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| 映画「敵」 |
死んだ先輩からLINEが来たことがあります。ビックリしました。気味が悪いとも思いました。ただ、解約された電話番号が使い回されたのだろうと思い、無視しました。先日、再び、その先輩からLINEが来ました。無視していると、”友達登録されているようですが、会ったことがあるのでしょうか?”とメッセージが来ました。不安に思っているなら申し訳ないと思い”死んだ先輩の番号です”と返信しました。すると、”そうでしたか。私は日本人とマレーシア人のハーフで神戸に住む25歳の独身女性です。何かの縁ですから、少しやりとりをしませんか?”と返ってきました。なるほど、これがロマンス詐欺かと思い、先輩の番号も含め、全て削除しました。若い人ならいざ知らず、知らない人とLINEでやりとりするなど、老人の常識からすれば、あり得ません。
ロマンス詐欺はSNSを利用した新しい手口ですが、犯罪としては昔から絶えることなく続いてきました。美人局やハニー・トラップはじめ様々な手口があるのでしょうが、基本的には恋心を食い物にする犯罪です。食欲・睡眠欲・性欲は、人間の三大欲求とされます。そういう意味では、犯罪のネタに事欠くことはありません。とりわけ老人の場合は、抑制力や認知力の衰えも重なり、だましやすいということになるのでしょう。犯罪がらみではありませんが、かつて、歌人・川田順の”老いらくの恋”という言葉が広く知られていました。川田は65歳のおり、27歳年下の門下生と不倫関係になり、「墓場に近く老いらくの恋は怖るる何ものもなし」と詠みます。恐れるものなしという心境は理解できぬでもありませんが、ややこしいことになるだろうとも思います。
能楽「綾鼓」は、御殿の女御に恋した庭師の老人がいたぶられる話です。作者は不明ですが、世阿弥以前に成立した曲とされます。老人の恋心を知った女御は、綾を張った鼓を木にかけ、その音が聞こえたら会いましょうと言います。布の鼓が鳴ることなどありません。必死に打っても鳴らないことに絶望した老人は、御殿の池に身を投げます。怨霊となった老人は池から現れ、女御を責めたてます。女御だけでなく、老人に対しても因果応報、自業自得を説いているように思います。冷静さを保っていれば、綾鼓が鳴らないことなど分かりそうなものです。鳴らないことは分かっていても、打ち続けるのは、老人にありがちな思い込みとも、執着心という深い業のようにも思えます。今でも綾鼓を打ち続ける老人が多いことには驚きますが、自業自得と言わざるを得ません。
歌人・川田順は興味深い人です。東京帝大卒業後、住友本社に入社して、経理畑を歩んだ後に常務理事にまでなっています。一方、歌人としても、天皇の指南役や歌会始の司会も務めるなど、頂点を極めた人だと言えます。老いらくの恋以前にも、川田は不倫騒動を起こしています。門下生との老いらくの恋でも、自殺未遂をするなど大騒ぎしていますが、結果的に二人は結婚しています。希代の歌人は、人並み優れた感受性を有する人でもあったのでしょう。老人の恋心を否定するものではありません。活き活きとした老後を送るうえでは有効だとも思います。しかし、それはあくまでも精神的なものであり、ブレーキとアクセルの踏み間違いをする前に、免許は返納すべきなのでしょう。(写真出典:eiga.com)
