2024年10月11日金曜日

「シビル・ウォー アメリカ最後の日」

監督:アレックス・ガーランド  原題:Civil War  2024年アメリカ・イギリス

☆☆☆

A24の製作・配給ですが、製作費5,000万ドルは同社にとって過去最大であり、興行収入も「ヘレディタリー/継承」(2018)を超えて最高額になったようです。アレックス・ガーランドは、小説家から脚本家・監督に転じた人で、2015年のSF映画「エクス・マキナ」(2015)で評価されました。低予算映画ながら、独特なムードを持つ面白い映画でした。アカデミー脚本賞にもノミネートされ、視覚効果賞を受賞しています。「エクス・マキナ」は、閉鎖空間内で、登場するのは人間2人とロボット2体だけという、いわば脚本主体で展開できる映画でした。報道カメラマンの世界、前半はロード・ムービー、後半は戦争映画という本作は、ややガーランドの手に余ったのではないかと思います。

この映画がヒットした最大の要因は、米国の内戦という着想にあるのだと思います。トランプがブーストさせた米国の二極化は、議会襲撃事件を挙げるまでもなく、危ういレベルにまで達していると思われます。それを内戦という究極的な形で提示されれば、米国民の多くは劇場へ足を運ばざるを得ないわけです。本作は、2022年に制作が決定し、即座に撮影に入ったようです。急いだ理由は、恐らく大統領選にぶつけるということなのでしょう。そういう意味では、映画の出来よりも公開のタイミングが重要であり、まんまと成功したと言えます。本作において、二極化や内戦は、テーマではなく、あくまでも背景としての設定です。従って、その原因や要因は、一切、語られず、示唆すらもされていません。決して社会問題に向き合った映画ではないということです。

本作のメイン・プロットは、新人報道カメラマンの成長です。ベテランと新人を配し、特殊ともいえる報道カメラマンの世界を描くという、ある意味、伝統的な手法が採られてます。そのプロットを内戦下のロード・ムービーとして展開するという発想は面白いと思います。ただ、時間的制約ゆえか、演出はこなれていない面が目立ちます。それが妙にA24っぽさを感じさせ、それはそれで楽しめます。映画の性格上、決定的な戦闘シーンは避けがたく、それをホワイトハウス内に絞り込んだのは、撮影上も予算上も良い着想だったと思います。ちなみに、戦闘シーンは、独特なキレがあって、良く出来ていたと思います。最高額となった製作費は、主に戦闘シーンに費やされたのでしょう。

しかし、映画のなかで、最も重要と思われるシーンは、ホワイトハウスにおける戦闘シーンではありません。ジャーナリストたちたちが、殺害した多くの住民を埋めている西軍兵士に遭遇するシーンこそが、この映画の肝なのでしょう。西軍兵士がやっていることは、リーダーの冷酷さや人種差別を含めて、明らかにナチスを想起させるねらいがあると思われます。映画は、反旗を翻した側にも連邦側に対しても中立的であることに気を使っています。ただ、このシーンだけが、製作側のスタンスを鮮明にしてます。西軍のリーダー役のジェシー・プレモンスは、リアルな冷酷さを見事に演じています。プレモンスを起用したあたりにも製作側の思い入れを感じます。しかもプレモンスは、なぜかノンクレジットでの出演です。

急いだせいか、脚本にも、演出にも詰めの甘さを感じる映画ですが、ベテラン報道カメラマンを演じたキルスティン・ダンストの存在が映画を引き締めていると思います。キルスティン・ダンストは、子役時代から切れ目なく活躍するベテラン女優です。画面に出ているだけで存在感を示すことができる希有な役者の一人です。近年で言えば、ジェーン・カンピオンの「パワー・オブ・ザ・ドッグ」(2021)でアカデミー助演女優賞にノミネートされています。キルスティン・ダンストを起用した製作陣の慧眼には脱帽ものです。ちなみに、キルスティン・ダンストは、「パワー・オブ・ザ・ドッグ」でも共演したジェシー・プレモンスとは実生活でも夫婦です。プレンモンスが、本作にノンクレジット出演した背景でもあるのでしょうか。(写真出典:eiga.com)

2024年10月10日木曜日

梁盤秘抄#32 BLACK & WHITE NIGHT

アルバム名:BLACK & WHITE NIGHT(1989)                                                  アーティスト:ロイ・オービソン

1987年、LAのアンバサダー・ホテル内のココナツ・グローブで行われたライブを録音したアルバムです。翌1988年末、ロイ・オービソンは心筋梗塞のため、52歳で急逝します。本アルバムは、死後の1989年にリリースされています。今はなきアンバサダー・ホテルは、かつてLAを代表するホテルでした。1968年、ロバート・ケネディが暗殺された場所でもあります。ココナツ・グローブは、やはりLAを代表するナイトクラブであり、大物たちがライブを行い、アカデミー賞の授賞式も行われていました。ホテルが面するウィルシャー・ブールバードの治安悪化とともに、ホテルも廃れていきました。1987年、私が訪れた時には開店休業状態でした。

