当時、世界中の若者たちが、ヒッピー・トレイルと呼ばれた東南アジアからインド、ネパール、アフガニスタンあたりを、バックパックを背負い旅をしました。古い社会体制からドロップ・アウトし、東洋哲学にあこがれ、一方では大麻を求める旅でもありました。ゼミの先輩に、インドを1年間、放浪してきた人がおり、あこがれたものです。私も、パキスタン留学の話がありました。旅費は自前ながら、1年間、パキスタン政府が月2万円の小遣いをくれると言うので、行く気満々でした。ただ、留年もしていたので、親父から一喝され、断念しました。私の替わりに留学した知人は、帰国時、インドに立ち寄り、赤痢を罹患。1ヶ月間、カルカッタで入院しました。やはり、欧米人や日本人にとって、衛生状態は、かなり厳しいものがありました。
ソブラジは、ヒッピーを餌食とし、衛生環境の悪さを手口に使います。親切にして、近づき薬を盛り、介抱すると見せかけ、殺して金品とパスポートを奪うという手口です。殺人そのものを目的とするシリアル・キラーとは異なります。ソブラジは、妻と称するカナダ女性マリー・アンドレ・ルクレール、インド人のアジェを従えて犯行を重ねます。自国民が犠牲になったことから、オランダ大使館員クニッペンベルグは、ソブラジに疑念を抱きます。地元警察から相手にされなかったため、独自に捜査を進めます。彼と協力者たちの活躍で、事件の全容解明が進みます。結果、ソブラジは、インドで逮捕。収監されます。ただ、刑期満了直前に脱獄。再逮捕され、刑期は延長されます。その間に、死刑確実なタイの事件は、すべて時効を迎え、インドで刑期を終えたソブラジは、自由人としてフランスに戻りました。計算づくの脱獄だったわけです。
「サーペント」が面白くなったのは、上述のとおり、ソブラジを深堀せず、ストーリー・テリングに徹しているからですが、他にもいくつかの理由があります。テクニカルには、頻繁なタイム・ホッピングが、テンポを落とさない、緊張感を持続する、ムードを一定に保つ、といった効果をあげています。これは、場面毎の感情の動きやドラマを構成しにくいという欠点を生みますが、一方で、ストーリー展開は早くなります。表面的に過ぎるドラマだという批判はあるでしょうが、覚悟のうえだと思います。実話、かつ多数の題材が存在する「サーペント」には適しています。マリ―とのからみ、クニッケンベルグの謎解きには、創作部分も多いのだと思われますが、ストーリーに、実話以上の広がりを持たせています。
ソブラジは、フランス・ヴェトナムのハーフです。「サーペント」では、ソブラジの犯行の背景として、不遇な家庭環境、フランスで受けた差別を示唆しています。ヒッピーを標的にしたのは、彼らのアジアを見下す一面ゆえかもしれません。ソブラジの本質は、極めてIQの高い、生来の詐欺師なのだと思います。取材や映画化権で得た収入で、豊かに暮していたソブラジは、2003年、突如カトマンズに現れ、警察に拘束されます。彼は、カトマンズでも殺人を犯しており、起訴される可能性が残る唯一の国でした。証拠不十分で不起訴となることを確信し、インド、タイと同様、法的に全てをクリアーにしたかったのかも知れません。ところが、かつてマリーがインドで行った証言が証拠として採用され、終身刑を宣告されます。ソブラジは、現在もネパールで収監されています。マリーの証言を提供したは、クニッケンベルグでした。ちなみに、クニッケンベルグ夫妻は、後に離婚します。その後、妻のアンゲラは、国連に勤務、事務次長にまでなりました。(写真出典:imdb.com)