2023年6月14日水曜日

未来時制

大昔、初めてパキスタン航空(Pakistan International Airlines)に乗った時のことですが、フライト・スケジュールを告げる機長のアナウンスの最後が「インシャ・アッラー」で終わったので、驚きました。インシャ・アッラーは、直訳すれば、アッラーの思し召すままに、ということになります。イスラム教徒と何か約束すると、必ず最後にインシャ・アッラーを添えるという話を聞いていました。日本人の感覚からすれば、約束を守る気があるのかどうか不安になります。ましてや、機長のインシャ・アッラーは、とても無責任に聞こえ、心配になってしまいます。実際のところは、PIAは元空軍の熟達のパイロットを揃えていることで有名な航空会社であり、安全でスムーズなフライトは間違いないのですが。

インシャ・アッラーは、アッラーを称えるために添える言葉であり、さほど意味はないのだろうと思っていました。ところが、なかなかに深い意味を持つ言葉でした。クルアーン(コーラン)のなかで、将来に関することについては、すべてインシャ・アッラーという言葉を添えることが求められています。つまり、イスラム教では、人間の意志よりもアッラーの意志が優先されるので、将来のことに関して、人間が決めるのは不遜だということになります。イスラム社会を規定するイスラム法”シャリーア”は、ムハンマドがアッラーから託された言葉を記すクルアーンとムハンマドの言行録を記したハディースで構成されます。当然、アッラーの言葉であるクルアーンが最も重要なわけです。クルアーンに記載されていることは絶対です。

欧米の列車に乗ると、日本と異なり、車内アナウンスがほとんどないことに驚かされます。NY時代は、通勤にメトロ・ノース鉄道を使っていましたが、メトロ・ノースは、珍しく次の駅を伝えるアナウンスが流れます。当初、そのアナウンスに、とても違和感を覚えました。”The next stop will be Scarsdale”とアナウンスされます。もちろん、意味は通じますが、”will”という助動詞の使い方に驚いたわけです。日本の電車なら”次の停車駅はスカースデール”と言うところです。それを英訳すれば”The next stop is Scarsdale”となります。これはこれで間違いでありません。客観的、確定的な事実を言う場合、例えば、路線図を見ながら言うとすれば正解です。ただ、走行中の電車内では、また状況が異なるわけです。

つまり、次の駅がスカースデールであることは事実ですが、次にスカースデールに停まることは事実ではなく、あくまでも予定です。運転手の意志が関わるので、willが使われるわけです。その違いを日本語に反映させるなら”次はスカースデールに停まるつもりです”となるのでしょう。日本の乗客としては、ふざけるな、必ず停まれよ、と言いたくなります。日本語は、過去形と非過去形しかないと言われます。”停まった”は過去形、”停まる”は非過去形となり、習慣や意志、あるいは未来時制も含まれます。日本語は、動詞の語尾変化や細分化された助動詞を使わず、他の言葉との組み合わせ、あるいは文脈から未来時制を伝えるわけです。外国人が、日本語は難しいとか曖昧だと感じるポイントの一つなのでしょう。

厳格な未来時制は、一神教と関係があるかもしれないとも思いました。ただ、ラテン語にも動詞の語尾変化による未来形があるので、どうも無関係だと思われます。英語は、ブリテン島で、多民族が使うことによって簡素化が進んだと聞きます。簡素化とは、ある意味、数式にも例えられる整然たる体系へと収斂されることでもあります。多民族間でのコミュニケーションでは、簡素であると同時に正確性も一層重要になります。細分化された未来形の助動詞が必要だったわけです。対して、日本語に、未来形がない、あるいは必要なかった理由については、どうもスッキリ納得できる理由が見当たりません。恐らく、同じ見方、感じ方、考え方をする民族の中でのコミュニケーションにおいては、厳密さよりも利便性が優先され、正確性よりも融和性が重視され、結果、他民族から見れば、曖昧さを持った言語が生まれるということなのでしょう。(写真出典:amazon.co.jp)

