相模湾では、海外から参加した艦艇も含め、40数隻の艦艇・潜水艦が二列縦隊に整列し、観閲艦の前を高速で駆け抜けます。艦艇の甲板には海上自衛官が整列して敬礼を行います。なかなかに壮観なものでした。自衛官の説明によれば、このスタイルの観艦式には、高度なテクニックが要求されるので、現在、日本の海上自衛隊だけが行っているとのことでした。操船技術、装備の優秀さを世界に示し、抑止力の向上をはかることも観艦式のねらいだとも言っていました。護衛艦の急速回頭、潜水艦の急速浮上の訓練展示も行われていました。そして、海上自衛隊が保有する航空機も飛来します。間近に見るヘリの密集編隊飛行、US-2救難機の低速飛行展示は印象的でした。国産のUS-2救難機は、世界で最も低速での飛行が可能という優れものです。
相模湾への往復の間に、ひゅうがの艦内ツアーも行われ、格納庫と飛行甲板を上下する甲板エレベーターにも乗せてもらいました。甲板で目が釘付けになったのが近接防御火器システムのファランクスでした。6砲身のバルカン砲と捕捉・追尾レーダーが一体化されています。主にミサイルや小型艇を標的に、全自動で1分間に徹甲弾4,500発、つまり毎秒75発を発射します。古代ローマの密集陣形にちなんだ名称ですが、弾幕を張るという意味なのでしょう。説明を受けながら、最も気になったのは、1秒間に75発を撃つ際の射撃音とは一体どんなものなのかということでした。さすがに撃ってはもらえませんが、自衛官に聞いてみると「ブーン、って感じです」という答えでした。にわかには信じがたく、帰宅後、YouTubeで確認すると、確かにブーンでした。
観艦式は、14世紀のイングランドに始まるとされています。日本では、江戸期に幕府水軍による”船行列”なるものが行われていたようですが、初めての本格的な観艦式は、明治元年(1868年)、大阪の天保山沖で行われました。明治天皇が陸上から、日本の艦艇6隻、フランスの艦艇1隻を観閲したようです。戦前は、軍国主義へ向かうなか、180隻を超える艦艇が参加する大観艦式も行われていました。戦後、自衛隊が発足すると、1957年に32隻をもって再開されています。以降、40~60隻が参加して継続されてきましたが、昨年、防衛省が、当面、観艦式は行わないと発表しました。「戦後最も厳しく複雑な安全保障環境に直面する現在、隙のない我が国の防衛態勢を維持する上で、そのような観閲式等を実施することは困難な状況」という理由でした。事前の準備や訓練に手間暇がかかり、コストも莫大になる観艦式ですから、至極当然な判断のように思います。
ところで、観艦式の主力を成すのは護衛艦ですが、思えば、実に妙な艦種名です。英語では”Escort Vessel”とされています。世界的に見れば、そのような艦種区分はありません。海外では、海上自衛隊の護衛艦は”Destroyer”と呼ばれています。いわゆる駆逐艦です。つまり、護衛艦なる艦種名は、自衛隊が発足する際、軍ではありません、ということを強調するために生み出されたのでしょう。観艦式で乗艦させてもらった護衛艦ひゅうがの艦種記号はDDH(Helicopter Destroyer)です。見た目は同じような後継護衛艦のいづも、かがはCVM(Cruiser Voler Multipurpose)とされています。F-35B垂直離着陸戦闘機を搭載できるように改良が加えられているからです。ちなみに、自衛隊は、本年度中に、幹部の呼称を、大将、大佐、大尉等に変えると発表しています。近々、護衛艦の呼称も駆逐艦や空母に変わるのかもしれません。(写真出典:townnews.co.jp)






