2021年2月7日日曜日

祈りのかたち

円空仏の人気は、衰えることがありません。鉈やノミで彫り出す素朴な円空仏は、荒いタッチにも関わらず、慈愛、ユーモア、時に恐ろしさがよく伝わります。円空は旅の修験僧でした。修験道の修行の一つに、造仏があるそうです。とは言え、生涯で1万2千体の仏像を彫ることを誓ったという円空は、常とは大いに異なります。現在、5,300体まで見つかっているそうです。なぜ、円空が、それほどまでに造仏にこだわったのかは、謎のままです。

NHKの「ETV特集 ”円空 仏像に封印された謎”」(2021/1) は、興味深い番組でした。円空の生い立ちは不明な部分が多いようです。どうも母子家庭に育ち、幼くして母を洪水で亡くし、寺に預けられたようです。複数の寺で過ごした後、修験道に入り、富士山で修行します。そこで造仏修行を始めたようです。母への想いは断ちがたく、それが円空の修行のモチベーションでした。40歳、生地とされる岐阜県羽島で大きな十一面観音像を彫り、中に母の遺品を納め、供養に一区切りをつけたようです。そして、修験道の聖地大峰山で冬ごもりの荒行を終えた円空は、突然、あの独特な作風で造仏を始めます。

仏教では、穢れている女性は成仏できないとされていました。母を弔ったものの、成仏できないことを気に病んでいた円空は、釈迦が、龍王の8歳になる娘龍女を即身成仏させたことを知ります。以降、円空は龍女を多く題材としていきます。ちなみに、龍女は、成仏したお礼に、人々の安らかな暮らしを願って法華経を説いたと言われます。円空は、母の成仏と人々の安寧を願って、多くの仏像を作り続けたのでしょう。1695年、64歳になった円空は、自らも、生まれ故郷で、飲食を断ち、即身成仏しています。

番組では、円空が滞在していた飛騨千光寺の麓の家々に、円空仏が多く受け継がれていることを伝えています。高さ10cmに満たない仏像は、親しみを持って「円空さん」と呼ばれてきたそうです。そして、病気の時には抱いて寝たもんだ、とまで言います。もはや宗教ではありません。信仰そのものです。円空仏は、人々の心の拠り所として、人々の暮らしに安らかさを与え続けてきたのでしょう。円空仏は、文字に依らない法華経そのものだったとも言えそうです。

釈迦の言葉は哲学です。菩薩たちは、その分析を重ね、人々への伝え方を考え、宗教としての仏教が成立してきたと考えます。しかし、空の概念は簡単なものではありません。修験道は、日本古来の山岳信仰、つまり自然崇拝と仏教が融合したものです。厳しい修行で得た験力を持って加持祈祷を行うばかりが修験道ではありません。験力を持って、人々に救済を与えることが本来的役割だと思います。円空仏は、宗教の枠組を使いながら、人々の信仰に形を与えています。まさに日本独自の信仰である修験道の一つの完成形だと思えます。(写真出典:enku.jp)

2021年2月6日土曜日

「LA92」

監督:ダニエル・リンジー、T.J.マーティン  2017年アメリカ

☆☆☆☆ 

1991年、LA市内を車で走行中のロドニー・キングは、スピード違反で停車を命じられます。仮釈放中だったキングは、逃走を試みますが、捕まります。車から降ろされたキングは、複数の警察官に取り囲まれ、激しい暴行を受けます。残念ながら、決して珍しい光景ではありません。ただ、ロドニー・キングの場合、他のケースと大きく異なっていたことは、その一部始終を近隣住民がビデオで撮影していたことです。暴行映像は、全世界に流れました。

警察官の過剰な暴力を裁く裁判は、当然、LA市内で開かれる予定でした。しかし、LA市内で行えば公平性を欠く懸念があるとして、白人が88%を占め、警察官が多く住む郊外のシミ・ヴァレーで開かれます。50年代以前の南部ならいざ知らず、90年代のLAで、平然と行われた司法操作です。公判中に、さらなる悲劇が起きます。食料品店で、万引を疑った韓国人の女性店主が、制止をきかずに去ろうとした黒人少女ラターシャ・ハーリンズを、いきなり後ろから撃ち殺します。陪審員は、故殺で懲役16年という評決に至ります。ところが、白人の女性判事は、保護観察5年へと大幅減刑します。黒人たちの不満は高まります。