2023年6月12日月曜日

「AIR/エア」

監督:ベン・アフレック   原題:Air   2023年アメリカ 

☆☆☆+

"It's just God disguised as Michael Jordan(彼はマイケル・ジョーダンの姿をした神だ)”という有名な言葉は、自身も殿堂入りバスケット・ボール・プレイヤーであるラリー・バードによるものです。これ以上、マイケル・ジョーダン(MJ)を的確に表現した言葉はないと思います。”バスケの神様”ではなく、”神”だと言い切っている点が見事です。無論、MJは史上最高のバスケット・ボール・プレイヤーであり、史上最高のアスリートですが、それ以上に、社会的にも文化的にも、20世紀アメリカが生んだ偉大なスターです。エルヴィス・プレスリーと比較されることもありますが、プレスリー以上の存在だと思います。MJが絡めば、それは一級品になるか、少なくとも人々の耳目を集めることになります。

Airは、ナイキ社が、エア・ジョーダンを発売するまでの実話に基づくサクセス・ストーリーです。Amazonがネット配信を前提に制作しましたが、劇場公開も行われました。MJものであること、アメリカ人がサクセス・ストーリー好きであることを考えれば、当然のごとくヒットしました。観客だけでなく、批評家からも高い評価を得ています。まずは脚本が良く出来ています。エア・ジョーダンは、単なるヒット商品というだけでなく、様々、革新的な要素を持っていますが、そこがうまく捉えられています。さらに、MJ本人が、脚本に種々のアドヴァイスや示唆を行い、ブラッシュ・アップしています。監督だけでなく、フィル・ナイト役で出演もしているベン・アフレックのそつのない、テンポの良い演出も見事です。

ベン・アフレックは、「グッド・ウィル・ハンティング」(1997)でアカデミー脚本賞、監督した「アルゴ」ではアカデミー作品賞も獲得した才人です。アメリカ人の琴線をよく心得た人だと思います。主演は、ベン・アフレックの盟友マット・デイモンです。二人は「グッド・ウィル・ハンティング」の脚本を共同執筆し、今回も共同プロデューサーになっています。脚本、演出も上出来ですが、全編に流れる80年代のヒット曲の数々も重要な要素を担っています。MJの大活躍、エア・ジョーダンの衝撃を同時代的に目の当たりにした我々の世代にとって、当時のヒット曲も、車も、オフィスも、服装も、すべてたまらないものがあります。映画の隠れた主役は、MJ、そして80年代のアメリカそのものかもしれません。

神戸のオニヅカタイガーの総代理店から始まったナイキ社は、ランニング・シューズでは成功していたものの、バスケット・シューズでは、コンバース、アディダスのはるか後塵を拝していました。起死回生をかけたナイキが、全予算をつぎ込んで契約したのが、当時、契約選手候補の第3位に過ぎなかったMJです。その将来性を確信し、MJを押しまくったソニー・ヴァッカロは、高校バスケ界の立役者であり、ナイキの広報担当に就任していました。エア・ジョーダンの革新性は、そのスペックや色使いだけではありません。選手名を商品名とするシグニチャー・シューズの先駆けとなり、同時に契約に歩合制を持ち込みました。MJは、単なる広告塔から、商品そのものになったと言えます。このコンセプトに心を動かされたMJの母親は、アディダス好きのMJを説得して、ナイキと契約させています。

MJあってのエア・ジョーダンであることは間違いないのですが、エア・ジョーダンの成功は、MJの驚異的活躍にのみ依存していたわけではないように思います。MJが、革新的バスケットボール・プレイヤーだったように、エア・ジョーダンもビジネスに革新をもたらし、両者の相互作用が、両者をアメリカ文化の頂点に押し上げたのではないかと思います。MJの活躍は、彼自身の天才によるものです。一方、エア・ジョーダンの成功は、ソニー・ヴァッカロの情熱、技術者たちのプライド、フィル・ナイトの決断、彼が作り上げたナイキの社風、あるいはスパイク・リーが撮ったTVCM等も含め、多くの人々の思いが一つになってアメリカン・ドリームを実現したのだと思います。MJとエア・ジョーダンは、それぞれのやり方を貫き、かつ協調しあいながら夢を実現した奇跡のチームだったと言えます。(写真出典:eiga.com)

