2023年12月28日木曜日

トンイル(統一)

統一旗
韓国政府機関が、定期的に行っている意識調査において、今般、南北統一が必要、ある程度必要とする回答が、64%と過去最低を更新したというニュースがありました。しかも若い世代では、大多数が統一を望んでいないとされます。韓国では、同種の調査が頻繁に行われているようですが、いずれも結果は同じ傾向を示しているようです。東西冷戦のあおりを受けて、南北が分断されてから、80年が経とうとしています。同じ民族同士が戦い多大な犠牲を出した朝鮮戦争ですが、停戦状態に入ってからも既に70年が経過しました。その間に、ヴェトナム、ドイツは分断を解消し、朝鮮半島だけが残りました。ここまで、異なる政治体制のなかで他国としての歴史を積み重ねると、統一が現実味を失っていくことは理解できます。 

同じ民族で、同じ言葉を話し、80年前までは一つの国としての歴史を共有していたわけですから、統一は民族の悲願として当然です。南の資本力と技術、北の資源や人材を組み合わせれば、一層の繁栄が見込まれることも理解します。ただ、いかに統一するのか、その姿が全く見えません。文在寅前韓国大統領は、統一に向けて様々な動きをしていましたが、具体的な統一への道筋を示したことは一度もありません。ヴェトナムは、北の共産政権が、南の民主政権とそれを支援する米国を武力制圧することで統一を成し遂げました。戦争による勝ち負けは、最も分かりやすい統一への道ではあります。しかし、現在の朝鮮半島で、雌雄を決するような戦争が起こるとは思えません。

北が核を保有していることも影響としては大きいと思いますが、ひとたび半島で銃声が轟けば、それは米国と中国の対決へと直結します。さすがに、それは両国にとってリスクが大きすぎます。また、ドイツ統一の場合、ソヴィエトが経済的に行き詰まり、東欧各国で広がった反共産主義革命が引き金となり、ベルリンの壁が崩壊しました。北の後ろ盾である中国とロシアが消滅する、あるいは簡単に体制が変わるとは思えません。金王朝と運命をともにする貴族だけが住む平壌で革命が起きることなど考えにくく、地方で暴動が起きたとしても、即刻分断、鎮圧されます。軍事クーデターによって、金王朝が転覆される可能性はあります。ただ、金王朝は、飴と鞭でしっかり軍を掌握しており、また、クーデターが成功したとしても後継政権が民主的とは限りません。

恐怖をもって国民を押さえつけている金王朝が存在する限り、国民投票や政府間交渉といった民主的な手法による統一はあり得ません。経済からはじめて、徐々に交流を拡大し、北の解放につなぐという手法もありますが、それこそ金王朝が最も警戒するところだと思います。かつて行われた特区方式が経済交流の限界だと思います。また、国外からの暴力的手段によって金一族を排除、あるいは分断できたとしても、クーデター同様、平壌の貴族たちが取って替わるだけという可能性があります。もし仮に、統一できるとすれば、統一朝鮮は大いに潤う可能性があります。ただ、GDP格差が1:40とも言われる状況では、統一コストはべらぼうな額となります。韓国経済は停滞し、南北守旧派による暴動も起こって世情は悪化し、資本や人材の国外流出も避けられません。

総じて言えば、金王朝がその存続を政治目的とする限り、そして中国が現状維持を望む限り、統一は困難と考えます。隣り合う異なる国家として、友好的な関係を保つことが、”統一”なるもののゴールかも知れません。これが、韓国の若い世代が肌で感じる現実でもあるのでしょう。奇跡的な経済成長を遂げた韓国の若い世代にとって、もはや統一は悲願ですらないのかも知れません。北に核を放棄させ、安定的な関係を構築するためには、南北の体制を維持したまま、北の資源を南が活かして双方の経済発展につなげることが、残された現実的選択のように思えます。それこそが、まさに悲劇だと言わざるを得ないのですが・・・。(写真出典:jp.yna.co.kr)