ロドニー・キング裁判は、92年4月29日、評決の時を迎えます。TV中継を通じて、全米が固唾を飲んで結果を見守っていました。陪審員の評決は全員無罪。黒人たちの深い嘆息は、すぐに警察への抗議行動へと変わります。LAPD本部のあるパーカー・センター前に集まった黒人たちの抗議は、襲撃へとエスカレートします。こうして史上最大の「ロサンゼルス暴動」は始まりました。非常事態宣言、外出禁止令も出され、州兵も派遣される事態となります。暴動は5日間に渡り、死者63人、負傷者2,400人、逮捕者12,000人、火災3,600件、略奪された店舗4,500店、被害総額は10億ドル。略奪された店舗の多くは韓国系ながら、狙われたというよりも黒人地区周辺にあったからだとされます。自衛のために銃器を撃ちまくる韓国系店主たちの映像が物議を醸しました。

ナショナル・ジオグラフィックのドキュメンタリー映画「LA92」は、当時のニュース映像を中心に構成され、一切ナレーションも入りません。ほとんどが中継映像なので、迫力、臨場感が半端ないものとなっています。また、時系列に沿って編集されているので、マスヒステリアがエスカレートしていく過程がよく分かります。また、多くのインタビュー映像は、黒人のたちの悲しみ、怒りを、ストレートに伝えています。さらに、韓国人の置かれた状況も映し出されるなど、LAの多様な民族性が生む複雑さも明らかにしています。ロサンゼルス暴動のすべてを、生々しく伝えるドキュメンタリー映画の秀作だと思います。

映画のオープニングには、65年、同じくLAで起きたワッツ暴動のニュース映像が流れます。キャスターは、この暴動が、将来、より大きな暴動につながりかねないことを懸念しています。その恐れは、26年後に現実のものとなったわけです。そして、エンディングで、同じワッツ暴動のニュースが、再度、流されます。ロサンゼルス暴動の28年後、ミネアポリス警察が無抵抗のジョージ・フロイドを殺害する映像に端を発し、BLM運動が全米に広がり、一部は暴動化します。ワッツ暴動のニュース映像は、キャスターの「月に降り立つ時代、社会の病を克服することはできないのでしょうか」という言葉で結ばれています。(写真出典:amazon.co.jp)

2021年2月5日金曜日

ゲームストップ

ニューヨーク証券取引所
かつて、戦場において、前線の状況は、通信兵が背負う無線機を通じて、小隊長から中隊長へ、中隊長から大隊長へ、大隊長から師団司令へと上がり、師団司令からの命令が、同じルートを逆に降りていきました。現在は、歩兵のヘルメットにカメラが付き、上空にはドローンのカメラがあり、コマンド・ポストは、世界中のどこからでも前線の状況を把握できます。そしてヘルメットに装着された小型無線を通じて、一人ひとりに、直接、指示を出します。無論、リーダーが不要になったのではなく、その役割が変わったと言えます。

インターネットは、すべてのインターミディアリーを排除する、というのが、私の持論です。機器類の進化も含め、情報革命は、よろず中間的な存在を不要なものにしていく傾向があります。例えば、アマゾンは書籍問屋や書店を不要なものにし、i-podはCDショップを不要なものにしてきました。最近は、キャッシュレス化が進み、紙幣や硬貨も不要になりつつあります。お金も、信用を仲介する中間的存在だったわけです。中間的な存在が不要になるのは、物や情報に留まりません。例えば、かつて、世論は、新聞や雑誌を通じて形成されていました。今は、SNS上で生成されます。