2023年6月10日土曜日

「KIMI/サイバー・トラップ」

監督:スティーブン・ソダーバーグ   原題:Kimi  2022年アメリカ

☆☆☆

大人気のゾーイ・クラヴィッツを主演に迎え、名手スティーブン・ソダーバーグが撮ったHBOのサスペンス映画です。ゾーイは、マルチプレイヤー・ミュージシャンとして知られるレニー・クラヴィッツの娘です。コロナ禍、モダン・テクノロジー、広場恐怖症といった現代的な要素を取り込んでいるものの、伝統的なヒッチコック・タッチの映画です。食後に見るのに適した映画であり、私は“デザート・ムービー”と呼んでいます。魅力的な俳優、軽めなプロット、おしゃれな設定、コメディ要素等をそつなくまとめ上げた映画のことです。だからといってバカにはできません。デザート・ムービーは、洗練されていて、かつテンポ良く仕上げて、はじめて上質のデザートになります。高い職人技が求められるわけです。

スティーブン・ソダーバーグが「セックスと嘘とビデオテープ」で、カンヌのパルム・ドールを獲得したのが、わずか26歳の時でした。「トラフィック」(2000)では、アカデミー監督賞を受賞しています。他に「エリン・ブロコビッチ」や「オーシャンズ11」等が代表作と言えるのでしょう。ソダーバーグは、スピーディで、スタイリッシュな映画が身上の才人です。その多彩な表現方法は、革新的で実験的であり、しばしば制作会社ともめてきました。ただ、アートハウス系の作品を指向すると、つまらない作品になる傾向があります。表現手法が先行してしまうわけです。ソダーバーグの魅力がマックスとなるのは、犯罪映画、特にケイパー・フィルムと呼ばれる複数の主人公たちがグループとして犯罪に挑む映画です。

そんなソダーバーグにとって、ヒッチコック・タッチのデザート・ムービーなど、お茶の子さいさいといったところなのでしょう。本作では、主人公の部屋の通りを隔てたアパートに住む男性たちが窓越しに描かれ、プロットに関わってきます。このあたりは、ヒッチコックの傑作「裏窓」を思わせ、観客をくすぐります。ヒッチコック・タッチと言えば、悪人が明確であること、観客は知っているが主人公は知らないというシチュエーション、ヒッチコックが広めたという”マクガフィン(登場人物たちが追う宝石や書類等)”の活用などが挙げられるのでしょう。ただ、最もヒッチコックらしいと思えるのは、緊張と緩和の巧みな切り替えだと思います。緩和パートは、上質なユーモアで構成されることが多いと思います。

ソダーバーグは、このツボをよく心得ています。また、ゾーイ・クラヴィッツも、そこをしっかり押さえた演技をしています。監督と主演のセンスの良さが、この映画をおしゃれな佳作に仕立てているように思います。ちなみに、この映画におけるマクガフィンは、犯罪の証拠となるフラッシュ・メモリーです。プロット上重要な小道具をマクガフィンと呼ぶ理由は判然としません。ただ、ヒッチコックが語る由来は有名です。ヒッチコックが電車で聞いたと言う小話です。一人が「棚の荷物は何?」と聞くと、一人が「あれはマクガフィンさ」と答えた。「マクガフィンとは何?」と聞くと、「スコットランドで使われるライオンの罠さ」と答えた。「でもスコットランドにライオンはいないぞ」と言うと、「じゃあ、あの荷物はマクガフィンではないな」と答えた。

実にイギリス的なジョークです。ただ、それにだまされてはいけないと思います。 ”McGuffin”とは、典型的なアイルランド系の苗字であり、Mcは息子を意味します。イングランドには、アイルランドの支配にこだわり続けてきた歴史があります。この言葉が生まれる直前の1919~21年には、アイルランド独立戦争が戦われています。イングランドの政治姿勢を揶揄して、命名されたのがマクガフィンなのだろうと思います。そのことを十分に理解しているからこそ、ヒッチコックは由来をジョークで語ったのだと思います。なお、ヒッチコックが、このジョークを語った頃には、北アイルランド問題がくすぶっていました。そこへの配慮もあったのでしょう。(写真出典:eiga.com)

2023年6月8日木曜日

神功皇后

昨今、神功(じんぐう)皇后を語れる人は少ないと思います。明治期は、武勲の誉れ高きスーパースターとして誰もが知る存在でした。ただ、軍国主義の時代になると、徐々に影が薄くなったようです。軍部が生きた軍神を重視しためとも言われます。いずれにしても、戦後は、一部地域を除き、ほとんど馴染みのない人物になりました。全国に4万4千社以上存在する八幡宮は、武士が厚く信仰したことで知られますが、その主祭神は、八幡大神、比売大神、神功皇后です。八幡大神は応神天皇であり、神功皇后はその母親です。全国で八幡様に手を合わせる人の数は相当なものでしょうが、神功皇后を拝んでいると認識している人は少ないと思います。八幡宮以外にも、神功皇后を祀る神社は、西日本を中心に存在し、皇后の三韓征伐にちなんだ祭も残っています。

