2026年9月7日月曜日

仁川

仁川港
東京への人口集中は頭の痛い問題であり、首都移転が議論され、一部官庁の地方移転も行われています。大都市圏への人口集中は、世界中、どこでも起こっている現象です。経済や文化の格差の存在、官庁、有名大学、大企業の集中が、その背景にあります。なかでも激しいのは韓国だと思われます。日本では人口の約3割が首都圏に集中しています。対して、韓国では人口の約半分がソウル首都圏に集まっています。日本との違いを生んでいる最大の理由は財閥にあると思います。韓国では、財閥系企業グループが、GDPの8割を占めています。韓国では経済成長のために財閥を保護育成する政策を採ってきたことが背景にあります。

財閥は、思い切った経営判断や資本の集中投下といった利点もありますが、経済格差、学歴社会、地域格差等を生みやすいという問題もあります。韓国の場合、儒学の影響や科挙の歴史が、こうした問題を助長している面もあります。ソウル市への人口集中に関しては、1990年代からドーナツ化現象も進行しているようです。不動産の高騰が背景にあるのでしょう。ソウル市からの脱出先の一つが仁川市ということになります。漁村だった仁川はソウルの外港でもありました。韓国の経済成長とともに港湾機能も拡張され、2001年には仁川国際空港もオープンしました。また、同時に首都圏電鉄の各路線でソウルに直結されたことからベッドタウンとしての役割も担うようになります。人口300万人は韓国第3位ですが、釜山を抜くのは時間の問題とも言われます。

かつて、仁川といえば、朝鮮戦争時、マッカーサー元帥によって敢行された仁川上陸作戦で有名でした。干満差の激しい仁川湾での上陸作戦は、成功確率1/5000という実に危うい作戦でした。これを成功させたマッカーサーは、北朝鮮軍を中国国境の鴨緑江まで追い詰めます。世界の軍事史に残るほど見事な成功だったと言えます。近年、仁川といえば、国際空港ということになるのでしょう。かつて韓国の玄関口と言えば、金浦空港でした。ソウル中心部に近くて便利ですが、経済成長とともに手狭になり、2001年、アジア有数のハブ空港として仁川国際空港がオープンしました。ハブ機能に着目したランキングによれば、仁川空港は、クアラルンプール空港に次いでアジア第2位になっています。以降、羽田、シンガポール・チャンギ、スワンナプーム(タイ)と続きます。

近年の仁川を象徴しているのは、埋立地に築かれた広大なインダストリアル・パークです。港湾・空港・高速道路・鉄道が集中する利便性の高さが特徴です。東京ドーム約205個分の敷地に8,000社が集中する南洞国家産業団地、先端技術系が集まる松島国際都市などが有名です。仕事で松島国際都市に滞在したことがありますが、広い敷地には、高級ホテルや高級ゴルフ・クラブもありました。一つ気になることがありました。仁川上陸作戦を危険な賭にしていた大きな干満差という環境は変わらないわけですから、大型船が出入りする国際貿易港としては不適なのではないかということです。聞けば、仁川港は十分な対策が施されていました。アジア最大の閘門です。ドック式水門、ポート・ロック・ゲートとも呼ばれる巨大な水門で、港全体の水位を保っているわけです。

閘門など聞いたこともなかったので驚きました。実は、日本にも一つだけ閘門がありました。干満差5mという有明海に面した大牟田の三池港です。石炭の積み出しのために、1901年、5年の歳月をかけて建設されています。仁川港閘門は。日本統治下にあった1918年に完成しています。三池港の経験が活かされたということなのでしょう。漢江の奇跡と言われた経済成長が始まると、仁川は国際貿易港としての役割が求められます。1974年、5万トン級の船舶が通過できるアジア最大の大型閘門が完成します。仁川港はもともと中国貿易の拠点でしたが、国際貿易港としても、釜山港に次ぐ韓国第2位の港になりました。韓国にとって、35年間に渡った日本統治が屈辱だったことは理解できます。ただ、日本が残した港湾、鉄道といったインフラ、あるいは教育や行政制度等が、その後の韓国の発展に寄与したことも事実ではあります。(写真出典:tradlinx.com)

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