アメリカの株式市場で、これまでにないような性格の騒動が起きました。19ドルだったゲームソフト販売大手「ゲームストップ」社の株価が、一気に340ドルまで上がります。映画館経営のAMC社の株も同様の動きを見せます。その背景には、掲示板型ウェブサイト「レディット」の存在があります。同サイトの「ウォール・ストリート・ベッツ(WSB)」というフォーラムが、コロナ禍でのステイホームを背景に人気急上昇しました。そこで「ゲームストップ」社の株購入が呼びかけられると、瞬く間に拡散し、買注文が殺到しました。ウォール・ストリートには、激震が走ります。

早速、当局は何らかの規制を行うために、検討を開始したようです。株式市場の健全な運営という面からすれば、確かに違和感はあります。組織的な市場操作とも言えますが、SNSで「買おうぜ」と呼びかけることが組織的、あるいは共同謀議と言えるのか、単なる呼びかけを市場操作とまで解釈できるのか、やや疑問です。法規制がSNS環境に追いついていないことは明確なのでしょう。しかし、今回は、SNSの表面に絆創膏を張るだけでは済まないほど重い問題であり、より本質的に、マーケットのあり方を議論する必要があると思います。

レディット上では、市場の格言を逆さにした「高く買え、決して売るな」という言葉が拡散しているようです。つまり、今回の騒動の本質は、値上益を求める強欲ではなく、ヘッジファンドやインベストメント・バンカーや当局といった市場の支配者に対する個人投資家の反逆だということです。今のところ、反逆者たちは、支配者たちがうろたえる姿を喜んでいるだけで、何か明確な主張や要請は見えていません。しかし、1789年、パリの民衆がバスティーユ牢獄を襲った時、それが近代社会を開く市民革命の始まりだと認識していた人は、誰一人いなかったはずです。(写真出典:ja.wikipedia.org)

2021年2月4日木曜日

阿里山烏龍茶

 小学生の頃、お茶好きの伯母から、お茶の特訓を受けたことがあります。産地、製法、入れ方による味の違いを叩き込まれました。伯母に言わせれば、お茶は一生飲むものだから、しっかりと覚えておきなさい、ということでした。さすがに興味もなかったので、ほとんど味は覚えていません。ただ、「どうせなら、将来、お茶の入れ方の上手なお嫁さんを貰いなさい。それで人生の楽しみが大きく変わるのだから」という伯母の言葉だけは印象に残りました。嫁さんの件は別としても、確かに伯母の言うとおり、これまでの人生で、実に大量のお茶を毎日飲んできたな、と思います。

私の一日は、豆を挽き、コーヒーを入れることから始まります。朝食後には煎茶、午前にミルク・ティー、昼食後にコーヒー、午後にミルク・ティー、夕食後はほうじ茶。これが基本パターンですが、ハーブ・ティー、チャイ、そして烏龍茶も常備してあります。昔、烏龍茶にハマったことがありましたが、ここ1~2年、台湾烏龍茶に魅せられています。数年前、台北で茶芸を楽しんだ時には、美味しいとは思いましたが、ハマることはありませんでした。一昨年、コレド室町テラスに、台湾で人気の誠品生活が進出し、書店や雑貨店等とともに、1862年創業という台北の老舗”王徳傳茶荘”がティー・ルームを開きました。これが、実にいいのです。ハマりました。

阿里山茶畑
王徳傳では、伝統的な台湾烏龍茶やオリジナル・ドリンクが飲めます。烏龍茶は、店の人が入れてくれて、客は二煎目と三煎目の味と香りを堪能できます。台湾烏龍茶は、温度と蒸し時間が微妙で、素人には、見極めが難しいところがあります。そこを店の人がやってくれるので、助かります。いくつかの茶葉を試しました。微妙で上質な絹を思わせる凍頂烏龍茶や複雑な香りで紅茶に近い東方美人もいいのですが、一番のお気に入りは、阿里山烏龍茶。寒暖差が激しく、濃霧立ち込める台湾南西部の高山で摘まれる希少な茶葉です。緑濃い森を、まるごと飲んでいるかのような深い香りと味、そして長く余韻が残ります。絶品だと思います。