三韓征伐は、神功皇后の戦いのなかで最も有名なものです。神功皇后は、夫である仲哀天皇とともに熊襲征伐に向かいますが、夫が急死します。皇后は、そのまま戦いを続けて熊襲を征伐し、ヤマト王権の全国制覇を成し遂げたとされます。その後、神託を受けた皇后は、自ら男装し、兵を率いて朝鮮半島へと侵攻します。その時、皇后は、後の応神天皇を懐妊しており、出産を遅らせる手立てを講じて、海を渡ります。皇后に恐れを成した新羅は、戦わずして朝貢を誓い、これを見た百済・高句麗も朝貢を約したとされます。中国・韓国の各種文献、高句麗の広開土王碑に加え、百済王から贈られた七枝剣等によっても、3~4世紀頃、倭国が、新羅・百済・伽耶・任那等、半島南部に攻め入ったことは歴史的事実のようです。

しかし、中国・韓国の文献には、神功皇后に相当する名は一切登場しません。また、皇后は、応神天皇の摂政を70年間務め、100歳で崩御したとされます。やはり、実在性については疑問と言わざるを得ません。そもそも歴代天皇の実在性に関しては諸説あり、実証性の高さからすれば、6世紀に越前ないしは近江から迎えられたという継体天皇以降とする説が有力です。第26代天皇である継体天皇は、応神天皇の5世の子孫とされます。万世一系の危機に際し、継体天皇の正統性を強調するためには、在位60年、渡来人を用いて国を大いに発展させ、130歳で崩御したという応神天皇の伝説が必要だったのでしょう。応神天皇の実在性も疑問ですが、宋書に言う倭の五王の時代と重なることから、実在天皇は応神天皇以降という説もあります。

部族連合の頂点に立つヤマト王権は、2世紀末頃に誕生し、纒向遺跡を中心に勢力を全国に広げたとされます。天皇という呼称は、7世紀後半の天武天皇から使われています。ヤマト王権時代は大王(おおきみ)と呼ばれていました。連合の長としての大王が実在していたことは間違いないと言えます。天皇の実在性に関する議論は、あくまでも古事記や日本書記に記載される存在を歴史的に証明できるか否かということです。また、大王が存在したとしても、記紀に記載される伝説が事実かどうかは、また別の話です。歴史は、常に勝者の都合によって語られてきました。記紀における神武天皇や応神天皇の神格化は十分に理解できます。ただ、なぜ応神天皇の母親である神功皇后の伝説まで作る必要があったのかは大いに疑問です。

古事記と日本書記が書かれたのは、8世紀前半であり、元明天皇、元正天皇と2代続いた女性天皇の時代でした。2人の天皇は初めての女帝ではなく、その前には、推古、皇極、斉明(皇極の重祚)、持統と4代3人の女帝がいました。女性天皇は、それぞれ皇位を巡る複雑な政治状況のなかで、妥協策として、あるいは緊急避難的な中継ぎとして即位する傾向があります。それだけに、女性天皇に配慮して、女性の能力の高さを示す神功皇后の伝説が創造されたのかも知れません。ただ、その必要性があったのかどうかは、多少疑問です。また、8世紀前半における新羅との緊張関係に配慮して、三韓征伐は天皇ではなく、皇后が神託に基づいて行ったというストーリーが必要だったのかも知れません。ただ、それも、そこまでの配慮が必要だったとも思えません。やはり、神功皇后伝説創設の意図は、よく分かりません。(写真:佐々木尚文「神功皇后」出典:kyoto-kyuteibunka.or.jp)

