2026年9月9日水曜日

テンションの追求

メアリー・ハルヴァーソン
ブルー・ノートで、 初めてメアリー・ハルヴァーソンのライブを聴き、いささか驚きました。近年のジャズの新しい傾向の中では異彩を放つ見事な演奏でした。メアリー・ハルヴァーソンは、ダウンビート誌で、ここ9年間連続で、全米No.1ギタリストに選出されています。小柄で、地味な服装と髪型は、地方大学の文学部の先生といった風情です。実際、彼女はNYのニュー・スクール大学の講師も務めています。また、2019年には、天才賞とも言われるマッカーサー・フェローシップも受賞しています。今回が、初来日であり、自身のアマリリス・セクステットを率いての登場でした。彼女はMCを全て日本語で通していました。頭のいい人なのでしょう。

ジャズの歴史は、ヨーロッパ音楽と西アフリカ音楽が融合して生まれたニューオーリンズ・ジャズ、ないしはデキシーランド・ジャズに始まるとされます。20世紀初頭のことでした。黒人たちの北部への大移動が始まると、ビッグバンドによる都会的なダンス音楽スウィングが生まれ、大人気を博します。1940年代以降、スウィングがマンネリ化してくると、少人数編成のコンボで即興演奏を中心とするビバップの時代を迎えます。ビバップは、ハード・バップ、クール・ジャズ、モード・ジャズ等へ展開し、いわゆるモダン・ジャズの時代が始まります。マイルス・デイビスのモード奏法以降、モダン・ジャズはスリリングなテンションを追求する音楽となり、その延長線上にフリー・ジャズも登場します。現代人の不安定な心情が表現されているのだと思います。

1970年代になると、電子楽器やロック・テイストの導入され、いわゆるフュージョン主流の時代になります。ジャズの新しい形として人気を博す一方、時代に媚びていると批判され、ジャズは終わったとも言われました。マイルス・デイビスが先導したフュージョン化ですが、実は彼のトランペットの演奏は何も変わっていなかったと思います。マイルスは、新たなテンションの表現を求めただけなのだろうと思います。また、フュージョンは、ジャズの多様性を生み出すきっかけにもなりました。つまり、クロスオーバーという発想が、オーセンティックなジャズの世界から、ミュージシャンの個性を解き放ったのではないでしょうか。ロック系、ソウル系、スムース・ジャズ、民族系、室内楽的ジャズ、モダン・ビッグバンド、そしてポストバップと多様化が進みます。

近年、主流になってきたのが、ネオ・ソウル系と室内楽的ジャズのように思います。室内楽的というのは私の勝手な印象ですが、要は高度なテクニックを前提に、実によくコントロールされたジャズという意味です。スナーキー・パピーが代表格だと思います。音楽としての完成度は極めて高いと言えます。ただ、印象的にはジュリアードの優等生が超絶テクニックを披露しているだけで、何を表現しようとしているのか、さっぱり伝わりません。例えて言うなら、スーパー・リアリズムの絵画のようなものです。ところが、メアリー・ハルヴァーソンは、まったく異なる道を進んでいるように思います。ジャンルにこだわらないスタイルは、結果的に今風だと言えますが、テンションの表現に関しては実に独創的です。室内楽的ジャズとは似て非なるものだと思います。

ハルヴァーソンは、モードやフリー・ジャズが求めたテンションを、現代的なアプローチで表現しようとしているように思います。ハルヴァーソンは、1980年、ボストン郊外で生まれています。ジミ・ヘンドリックスを聴いてギターを始めたようですが、アンソニー・ブラクストンに出会い独自の音楽を指向するようになりました。アンソニー・ブラクストンは、フリー・ジャズの演奏家ですが、現代音楽の作曲家としても知られます。ブラクストンは、フリー・ジャズ・シカゴ派の重鎮です。アルトサックスのソロだけで録音されたアルバム「For Alto」は、フリー・ジャズの金字塔の一つです。シカゴ派のフリー・ジャズは、現代音楽に近く、知的で、よく構成されていました。室内楽的ジャズもハルヴァーソンも、ともにシカゴ派の血を継承していると言えるのかもしれません。しかし、テンションを追求するというスピリットにおいては、ハルヴァーソンこそが正統なのでしょう。(写真出典:rollingstonejapan.com)

テンションの追求