ロイ・オービソンと言えば、「オー・プリティ・ウーマン」ということになります。オリジナルは、1964年に全米No.1ヒットになっています。1982年には、ヴァン・ヘイレンがハード・ロック的にアレンジしてヒットさせています。そして、1990年に公開された映画「プリティ・ウーマン」の主題歌として使われると、映画の世界的ヒットとともに爆発的なリバイバル・ヒットになりました。アメリカ放送音楽協会の「20世紀アメリカのテレビやラジオで最もオンエアされた100曲」では26位にランクされています。誰もが聞いたことのある曲と言ってもいいいのでしょう。ちなみに、リチャード・ギアとジュリア・ロバーツが主演した映画は、現代版マイ・フェア・レディですが、その年の全米興行収入No.1になっています。

「オー・プリティ・ウーマン」は、確かに名曲だとは思いますが、ロイ・オービソンの魅力を伝えている曲だとは思いません。あの独特で滑らかな声は、うっすらとした哀愁をモダンに都会的に表現した時、唯一無二の境地を生み出すと思っています。私は「Blue Bayou」(1963)が一番ロイ・オービソンらしいと思っています。故郷のバイユー・カントリーと残してきた恋人を思う歌です。今でも、聞けば、ノスタルジックな色調を帯びた緩やかな哀愁に酔うことができます。1977年には、リンダ・ロンシュタットがカバーして大ヒットさせています。偉大なリンダですから、切々と歌い上げるカントリーの名演に仕上がっているのですが、オリジナルとはムードがまるで違います。Blue Bayouは、やはり、ロイ・オービソンに限ります。

似た曲調の歌に「クライング」(1961)があります。失恋した男の歌です。これもロイ・オービソンらしさがよく出た曲だと思います。これまたドン・マクリーンのカバー・ヴァージョンが大ヒットしています。デヴィッド・リンチの意味不明映画「マルホランド・ドライブ」(2001)でも効果的に使われていました。デヴィッド・リンチは、ロイ・オービソンがお気に入りと見えて、「ブルー・べルベット」(1986)では、ボビー・ヴィントンの同名ヒット曲(1963)とともに、ロイ・オービソンの「イン・ドリームス」(1963)が象徴的に使われており、映画の独特なムードとともに、いつまでも耳に残りました。ロイ・オービソンの歌は、すんなりと入ってきて、妙にいつまでも残るという、とても不思議な魅力があります。

ロイ・オービソンは、1936年、テキサスのヴァーノンで生まれています。子供の頃から、TVやラジオに出演しており、19歳でレコード・デビューしています。1960年代から低迷期に入りますが、1987年にはロックの殿堂入りを果たしています。デビューから32年が経っていました。このアルバムが録音されたココナツ・グローブでのライブは、殿堂入りのお祝いを兼ねていたのでしょう。ライブには、ロイ・オービソンを敬愛する多くのミュージシャンが集まり、バックバンドとして演奏に参加しています。ブルース・スプリングスティーン 、ジェームズ・バートン、エルヴィス・コステロ、トム・ウェイツ、ジャクソン・ブラウン、ボニー・レイット等々、豪華なメンバーになっています。翌年、突然、ロイ・オービソンが亡くなるとは、誰も思っていなかったはずです。(写真出典:amazon.co.jp)

2024年10月9日水曜日

元号

現在、元号を使う国は日本だけです。元号は、漢の武帝の時代に始まり、統一国家の治世の始まりを象徴するとされます。日本では、孝徳天皇の即位とともに定められた大化が元号の始まりです。645年、中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我入鹿を暗殺した乙巳の変が起きます。孝徳天皇が擁立されるとともに大化という元号が定められ、いわゆる大化の改新が始まります。部族連合だった日本を、天皇を中心とする中央集権国家へと変えた改革として知られます。揺れ動く大陸・半島情勢を受けて、日本が急速に国家としての体裁を整えていった時代です。日本という国名、天皇という称号も定められます。白村江の戦いで大敗した後は、唐の襲来に備えて遷都や城塞の構築も行われました。

日本における元号制定は、中国文化の単なる模倣ではなく、中央集権化の象徴だったわけです。かつて、中国はもとより、その影響下にあった多くの国々も元号を使っていました。ただ、いずれも王政の終焉とともに廃止されています。日本では、武家政権誕生後も天皇制が維持され、薩長による明治政府も天皇を中心とした国家体制を目指しました。元号も天皇制とともに継続されてきました。太平洋戦争に敗れると、天皇は象徴とされ、主権在民の時代が始まります。当然、元号廃止論も唱えられます。最も有名なのが、元号を廃止することが適当とする日本学術会議による1950年の決議だと思います。ただ、天皇制への言及はなく、利便性の高さ、民主義の観点、そして法的根拠がないことを理由とする決議でした。

