サンティアゴ・デ・クーバは、1515年、スペインのコンキスタドールの一人ディエゴ・ベラスケス・デ・クエリャルによって開かれています。クリストファー・コロンブスの船団の一員だったベラスケスは、キューバ征服を任され、後にキューバ総督になっています。サンティアゴ・デ・クーバはコンキスタドールの拠点でもあり、ここからコルテスがメキシコ征服へ、デ・ソトがフロリダ征服へと向かっています。1553年に総督府がハバナに移ると、イギリスやフランスの襲撃を受け、一時期は海賊たちの拠点にもなっていたようです。19世紀初頭には、ハイチ革命の余波として、フランス人や自由奴隷が流れ込みます。つまり、サンティアゴ・デ・クーバは、自由思想も含め、実に多様な文化が交差していたわけです。そうした文化的背景からソンも生まれています。
セプテート・サンティアゲーロは、その名の通り、基本的には7人編成です。ソンのバンドは、1930年代に確立されたというトレス、ギター、ベース、トランペット、コンガ、パーカッション、ボーカルというセプテット構成が基本です。この7人編成が、完璧なソンの世界を聴かせてくれます。ただ、セプテート・サンティアゲーロは、伝統のセプテット形式を踏襲しつつ、ボーカルを2人にするなど臨機応変な編成をしているようです。当夜のボーカルは、ゲスト・シンガーも加えた3人体制になっていました。その演奏レベルの高さには驚かされました。シンガーは張りのある声でキレの良い歌を聞かせ、トランペットはハイノートで吹きまくり、コンガとパーカッションは躍動感あふれるリズムをたたき出し、トレスが情感たっぷりに曲を作っていきます。
まるで、サンティアゴ・デ・クーバのクラブにいるかのような印象を受けました。いつまでも聴いていたくなる演奏でした。スタジオ録音と変わらぬクオリティの高さは、音楽的にも、技術的にも完璧なパフォーマンスと言えます。と言うか、彼らにとっては、スタジオもライブも何一つ変わらないということなのでしょう。2年前、同じブルー・ノートで聴いたマリーザ・モンチのステージも完璧なパフォーマンスでした。ブラジルやキューバといった音楽が盛んな国のトップ・バンドは、厳しい競争を勝ち抜いた者たちで構成されているということなのでしょう。セットリストは、カンデーラやチャンチャンといった伝統的なソンが中心でした。テンポが変わっても、客が踊れる曲という基本は変わりません。MCは、スペイン語で押し通していました。お見事。
19世紀末の米西戦争では、この地でスペインは大敗し、結果、キューバは独立しました。ただ、その後、アメリカによる実質的支配が続くわけですが、1953年、フィデル・カストロ率いる反乱軍が、サンティアゴ・デ・クーバのモンカダ兵舎を攻撃し、革命戦争が始まります。1959年1月1日、カストロはサンティアゴ・デ・クーバ市庁舎のバルコニーからキューバ革命の勝利を宣言しています。ソンが生まれた街サンティアゴ・デ・クーバは、独立の地でもあり、革命の地でもあったわけです。その後、ソンは、マンボ、チャチャ、そしてサルサを生んでいくことになります。サンティアゴ・デ・クーバは、カリブ海の歴史における最も重要な街の一つと言っても過言ではないのでしょう。(写真出典:nishinippon.co.jp)



