2023年12月26日火曜日

葛城

葛城一言主神社
葛城は、奈良県中部、金剛山地の東に広がる一帯です。奈良盆地の南端に位置し、東には飛鳥、東南は吉野山系へと続きます。葛城という地名は、神武天皇が葛で土蜘蛛を捕らえたことに由来するとされます。土蜘蛛とは、昆虫のツチグモではなく、鬼という言葉と同様、ヤマト王権に敵対した土着の豪族を指します。関東、九州、北陸等の風土記に多く登場するようですが、ヤマト王権が奈良盆地に進出した当初は、当然、畿内にもいたわけです。葛城の地には、不思議な伝承があります。一言主(ひとことぬし)神、そして、その別称である葛城の神に関わるものです。 5世紀に在位したと想定される雄略天皇と一言主神の話は、記紀等に記載されています。

8世紀初頭に成立した古事記によれば、ある時、雄略天皇は、共を従え、葛城山へ狩りに出かけます。すると谷を挟んだ向こうの尾根に、出立も人数も天皇一行と同じ一団を発見します。天皇が問いかけると「吾は、悪事も一言、善事も一言、言い離つ神。葛城の一言主の大神なり」と答えます。恐れ入った天皇は、一行の武具や衣服を差し出したというのです。それが日本書紀になると、天皇と一言主神は、共に狩りを楽しんだと記述されます。そして、8世紀末の続日本書紀に至ると、天皇と狩りの獲物を争った一言主神は、天皇の怒りをかい、土佐に流されたと変わっていきます。さらに9世紀の日本霊異記になると、葛城の神(一言主神)は、修験道の開祖である役行者にこき使われることになります。

役行者は、修験道総本山である吉野の金峰山と葛城山の間に岩橋を架けるよう、一言主神に命じます。一言主神は、その醜い容貌が人に不快な思いをさせることを案じ、夜の間だけ作業します。作業が進まないことに起こった役行者は、一言主神を葛でぐるぐる巻きにします。また別ヴァージョンでは、架橋に使役されたことを不満に思った一言主神が、役行者に謀反の罪を被せます。伊豆に流された役行者は、一言主神を呪詛します。わずか100年の間に、一言主神は、天皇が恐れ入る存在から、役行者に使われる神にまで落ちたわけです。普通に考えれば、天皇家と姻戚関係を深め隆盛を誇った葛城氏の没落の過程が象徴されているのだろうと理解できます。ところが、葛城氏が没落したのは、遙か昔、5世紀のことです。

葛城氏、およびその姻戚である吉備氏は、滅亡させられたとは言え、その一族・縁者が、まだ地方に残存していた可能性はあります。一言主神社が各地に創建されてることは、その証左かもしれません。8世紀、大和朝廷による中央集権化が進み、もはや葛城氏の残党を気にする必要がなくなったとも考えられます。また、”大同二年の謎”として知られるとおり、関東以北の多くの神社が、大同2年(807年)の創建となっています。蝦夷征討を成し遂げた大和朝廷が、地の神々を天照大神を頂点とする天孫家の信仰体制に組み込んだということなのでしょう。一言主神の扱いの変化も、これに呼応するものなのかもしれません。あるいは、絶頂期に向かって勢力を拡大する藤原氏と興福寺のおごりも背景にあったのかもしれません。

一説によれば、5世紀、いまだ政権基盤が脆弱だったヤマト王権は、葛城氏と両頭政権を組まざるを得なかったとされます。吉備氏との姻戚関係も持つ葛城氏は、王権にとって脅威だったわけです。皇位継承を巡る一連の政変のなかで、葛城氏は、新興の大伴氏や物部氏に敗れます。葛城氏の主な基盤は物部氏が引き継ぎますが、その物部氏は、丁未の乱で蘇我氏に敗れ、蘇我氏は乙巳の変で藤原氏に滅ぼされます。驕れるものは久しからず、というわけです。葛城氏没落から500年後の平安時代、一言主神の逸話はよく知られていたようです。醜さを恥じる、あるいはそれゆえに朝には姿を消す、といった下りが、和歌等において比喩的に使われていたようです。1,500年を経た今、一言主神の逸話は、必ずしも一般的ではありませんが、葛城、土佐をはじめ、各地に一言主神社は残っています。(写真出典:yamatoji.nara-kankou.or.jp)