明治憲法には、天皇が元号を決めるという定めがありました。しかし、明治憲法そのものが、敗戦ととともに廃止されます。その後、しばらく、元号は法的根拠のない慣習として継続されていました。昭和天皇がご存命だったから可能だったとも言えます。1979年に至り、政府が元号を決めるという元号法が制定されています。制定に際しては、当然、元号廃止も議論されましたが、世論としては慣れ親しんでいるからという消極的賛成論が大層を占めました。一方、廃止論も、非効率、他国に存在しないといったレベルの論拠が中心であり、象徴として定着した天皇制の廃止を議論するようなものではありませんでした。つまり、元号については、本質的な議論はなされず、ズルズルと継続されてきたとも言えます。

元号が持っていた本来的意味は、とうのむかしに失われています。そういう意味においては慣例に過ぎないとも言えます。ただ、今日的に言えば、元号は、立憲君主制における象徴としての天皇と同様、国の統一を象徴し、国体を維持するための文化なのだと思います。実務的に言えば、元号法はじめ法令において、元号の使用は、公文書ですら一切強制されていません。無限に連続する西暦に比べ、有限の元号は使い勝手が悪いことは当然です。従って、元号と西暦の併用は現実的な選択だと思います。一方で、元号には、一つの時代を容易に表わすことができるというメリットもあります。それは歴史的継続性も持っています。また、国民に新しい時代の幕開けという刷新感を与える効果も大きいと思います。

元号は、飛鳥時代の大化に始まり、令和に至るまで248代を数えます。それぞれが、その時代の理想や願いを込めて命名されています。明治以降は、一世一元制、つまり天皇一代につき元号を一つとする制度になりましたが、かつては、践祚に限らず、災害や疫病からの復旧・回復を願い、あるいは吉祥、つまり縁起の良いことが起きた際に改元されることもままありました。元号は、人心に与える影響も考慮して決められてきたわけで、日本の社会の変遷が刻まれた歴史そのものとも言えます。ちなみに、元号は、概ね、儒教が重視する四書五経のなかから選定された漢字2文字で表わされます。令和は、万葉集のなかから選ばれた元号です。歴史上、初めて、中国の古典ではなく日本独自の古典から選定されたという誠に意義深い元号です。(写真出典:mainichi.jp)

2024年10月7日月曜日

「憐れみの3章」

監督:ヨルゴス・ランティモス 2024年アイルランド・英国・米国            原題:Kinds of Kindness 

☆☆☆☆ー

ヨルゴス・ランティモスの「女王陛下のお気に入り」(2018)と「哀れなるものたち」(2023)は、世界の映画賞を大いに賑わせ、彼の名前を世界に轟かせました。しかし、今にして思えば、この2作は、ランティモスにとっては、随分とマイルドでコマーシャルな作品だったと言えるのでしょう。本作は、不条理劇、ダーク・コメディ、グロテスク、セックスといった要素がドライなテイストで淡々と描写され、かつ延々3時間に渡り続きます。彼の本領発揮というところなのでしょう。映画は、独立したシチュエーションを持つ3部構成になっていますが、同じ役者によって演じられ、奇妙なつながりを持っています。「奇妙な味」と呼ばれる小説に似ていますが、よりハードであり、その突き詰め方は、さすがギリシャ悲劇を生んだ国の人と思ってしまいます。

原題の”Kinds of Kindness”は、様々な親切、やさしさといった意味でしょうか。いずれにしても他者との関わり方に関する表現ですが、映画は主体性の危うさがテーマになっているように思います。皮肉の利いたタイトルなのでしょう。第1部「R.M.Fの死」は、人は主体的に生きているようで、全くそうではないというというストーリーに見えます。第2部「R.M.F.は飛ぶ」は、主体によって異なる真実が交錯するドラマになっています。第3部「R.M.F.サンドイッチを食べる」では、主体的に見えても主体性を放棄した人生の皮肉を描いています。映画は、R.M.F.というイニシャルの人物が、屋敷に到着するシーンから始まり、サンドイッチを食べているシーンで終わります。

R.M.F.は、第2部でも、ヘリのパイロットとして登場します。R.M.F.は、ある種の舞台回しなのでしょうが、そのイニシャルが意味するところは何なのかよく分かりません。映画全体、特に第2部は、荘子の「胡蝶の夢」を思わせるものがあります。自分が胡蝶になって飛ぶ夢を見た荘子は、自分は胡蝶が見た夢なのではないかと錯乱します。”無為自然”を説いた荘子は道教の始祖の一人とされ、生と死、善と悪、貴と賤といった人間が頭で考えた対立概念など無意味な見せかけに過ぎないと断じます。ギリシャの哲学者の末裔とも言えるランティモスは、生き方までは訴えていませんが、人間の意識が本来的に持っている矛盾や危うさに切り込んでいると言えるのではないでしょうか。

