フィリップ・K・ディックの小説に、気温100度になった未来が描かれたものがありました。人が外へ出る時には、携帯クーラーを背負います。ほぼ宇宙服ということなのでしょう。近年、屋外で作業する人たちが、電動ファンの付いた作業服を着用しています。酷暑日といい、ファン付作業着といい、どんどんフィリップ・K・ディックの小説に近づいているように思えます。地震に襲われた熊本が酷暑日を記録した日、他の九州各地でも酷暑日が発生しました。そのなかに佐賀市も含まれていました。佐賀市の夏と言えば、松本清張原作・野村芳太郎監督・橋本忍脚本の傑作「張込み」(1958)を思い出します。高温多湿な日本の夏を最も強く感じさせる映画だったと思います。日本の白黒映画は、雨の描き方がうまいと思うのですが、夏の暑さも同様に見事です。
もちろん、アフリカや東南アジアで撮った映画は暑さが伝わります。アメリカであっても「狼たちの午後」などは印象に残っています。原題は”Dog Day Afternoon”であり、Dog Dayは暑い日を指します。しかし、そこで描かれている暑さは、高温多湿な日本の夏とは大いに異なります。「張込み」は、日本的な夏が見事に描かれています。東京・深川で発生した強盗殺人事の犯人が逃走し、佐賀に住む元恋人を訪ねると踏んだ刑事二人が張込みに入ります。原作は、30ページほどの短編ですが、脚本の橋本忍が緊張感あふれるドラマに仕立てています。映画は、刑事たちが横浜駅から佐賀へ向かう夜行列車の旅から始まります。横浜・佐賀間1,200km、蒸気機関車では、一昼夜以上かかる旅です。暑くて混み合う車内の描写だけで、いきなり暑苦しさが伝わります。
ロケは、佐賀市を中心に行われています。戦時中、佐賀市も空襲を受けています。ただ、徹底的な灯火管制が奏功し、目標を見失った米軍は爆弾を田んぼのなかに投下します。結果、ほぼ被害のなかった佐賀市は、撮影が行われた昭和30年代でも城下町の風情をよく残しています。佐賀市の最高気温は、当時でも35~36度まで達していたようです。演技、演出、カメラワークもうだるような暑さを見事に伝えます。旅館での張込みという動きの少ないプロットが、暑さをより際立たせている面もあります。それどころか、短く動きの少ない原作を、緊張感あふれる映画に仕立てあげるために、暑い夏が効果的に使われているとも言えそうです。夕立やお祭も含めて、暑い夏は映画としてのテンションと奥行を出すためのサブ・プロットだったと言ってもいいのでしょう。
サスペンスながら、テーマがしっかりしていることも特徴的です。高度成長に突入した都市と寂れていく地方という構図、農村から上京した労働者の悲惨な就労環境、といった当時の社会現象が端的に表現されています。また、時代とともに変化しつつあった女性の社会的地位や女性の幸せに関する目線も大きな要素になっています。短編とは言え、さすが社会派松本清張だと思います。被疑者の元恋人は、相当年上の銀行員と結婚し、ほぼ女中と変わらぬ日々を送っています。被疑者と温泉地で待ち合わせた元恋人は、まるで別人かのように感情を露わにします。しかし、数時間後、被疑者は張り込みを続けてきた刑事たちに逮捕されます。刑事のモノローグ「この女は数時間の命を燃やしたに過ぎなかった」は名セリフとされているようです。暑い夏はここにもあったわけです。(写真出典:amazon.co.jp)