2023年12月24日日曜日

「ナポレオン」

監督:リドリー・スコット    2023年アメリカ・イギリス

☆☆+

リドリー・スコットという名前は、我々の世代にとって、映画そのものだったとも言えます。”エイリアン”(1979)でヒット・メイカーとして名乗りをあげ、”ブレード・ランナー”(1982)でカリスマの地位を確立し、”ブラック・レイン”(1989)や”テルマ&ルイーズ”(1991)で才人ぶりを見せつけ、”グラディエーター”(2000)、”ブラックホーク・ダウン”(2001)で巨匠の一角を占めるに至ります。リドリー・スコットは、ヒットを飛ばす一方で、時折、駄作を作ることでも知られます。とは言え、私は、評価の低かった”プロヴァンスの贈り物”(2006)、あるいは”悪の法則”(2013)も好きでした。

本作でも、さすがと言える映像、そつのない演出は見事ですが、そもそも企画段階から無理があったのではないかと思えます。リドリー・スコットの才能が光るのは、直線的構造を持つ娯楽映画だと思います。叙事詩的な映画では、器用さが禍するのか映画が散漫になる傾向があります。本作では、ナポレオンの偉業、そしてナポレオンとジョゼフィーヌの関係という2本の映画を交互に見せられているような印象を受けます。偉業パートの映像は、実に見事なスペクタクルになっていますが、妻との関係パートについては、ややイメージ・ビデオ的な傾向があります。長尺になりすぎるので、カットせざるを得なかったのかもしれません。結果、映画は、ナポレオンという複雑な人格にフォーカスできていません。

それにしてもホアキン・フェニックスの演技は見事なものです。外見も、まさにナポレオンそのもののよう見えてきます。ジョゼフィーヌを演じたのは、英国のヴァネッサ・カービーです。現代的な自己主張の強さを感じさせる顔立ちが魅力的な女優です。ヴァネッサ・カービーの起用は良い着眼であり、彼女も良い演技をしたと思います。ただ、映画としては、彼女の起用が残念な結果を招いている面があります。彼女の独特な魅力がコスチューム劇のなかで削がれる一方で、隠しきれない現代性がドラマをやや深みに欠けるものにしています。例えば、同じヴァネッサでも、往年のヴァネッサ・レッドグレーブのように、ミステリアスな表情で、ドラマの奥深さを表現できるような女優が望ましかったように思います。

この映画最大の論点は、ナポレオンの描き方だと思います。監督はナポレオンを、”コルシカ出身の粗野な田舎者”として描いています。それは否定できない一面でしょうが、それだけでナポレオンを語ることには無理があります。監督のナポレオン像は、フランス革命とナポレオンを否定し王政を復古したウィーン会議と同じ見方とも言えます。革命と反革命という視点が希薄で、所詮、英国から見たナポレオン像と言われてもやむを得ません。実際のところは、史実よりも娯楽性を優先しただけなのでしょう。映画は単なる娯楽だと言い切ることもできます。ただ、情報量の少ない古代ローマならいざ知らず、近世を描くとすれば、それでは済まされません。例え娯楽映画であったとしても、映画は常に政治的なものです。

実は、リドリー・スコットが、娯楽性を追求するために改ざんしたのは、ナポレオン像だけではありません。例えば、アウステルリッツの戦いにおける有名な湖のシーンです。ロシア兵が凍結した湖面を敗走すると、フランス軍が砲撃によって氷を割り、ロシア兵が次々と湖に沈んでいくという展開になっています。これは、戦果を劇的に伝えたいナポレオンの嘘だったことがよく知られています。もっと驚いたのは、ナポレオンがピラミッドを砲撃させるシーンです。これは、完全に事実無根であり、ピラミッドにその痕跡などありません。やり過ぎです。このシーンだけでも本作は「リドリー・スコットのなんちゃってナポレオン伝」的な映画になっています。リドリー・スコットが、叙事詩的作品に不向きであることを如実に伝える映画でした。(写真出典:imdb.com)

