IQ167のカジンスキーは、16歳でハーバード大学に入学します。飛び級で入学した大学では、年上の級友たちのなかで孤独感を感じていたようです。哲学に興味を覚えたカジンスキーは、心理学者ヘンリー・マレーの実験に参加します。映画では、この実験がユナボマーを生んだと強く示唆しています。しかし、証明されておらず、カジンスキー本人も否定しています。マレーの実験とは、極度のストレス下でいかに信念を維持できるかという研究でした。そのため、実験の目的は隠され、被験者は虐待的な扱いを受けます。後に、この実験は、非人道的、非科学的で、無益な実験だったと評価されます。映画でも示唆されていますが、この実験はCIAの指示で行われていました。1950~60年代、CIAが極秘に行っていた”MKウルトラ”プロジェクトの一部だったのです。
MKウルトラは、LSD等を投与したり、物理的に虐待して、精神や脳機能を操作する、つまりマインド・コントロールが目的でした。冷戦下にあって、捕虜やスパイから情報を得ることが一つの目的でした。朝鮮戦争時、敵が捕虜に対して行ったとされることへの対抗措置だったとも言われます。実験は、被験者の同意を得ず、目的も知らされることなく行われました。もともとは、原爆同様、ナチスの研究を引き継ぐ形でスタートしています。1973年、ウォーターゲート事件に関連して議会の調査が及ぶことを恐れたCIA長官リチャード・ヘルムズは、MKウルトラに関するすべてのファイルの破棄を命じます。その後、内部告発や報道によってCIAの実態が暴露されると、ロックフェラー委員会やチャーチ委員会が設置され、CIAの違法活動が明らかになります。
一部は残ったものの資料の大半が失われたMKウルトラの全容は、いまだ不明のままです。100程度の研究所等が関与し、被験者は米国内、カナダを中心として数千人に上ったと推定されています。占領下の日本でも秘密拘留所が設置され、人体実験が行われたという話もあります。明らかになったMKウルトラに関連する死亡例もあります。最も有名なものは、フランク・オルソンのケースなのでしょう。オルソンは、プロジェクトに参加する科学者でしたが、道徳的疑念から辞意を明らかにします。密かにLSDを盛られたオルソンは、数日後、ホテルの窓から落下して死亡します。シーモア・ハーシュによるNYタイムスの記事で真相を知った遺族は、政府とCIAに調査を依頼しますが、資料がないことを理由に断られます。そこで遺族は訴訟に打って出ます。
法廷で真相が曝かれることを恐れた政府は、大統領から遺族に直接謝罪までさせ、訴訟取り下げを図ります。結果、訴訟は取り下げられ、議会立法での補償が行われています。そこまでして隠す必要があったというわけです。オルソン・ケースの詳細は、Netfixのドキュメンタリー「ワームウッド」に詳しいところです。チャーチ委員会の取組は、CIAの活動を規制する法令や大統領令、そして米国上院の常設諜報特別委員会の設立につながっています。機密事項が存在する以上、それを扱う機関が独立的な裁量権を持つことは理解できます。しかし、独立的な裁量権を持つ機関が暴走することも自明と言えます。従って、複数の監視機関が必要になるわけです。日本の内閣調査室は、国家情報局に格上げされました。その上部機関は国家情報会議であり、首相を議長に主要閣僚で構成されます。そして同会議の事務局は国家情報局が担当します。それで十分な監視体制と言えるのかは、多少疑問が残ります。(写真:セオドア・カジンスキー 出典:okinawatimes.co.jp)






