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| マツダ号 DA型 |
それは、ゾロアスター教の最高神「アフラ・マズダー(Ahura Mazda)」にかけているというのです。英文のブランド名が同じスペルだったので、後付けで言い始めただけなのだろうと勘ぐりました。ところが、1927年、同社が自動車製造に参入して初めて発売した三輪トラック「マツダ号 DA型」の時点から、松田重次郎はアフラ・マズダーにあやかることを意図し、英文ブランド名をMAZDAにしたと言うのです。正直、驚きました。ゾロアスター教は、紀元前10~11世紀ころ、ペルシャで生まれた世界最古の宗教とされています。ペルシャから中東、アジアに広がりましたが、イスラム教の台頭によって押しやられ、現在では中東に少数の信者を残すのみとなっています。アフラ・マズダーは、善・光明・創造の神とされています。
衰えたとは言え、世界宗教の最高神の名をブランド名にすることは、いささか差し障りを感じます。三輪オートバイに荷台を付けただけの三輪トラックの商品名が「アマテラス」だとすれば、物議を醸すどころの話ではありません。マツダのホームページ上では、松田重次郎は、東西文明始まりのシンボルとも言えるアフラ・マズダーを、自動車文明の始まりのシンボルとして捉え、また世界平和を希求し自動車産業の光明となることを願って名付けた、とされています。松田重次郎は、1875年、現在の広島市南区に生まれています。学校教育を受けることなく、大阪の鍛冶屋で機械の製作技術を身につけ、海軍工廠で勤務した後、松田鉄工所を開きます。その後、故郷に戻り、1921年、前年に設立された東洋コルク工業株式会社の社長に就任しています。
松田重次郎は、技術者としての合理性とロマンティックな面を併せ持った人だったのでしょう。事実上の創業者がロマンティックな技術者だったことは、ロータリー・エンジンなど画期的な技術を生み出し続けるマツダの企業風土に大きな影響を与えているのだと思います。十数年前のことですが、さる大手自動車メーカーの技術系役員が、今、日本でエンジンを語らせたら、マツダの右に出るものはいない、と断言していました。そのマツダと同じく高い技術力を誇るのがホンダです。しかし、マツダもホンダも日本一の自動車メーカーにはなっていません。その理由は簡単です。営業力の違いです。トヨタは、その営業力で、日本を、世界を征した企業だと言えます。マツダは、近年、技術力に加え、デザインに力を入れたことで、売上を伸ばしてきました。
20年ほど前に、社外研修でマツダのエンジン開発担当の役員と同席したことがあります。その頃、マツダ・デザインが評判を取り始めていました。そのことを話題にすると、彼は、エンジン部門からすると、それが悩みの種だというのです。デザインが優先される風潮が生まれたために、エンジン・ルームのスペース確保や空力抵抗を下げる工夫がないがしろにされているというのです。松田重次郎の後継者としては、車の根源に関わる許しがたい風潮だと思っていたのでしょう。一方、アフラ・マズダー的には、世界に光明を届けるためにはデザインも無視できないわけです。耐久消費財メーカーのあるあるなのでしょうが、この葛藤こそが、ものづくり日本を支えているのだろうな、とも思えました。(写真出典:mazda.com)






