1978年に名古屋で創業したブロンコビリーは、東海、近畿、首都圏、福岡に約160店舗を展開しています。店舗数も、売上も、利益も順調に拡大しているようです。近所の店も、昼も夜も混んでいます。特に週末の夜ともなると、家族客であふれています。ブロンコビリー大人気の理由は、オープン・キッチンの炭火で焼かれる肉、15種類くらいの新鮮な季節の野菜が並ぶサラダバー、羽釜で炊く魚沼産コシヒカリ、数種類のデザートなのだと思います。それだけなら他店と大きく異なるというほどでもありませんが、いずれも手を抜くことなく、大真面目に提供していることが最大の特徴だと思います。安かろう、悪かろう、ということが一切ないのです。価格は、特に安いというほどではありませんが、内容と併せ考えると、とてもお得で、満足感が高いと思います。
1998年には、デフレの波に押され、炭火焼きやサラダバーをやめて低価格路線へと切替えたようです。利益率は低下するわけですが、そこへBSE問題が追い打ちをかけ、店は大赤字、潰れる寸前までいきます。そこで創業者である竹市靖公は、原点に立ち返ろうと考えます。つまり、低価格路線から提供価値向上路線へと回帰し、他では真似のできないもので客を喜ばす、客も従業員もすべて幸せにする、という本来目指していたところへ立ち返る決意をしたと言います。そのために、質の高いメニューへの絞り込み、徹底的なコスト削減のためにセントラルキッチン方式を採用するなどの経営努力を重ねます。また、”従業員が幸せだからこそ、お客様を笑顔にできる”というモットーを掲げ、従業員向けの福利厚生、アメリカ研修など教育に力を入れていることでも知られます。
結果、ブロンコビリーは、業績を見事に回復します。2007年にはJASDAQに上場し、2011年には東証1部・名証1部へ銘柄変更を果たしています。経営姿勢が真っ当でブレない店の味は間違いないということなのでしょう。客も、それを敏感に感じ取ります。かつて顧客満足度No.1を誇った回転寿司チェーンが勢いを失っていく姿を見たことがあります。何があったのか調べてみると、創業者が亡くなっていました。その寿司屋も、お客さまの喜ぶ顔が見たい、という創業者の姿勢で貫かれ、多くの客を惹きつけていたものです。ブロンコビリーの創業者・竹市靖公も、2021年に亡くなっています。ご子息が跡を継いでいますが、先代を超えて成長を続けています。先代が築いた組織やシステムが揺るぎなかったということでもあるのでしょう。
ちなみに、ブロンコビリーの店舗には、ファミレスの定番であるテーブルの呼び鈴がありません。創業者が目指したのは、経費節約ではなく、常に客席に目が行き届くサービスだったからと聞きます。また、ブロンコビリーとくだんの回転寿司チェーンのホームページには、一つ大きな違いがあります。ブロンコビリーのHPには、創業者が喫茶店から始めてブロンコビリーを設立し、倒産の危機を迎えたことまで、その生涯の物語が掲載されています。回転寿司チェーンのHPには、それがありません。創業者の物語は、会社の理念を実践することを、社会と従業員に約束するコンテンツだと思います。企業は立派な経営理念を掲げているものですが、大切なのは、それが実践される仕組みを持っているかどうかです。なかでも重要なポイントは、従業員への向き合い方だと言えます。理念の実践を担う従業員への投資を惜しまない企業が永く顧客の信頼を得ているのでしょう。(写真出典:bronco.co.jp)





