しかし、野村万作にとって、「川上」はとりわけ重要な演目だったようです。幾度も演じ、芸の集大成かのように記念公演でも演じたわけです。川上は、少し風変わりな狂言です。吉野に住む盲目の男が、霊験あらたかとされる川上の地蔵菩薩に参詣し、目が見えるようになります。念願かなった男は、大喜びで里に帰ります。しかし、目をあけてもらうには条件がありました。妻とは悪縁なので別れなければいけないというのです。その話を聞いた妻は激怒し、地蔵をののしり、絶対に別れないと言いはります。ついには、夫も折れて、2人は連れ立って帰ります。そして、道の途中で夫の目は再び見えなくなってしまいます。2人はともに泣き、これも前世の因縁と思って嘆くまいと手を取り合って帰ります。
川上は、滑稽な話とも言えますが、人生の機微を語る仏教説話のような風情もあります。川上は室町期の作とされますが、作者は不明です。現代人にはシリアスな話に思えますが、室町時代の人々には、より滑稽な印象を与えていたのかもしれません。仏に救われるという面もありますが、典型的な仏教説話とも多少異なります。高望みなどせずに、今の生活に満足し、妻に感謝しなさい、と諭されているように思えます。龍安寺のつくばいで有名な「吾唯足知」という老子の言葉を思い出します。ただ、それを人々に分かりやすく、かつ深く伝えるには並外れて高い表現力が求められます。芸の道は厳しく、終わりというものがない世界です。盲目の男の歓喜、困惑、失望、悟りへと変化してゆく表情を演じきる野村万作の芸は至高というべきなのでしょう。
野村万作は、文化勲章を受章した年、奈良県川上村でゆかりの「川上」を上演しています。地元では、曲中の地蔵菩薩は、「投げ地蔵」と呼ばれる金剛寺の木造地蔵菩薩立像だとされているようです。役小角が、自ら彫った地蔵を大峰山から投げ、それが川上に降り立ったものとされています。川上村は、後南朝の自天王が殺害された南朝終焉の地でもあります。金剛寺では、自天王を偲ぶ「朝拝式」が600年絶えることなく行われています。併せ考えれば、狂言「川上」には、別な面が見えてくるように思います。自天王が殺害された長禄の変は、後南朝方が禁裏から奪った神器を、赤松氏の遺臣が川上村で奪還した戦です。1547年のことです。狂言「川上」の成立年は不明ですが、同じ頃だとすれば、後南朝の末路を語った曲ではないかとも思えてきます。
余談ですが、シネスイッチ銀座が、この10月、70年を超える歴史に幕を引きます。昨年、丸の内TOEIが閉館していますから、これで銀座から映画館が消えることになります。シネスイッチ銀座は、いわゆるミニ・シアター系の雄です。1989年に同館で公開された「ニュー・シネマ・パラダイス」が大ヒットし、ミニ・シアター・ブームを牽引したとされます。平面の床、やや高い位置のスクリーンという昔ながらの建付けは、いまや希少と言えます。有楽町・銀座界隈で開催される東京国際映画祭の会場の一つでもありました。映画祭も影響は免れないものと思います。今後のことは分かりません。恐らく跡地にはビルが建つのでしょうが、その一角にでも再オープンしてくれれば、と思います。(写真出典:oita-press.co.jp)






