2021年2月6日土曜日

「LA92」

監督:ダニエル・リンジー、T.J.マーティン  2017年アメリカ

☆☆☆☆ 

1991年、LA市内を車で走行中のロドニー・キングは、スピード違反で停車を命じられます。仮釈放中だったキングは、逃走を試みますが、捕まります。車から降ろされたキングは、複数の警察官に取り囲まれ、激しい暴行を受けます。残念ながら、決して珍しい光景ではありません。ただ、ロドニー・キングの場合、他のケースと大きく異なっていたことは、その一部始終を近隣住民がビデオで撮影していたことです。暴行映像は、全世界に流れました。

警察官の過剰な暴力を裁く裁判は、当然、LA市内で開かれる予定でした。しかし、LA市内で行えば公平性を欠く懸念があるとして、白人が88%を占め、警察官が多く住む郊外のシミ・ヴァレーで開かれます。50年代以前の南部ならいざ知らず、90年代のLAで、平然と行われた司法操作です。公判中に、さらなる悲劇が起きます。食料品店で、万引を疑った韓国人の女性店主が、制止をきかずに去ろうとした黒人少女ラターシャ・ハーリンズを、いきなり後ろから撃ち殺します。陪審員は、故殺で懲役16年という評決に至ります。ところが、白人の女性判事は、保護観察5年へと大幅減刑します。黒人たちの不満は高まります。

ロドニー・キング裁判は、92年4月29日、評決の時を迎えます。TV中継を通じて、全米が固唾を飲んで結果を見守っていました。陪審員の評決は全員無罪。黒人たちの深い嘆息は、すぐに警察への抗議行動へと変わります。LAPD本部のあるパーカー・センター前に集まった黒人たちの抗議は、襲撃へとエスカレートします。こうして史上最大の「ロサンゼルス暴動」は始まりました。非常事態宣言、外出禁止令も出され、州兵も派遣される事態となります。暴動は5日間に渡り、死者63人、負傷者2,400人、逮捕者12,000人、火災3,600件、略奪された店舗4,500店、被害総額は10億ドル。略奪された店舗の多くは韓国系ながら、狙われたというよりも黒人地区周辺にあったからだとされます。自衛のために銃器を撃ちまくる韓国系店主たちの映像が物議を醸しました。

ナショナル・ジオグラフィックのドキュメンタリー映画「LA92」は、当時のニュース映像を中心に構成され、一切ナレーションも入りません。ほとんどが中継映像なので、迫力、臨場感が半端ないものとなっています。また、時系列に沿って編集されているので、マスヒステリアがエスカレートしていく過程がよく分かります。また、多くのインタビュー映像は、黒人のたちの悲しみ、怒りを、ストレートに伝えています。さらに、韓国人の置かれた状況も映し出されるなど、LAの多様な民族性が生む複雑さも明らかにしています。ロサンゼルス暴動のすべてを、生々しく伝えるドキュメンタリー映画の秀作だと思います。

映画のオープニングには、65年、同じくLAで起きたワッツ暴動のニュース映像が流れます。キャスターは、この暴動が、将来、より大きな暴動につながりかねないことを懸念しています。その恐れは、26年後に現実のものとなったわけです。そして、エンディングで、同じワッツ暴動のニュースが、再度、流されます。ロサンゼルス暴動の28年後、ミネアポリス警察が無抵抗のジョージ・フロイドを殺害する映像に端を発し、BLM運動が全米に広がり、一部は暴動化します。ワッツ暴動のニュース映像は、キャスターの「月に降り立つ時代、社会の病を克服することはできないのでしょうか」という言葉で結ばれています。(写真出典:amazon.co.jp)

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