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Junkers Ju 87 |
旅客機のエンジン音なら平和なものですが、大戦中の戦闘機や爆撃機のエンジン音となると、これはもう恐怖そのものだったと思います。戦争中の空襲の話を聞くと、老人たちは、皆、B29爆撃機の低いゴーンという音が恐ろしかったと話します。B29の低重音も恐ろしいと思いますが、もっと恐ろしかったのは、ナチスの急降下爆撃機シュトゥーカの降下音だったのではないかと思います。もちろん、実際の音を聞いたことはありませんが、戦争映画や記録映像で、嫌というほど耳にしています。シュトゥーカは、急降下爆撃機を指すドイツ語ですが、通常、最も代表的なナチスの急降下爆撃機であるユンカース社製”Ju87”を指しています。外見としては、主翼に角度がつけられた逆ガル・ウィング、固定脚、複座が特徴です。
照準器が登場する以前、急降下爆撃は水平爆撃に比べて爆弾の命中率が高く、1919年には実用機が飛んだようです。爆弾投下後、機体を急上昇させる際に、相当の負荷がかかるため、機体は頑丈に作られます。水平飛行から急降下に入ると、独特な甲高い音が響きます。恐らく主翼に付けられたダイブブレーキが発する風切音なのでしょう。次に何が起こるかを知っているだけに、実に恐ろしい音だと思います。Ju87の降下音は、連合国側から”悪魔のサイレン”と呼ばれ、恐れられたといいます。敵がこの音を恐れていることを知ったナチスは、固定脚に風力式の本当のサイレンまで取り付けたようです。ドイツ兵は、このサイレンを”ジェリコ(エリコ)のラッパ”と呼んでいたそうです。実に皮肉な話だと思います。
ジェリコのラッパは、旧約聖書ヨシュア記に登場します。モーゼの後継者ヨシュアは、神に約束された地カナンで、城塞都市ジェリコを包囲します。イスラエルの民が、ヨシュアの合図とともに一斉に角笛を吹くと、城壁が崩れ落ちます。ヨシュアは、ジェリコに立てこもっていたカナン人の老若男女、家畜に至るまでを皆殺しにします。つまり、ジェリコのラッパとは、ユダヤ人を約束の地に導いたユダヤ人指導者の逸話が元になっているわけです。ホロコーストを遂行するドイツ兵がユダヤ由来の名前を付けるなど、実に皮肉な話だと思います。ジェリコの街は、ヨルダン川西岸に現存します。数次に渡る発掘調査の結果、ヨシュアによるジェリコ虐殺は後代の創作と判明したようです。
スペイン内乱から第二次世界大戦初期まで大暴れして連合国側を恐怖させたシュトゥーカですが、機体が重く、速度も遅く、航続距離も短いことから、徐々に戦闘機の餌食となっていきます。バトル・オブ・ブリテンでは英国空軍によって多数撃墜され、ドイツ空軍は大きなダメージを受けます。しかし、ドイツにおけるシュトゥーカの威力は神話化し、特に空軍総司令官だったヘルマン・ゲーリングが急降下爆撃に固執したことから、ナチスは空軍の戦略と装備のアップデートに遅れをとり、制空権を失っていきました。とかく成功体験に囚われると身を滅ぼすものです。ナチスのシュトゥーカは典型的な話とも言えます。(写真出典:ja.wikipedia.org)