2021年2月2日火曜日

「時の面影」

サイモン・ストーン監督  原題:The Dig  2021年イギリス・アメリカ

☆☆☆+

1939年、英国サフォーク州サットン・フーの墓地群の発掘は、それまで明らかではなかったアングロ・サクソン七王国時代に光を当てる考古学上の大発見でした。5世紀、ローマがブリタニアを放棄すると、ゲルマン人の侵入が開始されます。やがてゲルマン人は、小王国をつくり始め、アングロ・サクソン七王国に集約されていきます。これが、現在のイングランドの直接的祖先となります。イングランドという名称は、ユトランド半島南部から入ってきたアングル人に由来します。サットン・フーは、イースト・アングリア王の船葬跡とされ、金や宝石で細工された多くの財宝が出土しました。これらは、英国最大級の宝物とされ、大英博物館に所蔵されています。

サットン・フーの地主である未亡人エディス・プリティは、所有地にある土塁に何が埋まっているのかが気になり、地元の考古学者バジル・ブラウンに発掘を依頼します。ブラウンは、学歴もなく、正式な考古学者ではありませんでした。ただ、考古学や天文学に造詣が深く、何よりも土地に詳しく、博物館からも重宝されていたようです。ブラウンの歴史的発見は、学界の知るところとなり、以降、発掘の指揮は大英博物館に渡されます。また、発掘物は、プリティ夫人の所有物と認定されますが、多くの人々に見てほしいと願った彼女は、無償で大英博物館に寄贈しています。

本作は、このサットン・フー大発見の経緯を、事実に基づきながらも、ロマンティックな脚色を加え、上質な作品に仕上げています。佳作と呼ぶにふさわしいと思います。地味な題材をロマンティックに仕立てた脚本が秀逸で、落ち着いた安定感のあるトーンも見事、サフォークの自然を映すホリゾンタルな映像も、渋い演技を見せるキャストも、作品の心地よさを構成しています。ブラウン役の名優レイフ・ファインズがいい味を出しています。陰影のあるプリティ夫人役をキャリー・マリガンが好演。最近、よく見かけるリリー・ジェームスが映画に花を添えています。

世紀の大発見とは言え、事実を忠実に映画化すれば退屈な展開となります。そこで、いくつかの魔法が用いられます。まずは、30歳代で、病気のために余命いくばくもないプリティ夫人ですが、実際には50歳代半ばのご婦人でした。彼女の息子への思いや、けなげな少年の姿は涙を誘いますが、実際、息子は幼かったようです。リリー・ジェームスが演じたペギー・ピゴットは、英国の高名な考古学者であり、発掘に参加した時には、既に豊富な経験を持っていましたが、映画では発掘経験のない初々しい若妻となっています。彼女と惹かれ合うプリティ夫人の従兄弟は架空の役柄。映画は、迫りくる第二次大戦という時代をうまく表現していますが、彼の出征が恋の成就とうまくからみます。

高校生の頃、発掘を職務とする公務員はいい仕事だと思い、知人の埋蔵文化財専門官に話を聞きました。彼が言うには、やめとけ、ロマンを求めて就職したけど、人が決めた場所で、土を掘り返すだけの毎日だよ、とのことでした。心底好きでなければ、できない仕事なのでしょう。公務員よりもブラウンのような在野の愛好家の方が熱心で、かつ学者や公務員に負けたくないという気持ちも強いと思います。愛好家の情熱が、時に大発見につながり、ある時にはでっち上げ事件を起こすという世界なのでしょう。(写真出典:en.wikipedia.org)

マクア渓谷