2023年12月22日金曜日

ガザ回廊

イスラエルによるガザ攻撃は、ホロコーストと同様、ジェノサイド以外の何ものでもありません。トリガーは、ハマスによる大規模ミサイル攻撃でした。ただ、世界最高とされるイスラエルの諜報機関モサドは、事前に計画を知っていたのではないでしょうか。自国民に犠牲が出ることも、ハマス徹底攻撃の理由になることから、ある程度は覚悟していたのではないでしょうか。また、自殺行為的なハマスのミサイル攻撃は、イスラエルと中東諸国の関係改善の動きにあせったハマスの暴挙と言われます。ただ、天井のない監獄と言われるほどガザを締め付けてきたイスラエルの長期作戦の帰結とも思えます。限界を超えていたガザは、いつ爆発してもおかしくなかったのでしょう。つまり、ハマスは、イスラエルの罠にはまった、あるいは罠と知りつつ攻撃に出るしかなかったように思えます。

イスラエルのねらいは、ガザ回廊の実効支配だと思われます。いまや国家として多くの国が承認するパレスティナですが、主な領土であるヨルダン川西岸において、パレスティナ政府が実権を握っているのは、国土のわずか20%弱にすぎません。その他は、イスラエルによる実効支配が続いています。イスラエルにとって、ガザ制圧に関する唯一最大の懸念は、国際的批判です。常にイスラエルを支持してきたアメリカが、その防波堤となることは明白ですが、とりわけ大統領選挙目前の今、民主党も共和党も、一層強くイスラエルを支持するしかない状況にあります。また、ロシアによるウクライナ侵攻が続く中、国際社会からの過度な介入も考えにくい状況にあります。これもイスラエルにとっては好材料と言えます。

パレスティナ問題の起源を語ったり、大英帝国の二枚舌を糾弾することは、非生産的だと思います。パレスティナ問題への現実的な対応は、二国共存しかないと思います。妥協は不満しか生まないと言われますが、もはや妥協以外の道はないように思います。ただ、新たに国境線を議論することは非現実的です。中東戦争でイスラエルが実効支配地域を広げる以前の国連決議181号(1947)、いわゆる”パレスティナ分割決議”に戻るべきかと思います。181号決議は、アラブ10カ国が反対、英国が棄権、他国は一度は賛成した案であり、今も有効です。パレスティナを含むアラブ各国には妥協してもらう必要があります。一方、イスラエルには違法な入植地等をあきらめてもらう必要があります。

181号議決を基本としつつも、現実的な調整はあり得ると思います。例えば、パレスティナは、ガザを含む南部を放棄し、ヨルダン川西岸、およびハイファ・ナザレを除く北部を領地とする。これでパレスティナの飛地は解消されます。イスラエルは、パレスティナをシリア・レバノンとの緩衝帯として確保できるので、ゴラン高原から撤退すべきでしょう。560万人と言われるパレスティナ難民の一部は、帰国することになると思われます。国際社会はその帰還を財政的に支援するべきだと思います。エルサレムは、181号議決の趣旨に従い、国連信託統治とするのが現実的だと思います。新しい国境やエルサレムの治安維持には、当面、国連軍があたる必要があるでしょう。もちろん、こんな素人案など実現困難であることは百も承知ですが、言ってみたくなるほど、パレスティナの状況は出口が見えません。

181号が決議される際、シオニストたちは、賛成票を集めるため、臆面もなく買収工作を行いました。パレスティナ問題の原因を作ったのは英国の二枚舌ですが、シオニストの横暴を許してきたのは米国です。いずれもユダヤ人の経済力が背景にあります。加えて、米国では、人口の22%を占め、影響力を増大させてきたキリスト教福音派の票が政治を左右すると言われます。福音派は、その名のとおり、聖書を絶対視する原理主義者です。福音派は、旧約聖書のなかで神がユダヤ人に与えた”約束の地”を絶対だとし、イスラエルを支持します。聖書は”隣人を愛しなさい”とも言っています。福音派にとって、この言葉も絶対的なのでしょう。とすれば、パレスティナ人は隣人ではなく、約束の地を侵す異教徒という理解なのでしょう。一神教は、ユダヤ人の発明です。人々は一神教に救いを求めてきましたが、同時に、世界は一神教に翻弄されてきたとも言えそうです。(写真出典:wsj.com)