日本や中国のお茶の多くは緑茶です。茶葉を蒸して揉んで作られますが、加熱することで発酵を止めています。対して烏龍茶は、発酵させます。完全に発酵させると紅茶になりますが、途中で加熱して発酵を止めるところが特徴です。産地、品種、発酵の程度によって異なる茶葉ができますので、烏龍茶の種類は多く、約800種と言われます。台湾を代表する四大銘茶と言われるのが、凍頂烏龍茶、東方美人茶、文山包種茶、木柵鐵觀音茶です。それぞれ産地も製法も異なりますが、なかでも東方美人茶の製法は独特です。稲の害虫ウンカに食べさせるこで独特な甘さを引き出すという高発酵茶です。

王徳傳では、もちろん茶葉も売っていますが、私は買いません。希少価値の高い茶葉は、お値段も高いということに加え、家でおいしく入れることが難しいからです。ティー・ルームで美味しくいただくのが一番だと思っています。中国茶は、緑茶、白茶、黄茶、黒茶、青茶、紅茶、花茶の7つに分類されるそうです。青茶に分類される烏龍茶の最高峰は、福建省武夷山で取れる武夷岩茶「大紅袍」だとされます。年間、わずか400gしか取れず、本物が市場に出回ることはないとまで言われます。記録としては、20gが250万円で取引されたことがあるそうです。(写真出典:saiyu.co.jp)

2021年2月3日水曜日

サド裁判

高校から大学にかけて、稀代のディレッタント澁澤龍彦の大ファンでした。社会人になり、仕事に忙殺されるようになると、次第に澁澤の本からは遠ざかっていきました。私が変わったのか 、澁澤が変わったのか、あるいは時代が変わったのか。2019年の暮れに、白水社から礒崎純一著「龍彦親王航海記 澁澤龍彦伝」が出版されました。500ページに及ぶ年代記は、編集者として澁澤と親交があり、澁澤を調べつくした著者ならではの宇宙を構成しています。書斎人であることを全うした澁澤龍彦のすべてを、余すところなく伝えているばかりか、60年代文化の一側面と、その終わりを見事に伝える本でもあります。

澁澤の名を世間に知らしめたのは、1961年に起こったサド裁判でした。1797年にサド侯爵が出版した「ジュリエット物語あるいは悪徳の栄え」を澁澤が翻訳した「悪徳の栄え」が猥褻物頒布等の罪に当たるとして起訴された事件です。文学界は、これに猛反発し、そうそうたる面々が、応援の論陣を張ります。当の澁澤は、三島由紀夫に当てた手紙で「勝敗は問題とせず、一つのお祭り騒ぎとして、なるべくおもしろくやろうと考えています」と語っています。澁澤は、裁判にたびたび遅刻し、無断欠席までしています。政治も含め、世俗とは一線を画して生きた書斎人らしい姿勢です。

裁判は、一審勝訴、二審逆転敗訴、1969年に至り、最高裁が7対5、意見1をもって上告を棄却、罰金刑が確定しました。いわゆる猥褻裁判は多数ありますが、重要なものとして1951年起訴、1957年に結審した「チャタレー裁判」が挙げられます。D.H.ローレンスの「チャタレー夫人の恋人」を翻訳した伊藤整と出版元が訴えられました。最高裁は、猥褻の三要素として、徒らに性欲を興奮又は刺戟し、通常人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反する、を定義し、公共の福祉が表現の自由に勝るとしました。そもそも定義が不明確な猥褻を法廷が裁けるのか、という疑問があったわけですが、この最高裁判決は、猥褻裁判の枠組みをはじめて明らかにし、以降、各国でも活用されたようです。

猥褻裁判は、表現の自由、知る権利を巡って争われますが、違和感を感じます。公共の利益が個人の自由を制約することがあり得るのは理解します。それが社会規範であり、法なのでしょう。しかし、社会規範や法として明文化できないものは、社会的コンセンサスを形成することが困難なものであり、個人の選択に委ねられるべきだと思います。それが憲法の保障する個人の自由だと考えます。個人に選択の余地がない場合、例えば東京駅のコンコースに、多くの人が不快と思う巨大な図画が掲げられれば、批判を集め、撤去されるでしょう。猥褻を法に定義し、裁くことに無理がある以上、サド裁判に対する澁澤の態度は、至極まともなものだったと思います。もちろん、現実の法手続きは別ですが。