2023年6月5日月曜日

鯛めし

鯛を丸ごと米と一緒に炊き込む鯛めしは、各地に見られる料理です。炊き込みご飯の一種というわけです。農水省の「うちの郷土料理」では、愛媛、徳島、広島の郷土料理として登録されています。愛媛県では、炊き込みスタイルの鯛めしは、東予の鯛めしと呼ばれます。対して、南予の鯛めしと呼ばれる料理も存在します。鯛の刺身を、醤油ベースのタレに生卵・海苔・胡麻・ねぎといった薬味を加えたものに和えて、ご飯にかけて食べます。その歴史は、以外と浅く、1970年代に宇和島で生まれたと言われます。ただ、当地には、古くから刺身を使った漁師めしとして”ひゅうが飯”が存在し、その鯛バージョンが南予の鯛めしとも言えます。なお、ひゅうが飯は日向から伝わったとされます。

宇和島には、ひゅうがの他に”さつま”という料理もあります。焼いた魚の身をほぐし、味噌と薬味をいれただし汁にいれ、ご飯にかけて食べます。宮崎名物の冷や汁とほぼ同じです。”さつま”の方が、より”ひゅうが”ではないかとも思えます。南予の対岸の大分にも、同じ”ひゅうが”があります。面白いことに、大分には、他に”りゅうきゅう”という郷土料理も存在します。ひゅうがの方が、すりごまを使い甘めのタレになっている程度の違いしかありません。同じ料理も、所によって名前が異なるのは当然です。大分では、これらに出汁をかけて茶漬けとしても食べます。これを鯛の刺身で食べれば、いわゆる”鯛茶漬け”になるわけです。鯛茶も、全国各地に存在しますが、長崎県が発祥という説もあるようです。

鯛茶と言えば、名古屋の「鯛めし楼」を思い出します。伊勢湾で獲れたばかりの新鮮な天然鯛を分厚く切り、出汁の効いたタレをまぶして、茶漬けにします。シンプルながら、これが、実にうまいわけです。ランチ・メニューですが、なかなかお高いので、滅多には食べられませんでした。福岡へ行った際には「割烹よし田」の鯛茶も素通りできません。また、炊き込み系の東予の鯛めしは美味しいのですが、私はファンという程ではありませんでした。ところが、今治の海辺の魚料理店で食べた鯛めしの美味しさには驚きました。炊きたてということもあるのでしょうが、要は、鯛めしも、鯛茶も、新鮮な鯛を使うか否かで、大いに味が異なるということなのでしょう。欲を言えば、天然ものに越したことはありませんが。

鯛めし、鯛茶の、もう一つ大事なポイントは、鯛の出汁だと思います。炊き込み系鯛めしは、もちろんいい出汁がでます。南予の鯛めしのタレにも、鯛の出汁が使われます。鯛茶は、お茶を掛けるのではなく、鯛からとった出汁をかけます。昔、祝宴土産の折り箱には、鯛の塩焼きが入っていたものです。我が家では、それを昆布と一緒に煮て、鯛のすまし汁にしていました。また、スーパー等で安く売っている鯛のアラで作る潮汁は絶品です。”腐っても鯛”という言葉があるくらいで、やはり鯛は魚の王様なのでしょう。そのうま味は抜群であり、また余すところなく食べられます。刺身、塩焼きも美味しいのですが、身の美味しさ、加えて出汁の美味しさまで味わえる鯛めし、鯛茶は、鯛の楽しみ方の王道かも知れません。

鯛の名産地は多くあるわけですが、マダイの漁獲量では、長崎県、福岡県、愛媛県が常に上位3県となっています。愛媛県は、鯛の養殖でも知られ、全国の漁獲高の半分以上を占めています。鯛は、愛媛県の県の魚にもなっています。実は、もう一つ鯛を県の魚にしている県があります。千葉県です。かなり意外な感じがします。恐らく鴨川に鯛の浦が存在するからなのでしょう。本来、深い海に生息するマダイが、鯛ノ浦では浅い海に群生しています。国の天然記念物にも指定されています。浅い海に群生する理由は、解明されていません。1222年、安房小湊に日蓮が誕生すると、鯛の群れが海面に上がってきて飛び跳ねたと言われます。以来、この地は鯛の浦と呼ばれ、鯛は日蓮の化身として一切の漁が禁止されてきました。(写真出典:kurashiru.com)

