構成しています。一見すると、時代と貧困に翻弄された女性を描いたフェミニズム映画のようではあります。ただ、戦争の悲惨、事件の凄惨、社会の前近代性と主人公の近代性、といった要素の多さが、やや消化不良を引き起こしているような印象も受けます。母性の深遠さとフェミニズムを絡めたアプローチは、他のフェミニズム映画には見られないユニークな試みだと思います。ただ、それも、必ずしも分かりやすく表現されているとは言えません。タイトルである針から見れば、主人公は針子として縫製工場で働いており、前近代的な社会と女性との関係を象徴しています。自らの手で堕胎を試みる際には編物針が使われ、女性が置かれた厳しい立場が象徴されます。私生児を出産する覚悟を決めた主人公は、穏やかに編物をします。これは母性と主人公の近代性を表しているのでしょう。ただ、映画の後半では針が登場しません。英語の針には、怒りや敵意といった意味もあります。デンマーク語は不案内ですが、恐らく同様の比喩的な意味があるのだろうと思います。とすれば、映画後半は、主人公自身が針となって、前近代性を否定する、あるいは母性と近代性を縫い合わせるといった意味合いがあるのではないでしょうか。
公衆浴場で堕胎を図った主人公は、さる女性に助けられます。菓子店を営むその女性には裏の顔がありました。非公認の養子縁組仲介業です。営利目的の養子縁組仲介は、人身売買として禁止されています。女性は、赤ん坊を連れてきた母親から手数料を取り、養子縁組は行なわずに、赤ん坊を殺害・遺棄していました。これが実際に起こった事件かと思うと、実にゾッとします。正に悪魔の所業ではありますが、事件の背景には様々な状況も見えてきます。望まれずして生を受ける赤ん坊は、いつの世にも存在します。その対応も様々取られてきたわけですが、養子もその一つです。養子縁組は、子供を手放さざるを得ない親、そして子供が欲しい親がいて成立します。そこに仲介者が登場するのは自然の流れだと思います。
物体に力を加えると、弱い部分に圧力が集中します。同様に、戦時下の都市部では、女性が生きづらくなるわけです。冷血な犯罪者である菓子屋の女性は、女手ひとつで娘を育てる寡婦でもあります。彼女も、赤ん坊を手放すしかなかった女性たちと同じく戦争の被害者であると言えるのかもしれません。また、彼女は母性の敵ではありますが、窮地に立った女性たちに救いの手を差し伸べたとも言えます。彼女は、赤ん坊を引き受ける際、母親に必ず「あなたは正しいことをした」と言います。それは自分自身に向かって言っている言葉でもあるのでしょう。もちろん、行ったことは最悪の犯罪ですし、彼女が同情的に描かれているわけでもありません。監督は、母性は女性にとって呪縛でり、ゆえに戦時下の女性は一層厳しい状況に置かれると言っているのかもしれません。
しかし、菓子屋の女性が逮捕された後、主人公が彼女の子供を養女として引き取る際に見せる笑顔は、別のことを語っているようでもあります。凄惨な事件が描かれたホラー映画としては、救いのあるラスト・シーンが必要だったという面もあるのでしょう。同時に、このラスト・シーンは、母性、あるいはヒューマニズムは、フェミニズムの大前提である、という監督のスタンスを表しているようにも思えます。ただ、残念ながら、そのスタンスが明確に打ち出されているわけではありません。いずれにしても、母性とフェミニズムの関係は、とても奥の深い議論であり、フェミニズムの本質に関わる議論だとも思います。娯楽映画ではありますが、そのことを改めて想起させる映画でもりました。(写真出典:eiga.com)