かつて、ポン酢に関しては、さほどのこだわりもなく、スーパーで買えるメーカー品を使っていました。というのも、使う機会が、せいぜい水炊き系の鍋物程度に限られていたからなのでしょう。それが変わったきっかけは、高知県で馬路村の”ゆずの村”を口にしたことでした。馬路村は、徳島県との県境にある人口600人ばかりの山村です。かつては林業で栄えましたが、斜陽となり、村はゆずの栽培を始めます。1986年にはゆずの加工も始め、ポン酢しょうゆ”ゆずの村”を発売します。ゆずの風味の強いポン酢は評判を呼び、売上は急増していきました。当初、3,000万円程度だった加工品の売上は、1993年には10億円、1998年には20億円、2005年には30億円を超えていきます。ポン酢が、山間の寒村にシンデレラ・ストーリーをもたらしたわけです。
ポン酢は、柑橘果汁と酢を合わせたものです。これに醤油や出汁を加えたものがポン酢醤油です。近年では、ポン酢醤油もポン酢と呼ぶ傾向にあります。ポン酢の語源は、柑橘系の果汁を指すオランダ語の”ポンス”だとされます。長崎の出島に伝わり、保存性を高めるために酢と合わせたものが九州に広がっていったようです。ただ、果汁は酸化しやすく、家庭では扱いにくいものなので、主に料理屋で調味料として使用される時代が長かったようです。ある時、半田の中埜酢店7代目が、料亭で博多水炊きを食べ、そのポン酢醤油の美味しさに感動します。これを家庭用の鍋用調味料にしたいと研究を始め、1964年には関西で試験販売、1967年には全国販売にこぎつけたのがミツカンの”味ぽん”でした。ポン酢は、比較的歴史の浅い調味料だったわけです。
ポン酢に関する関東と関西の違いは有名な話です。関西人にとってポン酢はソウルフードであり、各家庭には数種類のポン酢があるといわれます。関東の鍋物はスープに味付けした寄せ鍋スタイルが多く、関西では水炊きスタイルが多いことがポン酢の普及の違いを生んだとされます。また、ポン酢醤油は出汁醤油でもあり、出汁文化の関西で広く受入れられたという説もあります。確かに、ポン酢の使い方は、関東では鍋のつけだれくらいですが、関西では様々な料理に醤油並みに使われます。スーパーでの品揃えも、関東の数種類に対し、関西では数十種類置いてあるといいます。なかでも、人気が高いのは旭食品の”旭ポンズ”と聞きます。最近は、近所のスーパーでも見かけることがあります。確かに、しっかり出汁が利いた美味しいポン酢だと思います。
徳島市で地元の人たちと食事した際、全ての料理にすだちを絞ってかける光景を見て驚きました。すだちの95%は、徳島県で生産されています。爽やかな酸味と香りが食欲をそそります。最初は喜んで食べていたのですが、そのうち口がすだちの酸味だらけになり、料理の味はまったく分からなくなりました。徳島には、当然、すだちで作ったポン酢もあります。何にでもすだちを絞ってかけるのなら、すだちポン酢など不要なのではないかと思ったものです。いまや全国に、ご当地レトルト・カレー、ご当地ご飯の友があふれていますが、ご当地ポン酢醤油も必ずと言っていいほど売られています。明らかに道の駅の効果だと思われます。柑橘類の名産地に限らず、他でもリンゴ酸やワインを使ったものまであります。また、魚醤といった醤油、あるいは出汁方面からのアプローチもあり、そのヴァラエティの広さには驚きます。みんな、馬路村の柳の下をねらっているのでしょうね。(写真出典:mizkan.co.jp)