2023年6月3日土曜日

裏の帝王

甘粕正彦
旧満州国の青写真を描いたのは、帝国陸軍きっての天才とも、異端児とも言われる石原莞爾ということになります。その著作「世界最終戦論」(1940)は、東洋の盟主としての日本と西洋の代表たるアメリカの最終決戦を予言しています。満州国建国も東亜結束のため、つまり対米戦の備えの一環でした。ただ、石原が満州国に抱いた夢は、東洋のアメリカを作ることであり、満州国のキャッチフレーズ「王道楽土」・「五族協和」は、石原が真に理想としたところでした。しかし、石原が去った満州は、野望と陰謀渦巻く植民地へと変貌していきます。そこで実権を握ったのは”弐キ参スケ”と呼ばれる関東軍参謀・東条英機、国務院総務長官・星野直樹、満業社長・鮎川義介(日産総帥)、総務庁次長・岸信介、満鉄総裁・松岡洋右でした。

商工省のエリート官僚だった岸信介は、満州に渡ると「産業開発5ヶ年計画」を展開し、徹底的な計画経済体制を築きます。後に「昭和の妖怪」と呼ばれた岸信介ですが、満州時代は、その影響力の大きさから「表の帝王」とも呼ばれたようです。表があれば、裏もあるわけで、裏の帝王と呼ばれる人物も存在しました。甘粕正彦です。1923年9月に発生した関東大震災の直後、東京憲兵隊麹町分隊長だった甘粕大尉は、下位者とともに、アナキストの大杉栄、伊藤野枝、大杉の6歳の甥の3人を拉致・殺害し、死体を古井戸に遺棄します。いわゆる甘粕事件です。犯行は、自供に基づき甘粕大尉の単独犯行とされ、禁固十年の判決を受けます。しかし、不可思議な点も多く、上層部による指示が疑われています。

収監から3年後、甘粕は恩赦で出獄、翌年には、妻とともにフランスへ留学します。留学資金は、すべて陸軍から出されています。日本へ帰国すると、満州へと渡り、国家主義者の大川周明が主宰する東亜経済調査局に所属します。この組織は、南満州鉄道、いわゆる満鉄の調査機関としてスタートし、一旦独立しますが、後に、日本最高のシンクタンクとも言われる満鉄調査部に統合されています。満州での甘粕は、関東軍参謀の板垣大佐、石原中佐と接触し、奉天特務機関長・土肥原大佐の下に軍外の特務実行部隊として甘粕機関を作ります。満州事変のきっかけとなった柳条湖事件が起こると、甘粕機関は、ハルピン出兵の口実作りのテロ、あるいは関東軍の暴走を警戒する日本政府が厳重に警戒するなか、愛新覚羅溥儀を天津から脱出させる任務等をこなします。

存在感を増す甘粕は、それを疎ましく思う関東軍参謀部との間に溝ができ、むしろ日本政府・岸信介ラインと接近します。岸信介の満州国運営は、能吏としての力量だけでなく、金も使う政治家的手法だったようです。その資金を提供していたのが甘粕だとされます。甘粕は、満州におけるアヘン売買を一手に握り、ロンダリングした利益を岸信介に上納していたようです。1939年、甘粕正彦は、満州映画協会、いわゆる満映の理事長に就任します。岸信介が、甘粕の功に報いた人事と言われます。理事長としての甘粕は、すこぶる評判が良かったようです。終戦を迎えると、甘粕は青酸カリを飲んで自殺しています。一方、岸信介は、A級戦犯として収監されるも不起訴となり、サンフランシスコ講和条約締結で公職追放も解除され、政治の世界へと入っていきます。

同じく帝王と呼ばれながらも、象徴的な違いが出ることになったわけです。甘粕正彦の半生は、統帥権干犯を盾にとって暴走する帝国陸軍を象徴しているかのようです。大杉栄殺害の罪を一身に背負うことで主君を守り、その後も城外で主君のために汚れ仕事をこなし、また主君もそれに応えて処遇するという構図は、まさに封建社会そのものです。滅私奉公を旨とする武家文化そのものです。武力による支配を本質とする武家政権の時代は、平安末期における平家の台頭に始まり、太平洋戦争敗戦の時まで続いたわけです。さらに言えば、戦後、高度成長期の企業風土にも、その文化は受け継がれました。ちなみに、甘粕家は、川中島の戦いで武勲をあげた上杉家家臣の家系です。(写真出典:ja.wikipedia.org)