2023年12月20日水曜日

ジェリコのラッパ

Junkers Ju 87
ド素人の印象に過ぎないのですが、ジェット機、特にジェット旅客機のエンジン音は、皆、同じように聞こえます。対して、プロペラ機のエンジン音には個性が感じられます。まずは、ターボプロップとレシプロ・エンジンでは、音が全く異なります。ターボプロップは、レシプロよりも個性が乏しいように思います。技術が進化すると、個性は失われていくものなのでしょう。レシプロ・エンジンの音は、いかにも機械が回っているといった風情があり、何故かワクワクします。昔、水平対向エンジンの音に惹かれ、スバル・レガシーに乗っていたことがあります。スバルには、中島飛行機時代から培われたエンジンの技術があります。ご自慢の水平対向エンジンは、小型飛行機にも使われるエンジンであり、プロペラ機のような音がします。

旅客機のエンジン音なら平和なものですが、大戦中の戦闘機や爆撃機のエンジン音となると、これはもう恐怖そのものだったと思います。戦争中の空襲の話を聞くと、老人たちは、皆、B29爆撃機の低いゴーンという音が恐ろしかったと話します。B29の低重音も恐ろしいと思いますが、もっと恐ろしかったのは、ナチスの急降下爆撃機シュトゥーカの降下音だったのではないかと思います。もちろん、実際の音を聞いたことはありませんが、戦争映画や記録映像で、嫌というほど耳にしています。シュトゥーカは、急降下爆撃機を指すドイツ語ですが、通常、最も代表的なナチスの急降下爆撃機であるユンカース社製”Ju87”を指しています。外見としては、主翼に角度がつけられた逆ガル・ウィング、固定脚、複座が特徴です。

照準器が登場する以前、急降下爆撃は水平爆撃に比べて爆弾の命中率が高く、1919年には実用機が飛んだようです。爆弾投下後、機体を急上昇させる際に、相当の負荷がかかるため、機体は頑丈に作られます。水平飛行から急降下に入ると、独特な甲高い音が響きます。恐らく主翼に付けられたダイブブレーキが発する風切音なのでしょう。次に何が起こるかを知っているだけに、実に恐ろしい音だと思います。Ju87の降下音は、連合国側から”悪魔のサイレン”と呼ばれ、恐れられたといいます。敵がこの音を恐れていることを知ったナチスは、固定脚に風力式の本当のサイレンまで取り付けたようです。ドイツ兵は、このサイレンを”ジェリコ(エリコ)のラッパ”と呼んでいたそうです。実に皮肉な話だと思います。

ジェリコのラッパは、旧約聖書ヨシュア記に登場します。モーゼの後継者ヨシュアは、神に約束された地カナンで、城塞都市ジェリコを包囲します。イスラエルの民が、ヨシュアの合図とともに一斉に角笛を吹くと、城壁が崩れ落ちます。ヨシュアは、ジェリコに立てこもっていたカナン人の老若男女、家畜に至るまでを皆殺しにします。つまり、ジェリコのラッパとは、ユダヤ人を約束の地に導いたユダヤ人指導者の逸話が元になっているわけです。ホロコーストを遂行するドイツ兵がユダヤ由来の名前を付けるなど、実に皮肉な話だと思います。ジェリコの街は、ヨルダン川西岸に現存します。数次に渡る発掘調査の結果、ヨシュアによるジェリコ虐殺は後代の創作と判明したようです。

スペイン内乱から第二次世界大戦初期まで大暴れして連合国側を恐怖させたシュトゥーカですが、機体が重く、速度も遅く、航続距離も短いことから、徐々に戦闘機の餌食となっていきます。バトル・オブ・ブリテンでは英国空軍によって多数撃墜され、ドイツ空軍は大きなダメージを受けます。しかし、ドイツにおけるシュトゥーカの威力は神話化し、特に空軍総司令官だったヘルマン・ゲーリングが急降下爆撃に固執したことから、ナチスは空軍の戦略と装備のアップデートに遅れをとり、制空権を失っていきました。とかく成功体験に囚われると身を滅ぼすものです。ナチスのシュトゥーカは典型的な話とも言えます。(写真出典:ja.wikipedia.org)

