朝食用シリアルが発明されたのは、1863年のことです。シリアルとは”穀物”という意味ですが、小麦の全粒粉の生地をシート状に伸ばし、熱で乾燥させて成形したものでした。。NY州北西部で、温水治療のサナトリウムを経営するジェームズ・ケイレブ・ジャクソン博士が開発しました。当時、病気の多くは消化器系が原因とされており、肉食を減らす試みが始まっていました。ジャクソンも治療の一環として朝食用シリアル”グラニューラ”を開発しました。しかし、グラニューラを食べるためには、一晩、水に漬けておく必要があり、不人気だったようです。1877年、手動のオートミール挽き機を使ってオートミールを販売していたフェルディナント・シューマッハは、クエーカー・オーツ社を設立します。オートミールは、燕麦を脱穀して蒸し、平たく加工したシリアルです。
そして、1895年、ケロッグのコーンフレークが発売されます。アメリカの朝食が変わった瞬間だったのでしょう。ケロッグ医師は、ミシガン州バトルクリークのサナトリウムの所長でした。宗教的な菜食主義と腸内細菌の研究からコーンフレークは誕生したようですが、マーケティングを担当した弟が砂糖を加えることを主張します。これが兄弟の争いに発展し、弟はケロッグ社を設立します。ほどなくして、サナトリウムの患者だったチャールズ・W・ポストがこの業界に参入し成功を収めます。彼の会社は、後にゼネラル・フーズとなっています。シリアルの普及に貢献したのは、シリアルを箱入りで販売したこと、そして第二次大戦後、子供の朝食をターゲットにしたことだと言われます。当然、甘いシリアルが中心となり、おまけ入りもスタンダードになりました。
甘いシリアルに子供たちは大喜び、安価で手間いらずのシリアルは主婦の強い味方です。郊外の戸建住宅、核家族化、共働き、大量消費社会といった社会変化とともに、シリアルは、瞬く間にアメリカの朝食の定番となります。一方で、家族揃っての朝食、おふくろの味といった伝統も崩壊していき、アメリカにおける家庭崩壊の一因になったという批判もあります。シリアルで育った子供たちは、自分の子供たちにもシリアルを食べさせます。そう簡単にアメリカのシリアル文化が変わるとは思えません。ただ、近年、材料費や生産コストの上昇にともないシリアルの価格が高くなっているようです。貧乏人はシリアルすら買えないわけです。近年、健康指向のシリアル、大人用のシリアルの効果もあり、シリアル市場は拡大しているようですが、販売量は低下しています。
日本でのシリアルの売上トップはカルビーの”フルグラ”です。麦類等のグラノーラにドライ・フルーツを入れたものです。フルグラは、1991年に登場し、2011年に現在の”フルグラ”に商品名を変えています。健康指向の高まりを背景に急成長を遂げ、世界トップのシリアル・ブランドとしてギネス・ブックにも登録されたようです。その成功要因は、メイン・ターゲットを20~40歳代女性に置いたことなのでしょう。日本における女性の就労環境は、世界的に見て遅れているとされてきました。近年では、人手不足もあって、環境も改善され、就労率も高まっているようです。フルグラは、忙しくなった日本の女性の味方というわけです。結構なことではありますが、食と健康、和食の伝統といった面からは多少気になります。さらに言えば、日本の食糧需給、就労環境といった基本的な議論も忘れてはならないと思います。(写真出典:kelloggs.co.nz)