2023年6月1日木曜日

ハウス・オブ・ザ・ドラゴン

 「ハウス・オブ・ザ・ドラゴン」は、HBOの大ヒット歴史ファンタジー「ゲーム・オブ・スローンズ」のスピン・オフです。ジョージ・R・R・マーティンの「炎と血」を原作にHBOが制作し、2022年8月からシーズン1が公開されました。時代設定はゲーム・オブ・スローンズの約200年前、ウェスタロスの七王国を支配するターガリエン家の衰退の始まりを描きます。ウェスタロスは、中世のブリテン島南部・中央部をベースに設定された架空の地です。七王国を統一したのは征服王エイゴン・ターガリエンとされますが、史実としては9世紀にアングロサクソン七王国を統一したウェセックスのエグバート王に相当するのでしょう。ターガリエン家の居城があるキングス・ランディングは、おおむねロンドンだと思っていいと思います。

ジョージ・R・R・マーティンのファンタジー「氷と炎の歌」シリーズを原作とするゲーム・オブ・スローンズは、2011年から2019年まで、8シーズン73話が放送されました。驚異的な人気を誇り、データを見たわけではありませんが、恐らく世界で最も多くの人が見たTVシリーズだと思われます。私は、各シーズンを4~5日で一気見していたので、次のシーズンまでの1年間は耐えがたいほど長く感じたものです。膨大な予算をかけて作り込まれた映像は見事であり、多数の登場人物が織りなす複雑なドラマにハマりました。放送当時は、アメリカ人の友人とよくゲーム・オブ・スローンズの話をしました。ただ、最終話におけるデナーリス・ターガリエンやサーセイ・ラニスターの扱い方だけは気にくわず、アメリカの友人も全く同じ意見でした。

ハウス・オブ・ザ・ドラゴンは、タイトル・バックにゲーム・オブ・スローンズの音楽をそのまま使っています。もうこの時点で、ファンはメロメロです。さらに、なじみ深い家名、地名、城の名前等々が出てきます。まるで故郷の実家に帰ったかのような懐かしさを覚えます。時を超えてゲーム・オブ・スローンズにつながる重要なモティーフも埋め込まれています。見事に、ゲーム・オブ・スローンズ・ファンの心理をくすぐっているわけです。また、ドラゴンとヴァリリア語が多く登場する点もグッときます。ターガリエン家は、かつて栄えた対岸のヴァリリア出身ですが、ヴァリリアの崩壊とともに、ドラゴンを率いてウェスタロスに渡ってきました。ヴァリリア語は、言語学者が、このドラマのために新たに創作した言語です。

ドラマとしてのハウス・オブ・ザ・ドラゴンは、ターガリエン家の王位継承を巡る話なので、ゲーム・オブ・スローンズのスケールの大きさには及びもつきません。言わばドラゴンの出るホーム・ドラマといった感じです。ドラマの性格上かも知れませんが、ややテンポも悪いように思います。ただ、映像、モティーフ、俳優陣は、見事にゲーム・オブ・スローンズの世界を継承できていると思います。視聴率は、多くの記録を破るものとなったようです。それは、世界中のゲーム・オブ・スローンズ・ファンが、やや物足りなさを感じながらも、もう一度、あの雰囲気を味わいたいと思ったからだと思います。とは言え、作品としての評価も高く、ゴールデン・グローブも獲得しています。

それにしても、なぜゲーム・オブ・スローンズが記録的ヒットを達成できたのか、ということも気になります。例えば、ファンタジー系の大ヒット映画「ロード・オブ・ザ・リングス」は、ジョーゼフ・キャンベルの「千の顔を持つ英雄」を下敷きにしたような神話的英雄物語であり、万人向けです。対して、ゲーム・オブ・スローンズは、人間の泥臭い歴史を踏まえたダークなファンタジーになっています。ケーブルTVならではの、残忍なシーンや性的描写も含めて、大人向けのファンタジーと言えます。大人向けダーク・ファンタジーは、ファンタジーのアンチ・テーゼとして小説の世界にはあったものの、マイナーな存在に過ぎませんでした。それを膨大な予算をつぎ込んで映像化したのは、ゲーム・オブ・スローンズが初めてだったと思われます。つまり、ゲーム・オブ・スローンズは、新しいジャンルを切り開いたと言っていいのでしょう。(写真出典:natalie.mu)

家作