2025年6月12日木曜日

レモネード・スタンド

NYにいた頃、早春には制服姿のガールスカウトがクッキーを売りに来たものです。活動資金を集めるための伝統行事であり、世界中で行われています。もちろん、買ってあげていましたが、味はまったく覚えていません。ガールスカウト・クッキーは、子供たちが焼いているのではなく、公認を受けたベーカリーの製品です。特徴のあるクッキーではなく、ごく当たり前のクッキー なので印象に残っていないのでしょう。ガールスカウト・クッキーは、資金集めだけではなく、少女たちに計画性、チームワーク、組織力、コミュニケーション、目標設定、そして金融リテラシーを教えることが目的としています。販売量に応じたインセンティブも設けられているようです。といってもバッジやぬいぐるみ等であり、現金ではありません。

スカウトは、英国で生まれた世界的な運動ですが、ガールスカウト・クッキーという発想はアメリカっぽいなと思います。アメリカの夏の風物詩にレモネード・スタンドがあります。子供たちが、自宅のガレージ前などで、自分たちで作ったレモネードを売るわけです。大人たちが買うのですが、何か理由を付けてチップをあげることも定番です。可愛らしいベンチャー・ビジネスに大人たちが付き合っているのは、それが社会的に重要な教育と認識されているからです。子供たちは、レモネード・スタンドを通じて、ビジネスの基本を体験し、金融リテラシーを学び、起業家精神を身につけるわけです。ピューリタンの国アメリカでは、職業も、そこであげる利益も神の御心に沿うものとして尊重されます。カルヴァン派が産業革命を起こしたとされる所以でもありす。

思えば、日本には、そこまで社会的に認知された子供たちのビジネスは存在しません。強いて言えば、高校や大学の学園祭で見かける模擬店くらいでしょうか。ビジネス的な要素だけを取り出してみれば、レモネード・スタンドと大差ないように思います。ただ、その本質には雲泥の差があります。年齢的な違いも大きいとは思いますが、それ以上に、レモネード・スタンドは小さいながらも利潤を追求するビジネスそのものであり、模擬店は皆で楽しむためのお祭り騒ぎに過ぎません。日本の場合、学生の本分は学業とされ、世俗とは一線を画す傾向が強いように思います。要するに、利潤追求が宗教的に祝福されるピューリタンの世界と、世俗から離脱することを良しとする出家宗教としての仏教との違いなのではないでしょうか。

日本では、2020年度から小中学校での金融教育が始まり、2024年度から高校では義務化されました。金融リテラシー獲得が目的とされます。結構なことだと思います。金融庁は、 家計管理、 生活設計、 金融・経済知識や適切な金融商品の選択、 外部の知見の適切な活用、という4分野を金融リテラシーと定義しています。そのとおりだと思います。現代社会でより良い生活を送るために、金融知識はあった方が良いとは思います。ただ、学問化することの弊害もあります。例えば、技能である英語を学問化したことで、日本人の英語力は悲惨なことになっています。つまり、知識を詰め込み、試験を行ったところで、身に付くというわけではありません。知識や論理的思考は学問を通じて得られますが、生活の術や知恵は実践によって得られるものではないでしょうか。

ガールスカウトと言えばクッキーしか思いつきませんが、ボーイスカウトはキャンプとロープの結び方というイメージがあります。過日、会社で同期だった沖縄の友人から驚くべき話を聞きました。小学生の頃、ボーイスカウトに参加しており、そこでライフルを使った実弾射撃の訓練を受けたというのです。思わず、ウソだろ、と叫んでしまいました。調べてみると、アメリカのボーイスカウトでは、ごく当たり前のトレーニングらしいのです。当時の沖縄は、アメリカ統治下ですから、射撃訓練も理解できる話です。ガールスカウト・クッキーやレモネード・スタンドによる実践教育は素晴らしいと思うのですが、狩猟目的であったとしても、さすがに銃の実践訓練は理解を超えてます。それがアメリカの銃社会という問題につながっていなければいいのですが。(写真出典:denverpost.com)

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