2023年12月18日月曜日

菓子パン

木村屋のあんパン
東日本大震災の1週間後、山形のタクシーをチャーターし、三陸を回りました。LPGで動くタクシーを使ったのは、不足していた現地のガソリンを使わないためでした。いつ、どこで食事できるかも不確かな状況のなか、タクシーの運転手さんは、自分の食事用に菓子パンを積んできていました。3日目、昼食のあてもないまま海岸沿いを走っていると、運転手さんが、皆でパンを食べましょう、と自分用の食料を分けてくれました。実は、私は菓子パンが苦手なのですが、そんなことを言っている場合でもなく、ありがたく頂戴しました。釜石にたどり着き、従業員の皆さんに「何か食べたいものはあるか?」と聞いたところ、菓子パンと言うのです。早く言ってよ、私の分をあげたのに、と思った次第です。

菓子パンは日本で生まれました。三大菓子パンは、あんパン、ジャムパン、クリームパンなのだそうです。菓子パンの嚆矢でもあるあんパンは、1874年に木村屋が発売しています。同じ木村屋が1900年に発売したのがジャムパン、1904年には中村屋がクリームパンを発売しています。この三大菓子パンが、日本にパンの文化を定着させたとも言われます。他にもブームにまでなった大人気のメロン・パンがありますし、渦巻きパンにチョコ等を詰めたコロネ等もあります。いずれも苦手です。あんこやジャムといったフィリングが嫌いなのではありません。菓子パンの生地が苦手なのです。あのパサパサ、モサモサとした食感がいけません。

本来、パンの生地には、乳製品はほとんど使われませんが、菓子パンの生地には、バターや砂糖の他に、ミルクや卵が練り込まれています。菓子パンに類するペイストリーの生地にはミルクも卵も使いません。クロワッサンやブリオッシュといったヴィエノワズリーと菓子パンを比べれば、使うバターの量が大いに違うと思います。菓子パンと同じく日本発祥のソフトフランスパンの生地には、卵もミルクも使いません。ちなみに、ソフトフランスパン系は好みです。例えば、ソフトフランパンの生地を使う塩パンにあんこを入れたものなどは大好きです。発酵や焼き方の関係もあるかも知れませんが、いずれにしても菓子パンの生地には、なんとも言えない中途半端な印象がつきまといます。

私が、菓子パンの生地を苦手とするのは、学校給食のコッペパンから受けたトラウマが関係しているかも知れません。学校給食は、完食が絶対的条件でした。私も、先生に詰められ、嫌いだった人参を泣きながら食べさせられたことを覚えています。ただ、コッペパンは、食べ残してもランドセルに隠すことができました。私のランドセルには、いつも食べ残しのコッペパンが数本、カピカピの状態で入っていました。ランドセルを開けると、パンの匂いが充満していたものです。唯一、コッペパンを完食する場合があり、おかずとしてソース焼きそばが出た時です。コッペパンの中側を急いでほじって食べ、そこに焼きそばを入れて食べるわけです。コッペパン独特の無味乾燥感は気にならなくなります。

10年ほど前からでしょうか、TV等で各地のご当地パンが紹介される機会が増えました。日本のパン市場では、山崎製パンが圧倒的に強く、その売上は2位のフジパンの4倍近くあります。全国のスーパー・マーケットのパン売り場は、大半、山崎パンによって占められているということになります。山崎パンの寡占状態がゆえに、昔から親しまれ、生き残ってきたご当地パンが、注目を集めることになったのでしょう。数年前、デパートでご当地パン特集があり、有名どころをいくつか試してみたことがあります。菓子パン系のご当地パンは、やはり苦手でした。惣菜パン系は、幾分マシなのですが、それでも、また食べたいと思うようなものはありませんでした。ご当地パンの人気の源泉は、味の良さというよりも、慣れ親しんだ懐かしい味ということなのではないでしょうか。(写真出典:kimuraya-sohonten.co.jp)