澁澤の没後、スキゾ・キッズ浅田彰は「まだタテマエがしっかりしていたころ、それに背を向ければ「異端の文学者」を気取ることができた。まだ洋書を手に入れることが難しかったから、あの程度で素人を幻惑できた」と澁澤をこき下ろしているようです。浅薄な見方ですが、まったくその通りだとも思います。アンシャン・レジームに対して、学生運動が、ヒッピーが抵抗を試みていた時代、澁澤は、人間をダークサイドから深堀するという、まったく異なるアプローチで、モラルなるものへ抵抗していたのだと思います。澁澤ファンは、澁澤個人ではなく、澁澤が開いてくれた秘密の扉の向こうで見たものから、人間を、そして世界を学んだのだと思います。(写真出典:unangepasse21.com)

2021年2月2日火曜日

「時の面影」

サイモン・ストーン監督  原題:The Dig  2021年イギリス・アメリカ

☆☆☆+

1939年、英国サフォーク州サットン・フーの墓地群の発掘は、それまで明らかではなかったアングロ・サクソン七王国時代に光を当てる考古学上の大発見でした。5世紀、ローマがブリタニアを放棄すると、ゲルマン人の侵入が開始されます。やがてゲルマン人は、小王国をつくり始め、アングロ・サクソン七王国に集約されていきます。これが、現在のイングランドの直接的祖先となります。イングランドという名称は、ユトランド半島南部から入ってきたアングル人に由来します。サットン・フーは、イースト・アングリア王の船葬跡とされ、金や宝石で細工された多くの財宝が出土しました。これらは、英国最大級の宝物とされ、大英博物館に所蔵されています。

サットン・フーの地主である未亡人エディス・プリティは、所有地にある土塁に何が埋まっているのかが気になり、地元の考古学者バジル・ブラウンに発掘を依頼します。ブラウンは、学歴もなく、正式な考古学者ではありませんでした。ただ、考古学や天文学に造詣が深く、何よりも土地に詳しく、博物館からも重宝されていたようです。ブラウンの歴史的発見は、学界の知るところとなり、以降、発掘の指揮は大英博物館に渡されます。また、発掘物は、プリティ夫人の所有物と認定されますが、多くの人々に見てほしいと願った彼女は、無償で大英博物館に寄贈しています。

本作は、このサットン・フー大発見の経緯を、事実に基づきながらも、ロマンティックな脚色を加え、上質な作品に仕上げています。佳作と呼ぶにふさわしいと思います。地味な題材をロマンティックに仕立てた脚本が秀逸で、落ち着いた安定感のあるトーンも見事、サフォークの自然を映すホリゾンタルな映像も、渋い演技を見せるキャストも、作品の心地よさを構成しています。ブラウン役の名優レイフ・ファインズがいい味を出しています。陰影のあるプリティ夫人役をキャリー・マリガンが好演。最近、よく見かけるリリー・ジェームスが映画に花を添えています。

世紀の大発見とは言え、事実を忠実に映画化すれば退屈な展開となります。そこで、いくつかの魔法が用いられます。まずは、30歳代で、病気のために余命いくばくもないプリティ夫人ですが、実際には50歳代半ばのご婦人でした。彼女の息子への思いや、けなげな少年の姿は涙を誘いますが、実際、息子は幼かったようです。リリー・ジェームスが演じたペギー・ピゴットは、英国の高名な考古学者であり、発掘に参加した時には、既に豊富な経験を持っていましたが、映画では発掘経験のない初々しい若妻となっています。彼女と惹かれ合うプリティ夫人の従兄弟は架空の役柄。映画は、迫りくる第二次大戦という時代をうまく表現していますが、彼の出征が恋の成就とうまくからみます。

