2023年6月1日木曜日

ハウス・オブ・ザ・ドラゴン

 「ハウス・オブ・ザ・ドラゴン」は、HBOの大ヒット歴史ファンタジー「ゲーム・オブ・スローンズ」のスピン・オフです。ジョージ・R・R・マーティンの「炎と血」を原作にHBOが制作し、2022年8月からシーズン1が公開されました。時代設定はゲーム・オブ・スローンズの約200年前、ウェスタロスの七王国を支配するターガリエン家の衰退の始まりを描きます。ウェスタロスは、中世のブリテン島南部・中央部をベースに設定された架空の地です。七王国を統一したのは征服王エイゴン・ターガリエンとされますが、史実としては9世紀にアングロサクソン七王国を統一したウェセックスのエグバート王に相当するのでしょう。ターガリエン家の居城があるキングス・ランディングは、おおむねロンドンだと思っていいと思います。

ジョージ・R・R・マーティンのファンタジー「氷と炎の歌」シリーズを原作とするゲーム・オブ・スローンズは、2011年から2019年まで、8シーズン73話が放送されました。驚異的な人気を誇り、データを見たわけではありませんが、恐らく世界で最も多くの人が見たTVシリーズだと思われます。私は、各シーズンを4~5日で一気見していたので、次のシーズンまでの1年間は耐えがたいほど長く感じたものです。膨大な予算をかけて作り込まれた映像は見事であり、多数の登場人物が織りなす複雑なドラマにハマりました。放送当時は、アメリカ人の友人とよくゲーム・オブ・スローンズの話をしました。ただ、最終話におけるデナーリス・ターガリエンやサーセイ・ラニスターの扱い方だけは気にくわず、アメリカの友人も全く同じ意見でした。

ハウス・オブ・ザ・ドラゴンは、タイトル・バックにゲーム・オブ・スローンズの音楽をそのまま使っています。もうこの時点で、ファンはメロメロです。さらに、なじみ深い家名、地名、城の名前等々が出てきます。まるで故郷の実家に帰ったかのような懐かしさを覚えます。時を超えてゲーム・オブ・スローンズにつながる重要なモティーフも埋め込まれています。見事に、ゲーム・オブ・スローンズ・ファンの心理をくすぐっているわけです。また、ドラゴンとヴァリリア語が多く登場する点もグッときます。ターガリエン家は、かつて栄えた対岸のヴァリリア出身ですが、ヴァリリアの崩壊とともに、ドラゴンを率いてウェスタロスに渡ってきました。ヴァリリア語は、言語学者が、このドラマのために新たに創作した言語です。

ドラマとしてのハウス・オブ・ザ・ドラゴンは、ターガリエン家の王位継承を巡る話なので、ゲーム・オブ・スローンズのスケールの大きさには及びもつきません。言わばドラゴンの出るホーム・ドラマといった感じです。ドラマの性格上かも知れませんが、ややテンポも悪いように思います。ただ、映像、モティーフ、俳優陣は、見事にゲーム・オブ・スローンズの世界を継承できていると思います。視聴率は、多くの記録を破るものとなったようです。それは、世界中のゲーム・オブ・スローンズ・ファンが、やや物足りなさを感じながらも、もう一度、あの雰囲気を味わいたいと思ったからだと思います。とは言え、作品としての評価も高く、ゴールデン・グローブも獲得しています。

それにしても、なぜゲーム・オブ・スローンズが記録的ヒットを達成できたのか、ということも気になります。例えば、ファンタジー系の大ヒット映画「ロード・オブ・ザ・リングス」は、ジョーゼフ・キャンベルの「千の顔を持つ英雄」を下敷きにしたような神話的英雄物語であり、万人向けです。対して、ゲーム・オブ・スローンズは、人間の泥臭い歴史を踏まえたダークなファンタジーになっています。ケーブルTVならではの、残忍なシーンや性的描写も含めて、大人向けのファンタジーと言えます。大人向けダーク・ファンタジーは、ファンタジーのアンチ・テーゼとして小説の世界にはあったものの、マイナーな存在に過ぎませんでした。それを膨大な予算をつぎ込んで映像化したのは、ゲーム・オブ・スローンズが初めてだったと思われます。つまり、ゲーム・オブ・スローンズは、新しいジャンルを切り開いたと言っていいのでしょう。(写真出典:natalie.mu)

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