監督:ベン・アフレック 原題:Air 2023年アメリカ
☆☆☆+
"It's just God disguised as Michael Jordan(彼はマイケル・ジョーダンの姿をした神だ)”という有名な言葉は、自身も殿堂入りバスケット・ボール・プレイヤーであるラリー・バードによるものです。これ以上、マイケル・ジョーダン(MJ)を的確に表現した言葉はないと思います。”バスケの神様”ではなく、”神”だと言い切っている点が見事です。無論、MJは史上最高のバスケット・ボール・プレイヤーであり、史上最高のアスリートですが、それ以上に、社会的にも文化的にも、20世紀アメリカが生んだ偉大なスターです。エルヴィス・プレスリーと比較されることもありますが、プレスリー以上の存在だと思います。MJが絡めば、それは一級品になるか、少なくとも人々の耳目を集めることになります。Airは、ナイキ社が、エア・ジョーダンを発売するまでの実話に基づくサクセス・ストーリーです。Amazonがネット配信を前提に制作しましたが、劇場公開も行われました。MJものであること、アメリカ人がサクセス・ストーリー好きであることを考えれば、当然のごとくヒットしました。観客だけでなく、批評家からも高い評価を得ています。まずは脚本が良く出来ています。エア・ジョーダンは、単なるヒット商品というだけでなく、様々、革新的な要素を持っていますが、そこがうまく捉えられています。さらに、MJ本人が、脚本に種々のアドヴァイスや示唆を行い、ブラッシュ・アップしています。監督だけでなく、フィル・ナイト役で出演もしているベン・アフレックのそつのない、テンポの良い演出も見事です。
ベン・アフレックは、「グッド・ウィル・ハンティング」(1997)でアカデミー脚本賞、監督した「アルゴ」ではアカデミー作品賞も獲得した才人です。アメリカ人の琴線をよく心得た人だと思います。主演は、ベン・アフレックの盟友マット・デイモンです。二人は「グッド・ウィル・ハンティング」の脚本を共同執筆し、今回も共同プロデューサーになっています。脚本、演出も上出来ですが、全編に流れる80年代のヒット曲の数々も重要な要素を担っています。MJの大活躍、エア・ジョーダンの衝撃を同時代的に目の当たりにした我々の世代にとって、当時のヒット曲も、車も、オフィスも、服装も、すべてたまらないものがあります。映画の隠れた主役は、MJ、そして80年代のアメリカそのものかもしれません。
神戸のオニヅカタイガーの総代理店から始まったナイキ社は、ランニング・シューズでは成功していたものの、バスケット・シューズでは、コンバース、アディダスのはるか後塵を拝していました。起死回生をかけたナイキが、全予算をつぎ込んで契約したのが、当時、契約選手候補の第3位に過ぎなかったMJです。その将来性を確信し、MJを押しまくったソニー・ヴァッカロは、高校バスケ界の立役者であり、ナイキの広報担当に就任していました。エア・ジョーダンの革新性は、そのスペックや色使いだけではありません。選手名を商品名とするシグニチャー・シューズの先駆けとなり、同時に契約に歩合制を持ち込みました。MJは、単なる広告塔から、商品そのものになったと言えます。このコンセプトに心を動かされたMJの母親は、アディダス好きのMJを説得して、ナイキと契約させています。
MJあってのエア・ジョーダンであることは間違いないのですが、エア・ジョーダンの成功は、MJの驚異的活躍にのみ依存していたわけではないように思います。MJが、革新的バスケットボール・プレイヤーだったように、エア・ジョーダンもビジネスに革新をもたらし、両者の相互作用が、両者をアメリカ文化の頂点に押し上げたのではないかと思います。MJの活躍は、彼自身の天才によるものです。一方、エア・ジョーダンの成功は、ソニー・ヴァッカロの情熱、技術者たちのプライド、フィル・ナイトの決断、彼が作り上げたナイキの社風、あるいはスパイク・リーが撮ったTVCM等も含め、多くの人々の思いが一つになってアメリカン・ドリームを実現したのだと思います。MJとエア・ジョーダンは、それぞれのやり方を貫き、かつ協調しあいながら夢を実現した奇跡のチームだったと言えます。(写真出典:eiga.com)