ファルセットはイタリア語ですが、高音域で歌う際に使われる発声技法を指します。一般的には、裏声と理解されています。ただ、裏声も、発声技法的には、ファルセットのみならず、ヘッドヴォイス、ミドルヴォイスなどがあります。オペラなどで使われるのがヘッドヴォイス、R&Bやポップスではファルセットやミドルヴォイスが使われます。ニュー・ソウルのカーティス・メイフィールドの歌い方もファルセットと思われがちですが、マウスレゾナンス(口腔共鳴)を使ったミドルヴォイスです。ミドルヴォイスは、地声と裏声の中間という意味で、声の幅が広く高音から低音への移動がなめらかなので、ポップスで多く使われます。対してファルセットは、喉をリラックスさせ、腹式呼吸で息を多く使うことで、透明感のある声を出しています。
また、ファルセットは、民族音楽でも使われます。スイスのヨーデルは、地声とファルセットを交互に繰り出します。トルクメンの叙事詩もファルセットで歌われるようです。東欧のロマの音楽でも、しばしばファルセットが登場します。最も有名なのはハワイアンかも知れません。地元の言葉で”レオ・キエキエ”と呼ばれるハワイアン・ファルセットは、、男性によって歌われる伝統的な歌唱法です。ハワイでは、毎年、複数のハワイアン・ファルセット・コンテストが開催されているようです。西欧におけるファルセットの歴史は16世紀の教会に始まります。ローマ教皇が、女性が教会で歌うことを禁じたため、高音部を少年たちが歌うことになります。しかし、合唱に際しては、少年たちの声量不足が問題となり、成人男性がファルセットで歌うようになったのだそうです。
高音部を歌う少年たちは、当然、声変わりしていきます。それを避けるために、少年たちを去勢するというとんでもないことまで行われます。去勢された男性歌手は”カストラート”と呼ばれ、ピークを迎えた17~18世紀には4,000人以上が存在していたようです。それほどまでに、男性の高音域での歌は魅力的だとも言えます。18世紀に活躍したカルロ・ブロスキ、通称ファリネッリは、最も有名なカストラートです。声域は3オクターブ半あったとされます。大人気を博したファリネッリは、数回の公演で一国の首相の年俸を超える収入を得ていたとも伝えられます。ベートーヴェンも、才能豊かなボーイ・ソプラノだったので、カストラートにされそうになったようです。19世紀後半に至り、ローマ教皇が、人道的観点からカストラートを禁止しています。
日本のポップス、いわゆるJポップをよく聴くわけではありませんが、いつの頃からか、ファルセットを使う曲が増えたように思います。それも傾向としては、サビの部分で一部だけファルセットにするスタイルが多いと感じます。地声と裏声のスムーズな切替えには、なかなかの技量が求められます。恐らく、優れた歌唱力を持つ歌手たちが始めたトレンドなのでしょう。サビにファルセットを使うことで感情表現の幅を広げることが可能になり、楽曲の印象を際立ったものにできます。しかし、そのスタイルも、ここまで多用され、一般化すると、もはや楽曲の個性ではなく、Jポップの特性のようにも思います。ひょっとすると、西洋音階に乗りにくいとされる日本語の弱点をカヴァーする解決策の一つなのかもしれません。(写真:スタイリテックス「誓い」 出典:ticro.com)