2023年12月17日日曜日

「首」

監督:北野武    2019年日本

☆☆+

(ネタバレ注意)

ビートたけしが監督する映画を、初めて観ました。たけしの映画を嫌ったのではなく、そもそも日本映画をほとんど観ないからです。俳優としての北野武は、崔洋一監督の「血と骨」(2004)で観ました。鬼気迫る演技は見事なものでした。コメディアンに悪役をやらせたら絶品という法則そのものだと思いました。監督としての北野武は、ヴェネツィア国際映画祭での金獅子賞、銀獅子賞に象徴されるとおり、今や世界的巨匠となっています。一度、観てみたいと思っていたのですが、なぜか北野映画はネットで配信されていないこともあり、機会がありませんでした。「首」は、正直、がっかりしました。ただ、周囲に聞くと、これまでの北野映画とは、まったく異なるとの評でした。失敗作ということなのでしょうか。

構想30年と言いますから、随分と思い入れのある映画なのでしょう。ただ、役者は、常連も含めて集めたものの、プロダクション・サイドの問題が重なり、これまでと同様の支援体制がない状態で制作せざるを得なかったようです。そのせいかどうかは分かりませんが、編集が酷いことになっていると思いました。本作は、編集し直せば、まったく印象の異なる映画になる可能性が高いと思います。結果的には、たけしの歴史に関する仮説がゴチャゴチャと提示されているだけという代物になっています。本来的には、農民出身である秀吉の視点から武士の首や男色へのこだわりをあざ笑い、武士を美化することなく、その真実、そして戦国の世の不毛を映像化したかったのでしょう。

それは、単に歴史のリアリティを追求するということではありません。仮説や創作も含めて、史実を再構成し、監督の思想や視点を明確に伝えるという手法が指向されたものと思われます。だとすれば、それは、かなり面白い試みになっていたはずです。ただ、誠に残念なことに、映画はフォーカスを失い、散漫な印象だけを残す結果になりました。また、映像的には、やや奥行きに欠ける傾向があり、ベタっとした印象を受けました。これも編集上の問題の現れという可能性もあります。他の北野映画はどうなのか知りませんが、本作では、テーマを訴求するうえで、あえてロング・ショットや広がりのあるショットを排除するという判断をしたのかもしれません。  

面白いことに、本作に女性はほとんど登場しません。時代劇に付き物である奥方や姫君は皆無です。ここにもたけしの強い意図を感じます。恐らく、時代劇に登場する女性たちは、観客に媚びるために登場させられているのだと思います。実在する女性であっても、時代背景からすれば存在感が薄く、かつ記録が残っていたとしても極めて限定的だと思われます。日本人の歴史認識は、おおむねフィクションにすぎない時代劇によって形成されていると言えます。やたら美化された武士のイメージもさることながら、やたら存在感のある戦国の女性たちについても作られたものなのでしょう。たけしは、誤解をもたらしてきたエンターテイメントのあり方も強く批判したかったのだと考えます。

光秀が三日天下に終わった最大の要因は、本能寺で信長の首を見つけられなかったことだとされます。つまり、信長の死が証明されないため、武将たちは半信半疑となり、光秀への加担をためらったとされます。その間に”中国大返し”で京まで戻った秀吉は、体制が不十分な光秀軍を山崎の戦いで破ります。映画では、弥助が信長の首をはね、持ち去ります。たけしの思い入れが強いラスト・シーンを成立させるための創作なのでしょう。ちなみに、信長の首は、囲碁の本因坊家の開祖となる日海、後の算砂が、信長の指示に基づき、碁盤と共に風呂敷に包み持ち出したという説があります。確かに、算砂は本能寺の変当日、信長の前で対局を行っています。その際、“三劫”という世にも珍しい局面が現れます。三劫とは、互いの石を取り合う循環局面が盤面上に3ヶ所以上現れ、対局がそれ以上進まなくなる状態です。事の真偽はともかくとしても、以降、三劫は不吉とされているようです。(写真出典:cinematoday.jp)

サンティアゴ・デ・クーバ