映画は、ほとんどセットで撮影されたようですが、ラストなど一部はロケ、さらに手持ちカメラを使って闇市や街の実景も撮影されています。ドキュメンタリー・タッチを強調するためでもあったのでしょうが、、今となっては貴重な映像記録にもなっています。追われる犯人も、追う刑事も、共に戦地からの引揚者であり、混み合う列車の中で荷物を盗まれるという同じ経験をしています。黒澤は、とかく荒んだ若者扱いされるアプレゲールにも、世を悲観するだけの者と、復興に使命感を感じる者と、根源は同じでも二つの顔があると言いたかったのでしょう。また、ラスト・シーンでは、死闘の末、野原に倒れ込む二人の向こうを、子供たちが”故郷”を歌いながら歩いて行きます。二人のアプレゲールの先に日本の未来が見えるというわけです。
敗戦後、若者による無軌道とも言える事件が頻発します。それらはアプレゲール犯罪と呼ばれました。名高いものとしては、金閣寺放火事件、鉱工品貿易公団横領事件、そして光クラブ事件などがあります。犯人の若者たちは、少年時代、軍国主義体制下で徹底的な思想教育を受けた世代でした。敗戦によって、突然、自分を規定していた価値観から解放された若者たちは、自らを失っていったとも言えるのでしょう。光クラブは、現役東大生が起業した高利貸しでした。ハイパー・インフレ抑制のために打ち出された金融引締策が金詰まり状態を起こすなか、高利を謳って零細資金を集め、それ以上の高利で貸し出すヤミ金融は大成功します。現役東大生社長というブランドも信用を高めます。社長の山崎晃嗣は、特異な言動も注目を集め、一躍、時代の寵児となります。
裕福な名家に育った山崎は、東大入学後、学徒出陣で陸軍に入隊します。軍隊の理不尽さに戸惑い、敗戦後、物資の横流しなどに走る上官たちを見て衝撃を受けます。復学した山崎は、偏執的とも言える自己管理のもと勉学に励みます。そして、金詰まりという社会環境を見て、高利貸しを始めます。成功した山崎の独善的な合理主義、世間と他者を見下す態度、女性を道具と言い切る傲慢さはマスコミにとって格好のネタでした。しかし、金融当局もだまってはいませんでした。山崎は、愛人が税務署に流した情報によって、物価統制令違反で逮捕されます。不起訴処分となったものの、信用はがた落ちし、資金流失を起こした光クラブは破綻します。そして、山崎は、自虐的な遺書を残し、服毒自殺しています。最後まで、アプレゲールを演じきったとも言えそうです。
アプレゲール犯罪を犯した若者たちを、時代の犠牲者のように語る人たちがいます。確かに、突然生じた価値観の空白が、人々に与えた影響は計り知れないものだったことは理解できます。特に若者たちにとっては、生きていくために叩き込まれた規範が消失するわけですから、突然、荒野に放り出されたようなものだったと思います。しかしながら、犯罪および犯罪者は、いつの世も、本質的には変わらないようにも思えます。例えば、金融犯罪に限ってみても、今日に至るまで、山崎と同様の手口の犯罪者が登場し続けています。確かに敗戦後の社会の混乱や荒廃が、彼らを犯罪に走らせた面は否定できません。しかし、心に甘さを抱える一部の人たちは、軍国主義の時代でも、アプレゲールの時代でも、戦後民主主義の時代でも、あるいは昨今の情報革命の時代にあっても、犯罪に走る傾向にあるのでしょう。(写真出典:ja.wikipedia.org)






