東京国際映画祭は39回目となります。昨年は8日間で18本観ましたが、今年は10本に抑えました。体力的な限界もありますが、強烈に観たいと思う作品が少なかったようにも思います。とは言え、アジアを中心に欧米以外の興味深い作品を観ることができる数少ない機会ではあります。(写真出典:2026.tiff-jp)
「夜明け前の赤」 ガリン・ヌグロホ監督 2026年インドネシア ☆
第二次大戦後のインドネシア独立戦争が舞台となっています。戦乱のなかスマトラからジョグジャカルタを目指す鉱山技師のロード・ムービーになっています。日本が去り、再びオランダが植民地化をねらい、国内勢力も分断されているという混乱のなかで、独立を目指した時代が描かれています。モノローグの多い舞台のような演出、多くの関係者の思いでごった煮状態となったモティーフ、熱意は感じるものの映画として成立しているようには思えませんでした。世界第4位の2億9千万人という人口を抱えるインドネシアでは、GDPの高まりと共に、映画産業が急成長しているようです。国内で製作された娯楽映画が圧倒的な人気を持っているようです。そうした背景も、本作には反映されているように思います。ボリウッド、ノリウッドに続いてジャリウッド(ジャカルタのハリウッド)と呼ばれる時代が来るのかもしれません。
「フィリッピニャーナ」 ラファエル・マヌエル監督 2026年シンガポール・イギリス・フィリピン・フランス・オランダ ☆☆☆+
面白い監督が出てきたな、と思いました。テンポと映像の作り込みは、フィリピン版ウェス・アンダーソンといったところですが、より政治的でダークなブラック・コメディになっています。舞台となる高級カントリー・クラブでは、富裕層のために徹底的にコントロールされた多くの下層の人々が働いています。クラブは格差社会であるフィリピンを象徴しているのでしょう。イロコス出身の経営者はマルコスをイメージさせます。映画は、富裕層と下層の人々の対比を主軸にしていますが、イロコス出身の主人公が最下層からの目線を象徴しています。厳しい統制下にある主人公ですが、経営者が忘れたゴルフ・クラブを届けるという名目で、比較的自由にクラブ内を巡り、格差の実相を目にしていくことになります。しかし、希望のようなものは、一切、提示されていません。格差の実態を知ることが大事な段階なのかもしれません。作中、ロス・インディオス・タバハラスの”Always in My Heart”が流れます。明らかにウォン・カーウァイへのオマージュだと思いました。ただ、何度も使っていました。好きなのは分かりますが、1回でいいでしょう。監督はCM界出身で、ジャ・ジャンクーの指導を受けた人のようです。ただ、師のドラマ性の高さは受け継いでいないように思います。
「地獄が来たとしても」 サムエレ・ロッシ監督 2026年イタリア ☆☆☆+
舞台は第2次大戦末期のイタリア。シチリアに上陸した連合軍は、順調に北上を続けましたが、ナチが北部に築いた防衛戦ゴシック・ラインに至ると停滞します。連合軍が、ノルマンディー上陸作戦の準備に注力したためとも言われます。山中で活動していたパルチザンは、支援と補給を絶たれて苦境に陥ります。映画は、指令を受けて、単独で山中に潜んだパルチザンが1944年の厳冬を越す姿を描いています。タイトルは、“地獄が来たとしても、パルチザンは山に残る”という歌からとられています。奇をてらうことなく、正攻法で描かれた映画だと思います。イタリアのパルチザンは、ファシストとナチを倒した実績を持ち、現在もパルチザン協会が存在しています。パルチザンによる反ファシズムの伝統を誇るイタリアですが、現在の首相はポスト・ファシズムの政治家メロー二です。そうした政治状況に対して、パルチザンの物語を静かに語ることの凄みを感じました。映画は、イタリア語だけでなく、西アルプスで使われているロマンス語系とおぼしき言語も使われ、イタリア語のスーパー・インポーズも出ていました。ヨーロッパの複雑さを垣間見る思いでした。