高校生の頃、発掘を職務とする公務員はいい仕事だと思い、知人の埋蔵文化財専門官に話を聞きました。彼が言うには、やめとけ、ロマンを求めて就職したけど、人が決めた場所で、土を掘り返すだけの毎日だよ、とのことでした。心底好きでなければ、できない仕事なのでしょう。公務員よりもブラウンのような在野の愛好家の方が熱心で、かつ学者や公務員に負けたくないという気持ちも強いと思います。愛好家の情熱が、時に大発見につながり、ある時にはでっち上げ事件を起こすという世界なのでしょう。(写真出典:en.wikipedia.org)

2021年2月1日月曜日

寒山拾得

狩野山雪「寒山拾得図」
森鴎外に「寒山拾得」という短編があります。鴎外は、寒山拾得に興味を持った娘に問われ、話したままを文にした、と語っているようです。私も、過日、娘に、水墨画で見かける不気味に笑う二人組は誰か、と聞かれました。大昔、中国にいた奇僧かつ詩人だと答えましたが、なぜこれほどまでに画題に選ばれるのか、疑問に思い始めました。文殊菩薩と普賢菩薩だとも言われますが、思えば思うほど不思議な二人組です。粗末な着衣、ぼさぼさの髪、低い背丈、不気味とも不敵ともとれる笑い、実に奇妙です。それ以上に、気になるのは、画家たちが、実に楽しそうに描いているように思えることです。

森鴎外が下敷きにしたのは、白隠禅師の「寒山詩闡提記聞」だったようです。唐の役人が、頭痛に悩んでいると、旅の僧侶が訪れ、まじないで治す。僧の名を聞けば「台州は天台山国清寺の豊干」と答えます。役人は、台州の知事に赴任予定だったので、台州で会うべき偉人を聞くと、豊干は、寒山と拾得の名を挙げ、文殊菩薩と普賢菩薩の化身であると言って去ります。台州に赴任した役人は、山中奥深くに国清寺を訪ねます。見すぼらしい姿の寒山拾得に会った役人は、正式な挨拶の礼を取ります。それを見た寒山拾得は大笑いしながら、逃げていきます。役人は、寒山が逃げながら「豊干がしゃべったな」とつぶやく声を聞きます。

天台山国清寺は、浙江省にある天台宗の本山です。伝教大師最澄もここに学んでいます。寒山は、寒さ厳しい岩窟に住んでいたので寒山と呼ばれ、拾得は、豊干に拾われ、国清寺で働いていました。二人は奇行が多く、皆、呆れていたようですが、豊干の教育を受けて仏教哲学には滅法強かったとされます。それはそうだと思います。残された詩編は、ただのフーテン奇人では、とても書けるものではありません。宋代になると、禅僧を中心に評価が高まり、人気の画題となります。また、江蘇省にある臨済宗の名刹寒山寺は、寒山が庵を組んでいたことにちなんで命名されたと伝わります。

さて、寒山拾得の人気が高まったのは何故か、ということですが、恐らくその存在が禅の極意、あるいは仏教の本質に通じるものがあったからだと思います。世俗を離れ、雑事を笑い飛ばす姿は、歩く禅問答のように思えます。寒山拾得の笑いとは何ぞ、という公案がありそうな気がします。とかく仏教経典は、哲学的で、難しいものばかり。また修行僧も、深刻な趣の者ばかり。寒山拾得の笑いは、大衆に空の概念を伝える力をもっているように思えます。そういう意味では、伝教の一つの理想なのかも知れません。

昔、聞いた話があります。ある時、中国のお寺に、禅宗の高僧が来ると言うので、近郷近在から多くの人たちが集まります。高僧はなかなか現れず、皆がしびれを切らします。そこへおっとり現れた高僧は、檀上に座ると、けたたましい音とともに放屁し、大笑いして、そのまま去っていったといいます。集まった人たちは、さすがに高僧と言われる人は違うものだと感心し、合掌したそうです。禅宗らしいいい加減な話だとは思いますが、空と屁という取り合わせは、なかなか相性の良いところがあります。(写真出典:bunka.nil.ac.jp)

サンティアゴ・デ・クーバ