テーマパークは、アミューズメント・パーク(遊園地)のサブ・ジャンルなのでしょう。特定のテーマやコンセプトで、アトラクションや飾付を統一し、来場者を非日常的な世界へ没入させる仕組みです。従業員の衣装や接客などにも没入感を高めるためのきめ細かな工夫がなされています。物販にも良い効果が得られます。ディズニーのアニメの世界を具現化したディズニー・ランドは最も成功した例なのでしょう。一方のユニバーサル・スタジオのテーマは、ユニバーサル映画です。あまりにも幅が広いので、テーマへの訴求は薄くなります。テーマパークというよりも特色あるアミューズメント・パークというべきだと思います。テーマへの訴求の弱さは、様々なコラボ・キャンペーンの展開しやすさにつながります。弱みを逆手にとって成功したのがUSJです。
アミューズメント・パークは、定義次第ではありますが、古い歴史を持っています。その原型は、ロンドンのバーソロミュー・フェアだとされます。もともとは布市だったようですが、1133年、王の勅許を得て、夏の一時期、修道院の庭で様々な物品が取引されました。多くの人が集まるようになり、食べ物屋、見世物小屋、芝居小屋なども立つようになります。欧米では、今でも期間を限定した移動遊園地が盛んに開園されています。アメリカのカウンティ・フェアやストリート・フェアも典型な例です。常設のアミューズメント・パークの祖先は、一般公開された庭園とする説もあります。だとすると、その歴史は古代ローマにまでさかのぼります。常設型アミューズメント・パークの始まりは、デンマークのディレハフスバッケン、通称バッケンとも言われます。
1583年、コペンハーゲン郊外に天然の泉が発見されます。当時、コペンハーゲンは水質が悪かったので人々が引き寄せられ、大道芸人や露天商も集まるようになり、やがてアミューズメント・パーク化したようです。18世紀頃には、ウィーンのプラーター公園、コペンハーゲンのチボリ公園など庭園から発展したアミューズメント・パークが広がり、19世紀には、乗り物系アトラクションが主役となることで大衆の人気を集めることになります。その背景には、産業革命がありました。乗り物の動力が開発されたこと、都市部の工場へと労働力が集中したこと、そして万国博覧会の開催が大きな契機になりました。万博は、1851年のロンドンに始まりますが、1893年にシカゴで開催された万博が、現在のアミューズメント・パークの先駆けになったとされます。
日本には”テーマパーク”と呼ばれるものが、実に多く存在します。そして、同じくらい多くの”テーマパーク”が潰れています。その一つに新潟県の柏崎トルコ文化村があります。1996年、後に破綻する新潟中央銀行主導でオープンし、2004年に閉じられました。閉園数ヶ月前に行ったことがあります。悲惨なほどにしょぼい施設でした。トルコ村には総額で75億円が投じられています。潰れた”テーマパーク”のなかには自治体の資金が投入されたものも少なからずあります。なぜ、こんなものがビジネスとして成立すると思ったのか、不思議でなりません。”テーマパーク”ブームの背景として、バブル経済とリゾート法が挙げられます。総合保養地域整備法、通称リゾート法は、1987年に内需拡大策として施行されています。バブル景気に浮かれていましたでは済まされない政治的問題のように思います。(写真出典:travel.rakuten.co.jp)