「ラ・ラ・ランド」と「哀れなるものたち」で2度のアカデミー主演女優賞に輝くエマ・ストーンは、ラモンティス映画には欠かせない存在です。今回も大いに楽しんでいるような印象を受けました。怪優ウィレム・デフォーは、ランティモスやウェス・アンダーソンといった風変わりな監督たちに好まれる傾向があります。ジェーン・カンピオンの「パワー・オブ・ザ・ドッグ」でアカデミー助演賞候補にもなったジェシー・プレモンス、ベトナム系アメリカ人のホン・チャウにも似たような傾向があります。「哀れなるものたち」で映画音楽デビューとなったジャースキン・フェンドリックスは、今回もいい仕事をしています。この人もランティモス映画の常連になるのでしょう。

デヴィッド・リンチのクローズ・アップは有名です。しばしば、物のクローズ・アップが、意味ありげに挿入され、ミステリアスなムードを高めていきます。ラモンティスにも似たような映像の傾向があります。アップではなく、カメラ・アングルです。前から気になっていたのですが、妙な角度からの映像が、時折、挿入されます。恐らく不安感や不安定さを醸し出すテクニックなのだろうと思います。ランティモスの、ごくしっかりとしたフレーム展開のなかに挿入されると、なかなか面白い効果をあげます。今回も、それが効果的に使われているように思いました。ランティモスの次回作は、韓国のSFコメディのリメイクで、エマ・ストーン、ジェシー・プレモンスが主演し、来年11月に公開予定とのことです。今から楽しみです。(写真出典:filmarks.com)

2024年10月5日土曜日

チャイ

もともとチャイ好きではありますが、北インドを旅した2週間弱は、毎日、数杯のチャイを飲みました。甘いのでお茶代わりとまではいきませんが、デザートといったところでしょうか。辛い食事も多いインドですから、食後のチャイはありがたい存在でもあります。立ち寄った土産物屋さんでも、バス移動中の休憩所でもチャイをいただきました。そういう時には、必ず青唐辛子のフリットが付け合わせに出てきます。野菜のフリットが、もう一種類付くのですが、何だったのか覚えていません。インド人のガイドさんに、何故、フリットが付くのかと聞いたところ、昔からそうだという答だけでした。恐らく、チャイの甘さをより楽しむためではないのか、と想像します。

インドのチャイが誕生した経緯は、やや悲しい話になります。チャイという言葉は、中国語の茶からきており、もともとインドにはお茶を飲む習慣はありませんでした。中国語の茶の発音は、内陸部で”チャ”、沿岸部では”テ”になるようです。陸路で伝わればチャやチャイになり、海から伝わればテやティーになったというわけです。欧州にお茶が伝わったのは17世紀のことです。オランダの東インド会社が、長崎やマカオで買った茶葉を持ち込みました。お茶は、高価にもかかわらず欧州の上流階級で大人気となります。高価だから人気が出たとも言えます。17世紀末、英国は、開港された厦門を拠点に中国茶の輸入を始めます。 厦門に集積された茶葉の多くが半熟成茶だったために、欧州では紅茶が主流となっていきます。

アジアとの貿易に先鞭を付けたのはポルトガルでしたが、その後、オランダと英国が圧倒していくことになります。17世紀、アンボイナ事件を境に、英国は、オランダに閉め出される形で東南アジアから撤退します。英国としては、インドの植民地化に注力するほかなくなります。18世紀、英国は、アッサム地方で自生する茶樹を発見します。以降、英国は、プランテーションを展開し、より安価な紅茶を欧州に輸出していきます。北部のインド人も紅茶を飲むようになるわけですが、ミルクと砂糖を入れた英国スタイルが基本となりました。ただ、使う茶葉は、品質が悪く出荷できなかったハネもの、あるいは箱の底に残った茶くずに限られました。それをいかに美味しく飲むかという工夫の末に生まれたのがチャイだったわけです。

チャイは、スパイスを入れたミルク・ティーですから、入れ方も面倒なものではありません。ただ、美味しく入れるためには、いくつかのポイントがあります。まずは、茶葉ですが、一般的な紅茶よりも濃く抽出したいので、CTCと呼ばれる茶葉が適しているとされます。CTCとは、Crush・Tear・Curlさせた茶葉という意味で、細かくて丸い形状が特徴です。嬉野の釜煎茶を小さくしたような見た目です。煮出し方も、経験的に言えば、茶葉をミルクに投入して煮るよりも、茶葉とスパイスだけで濃い紅茶を入れ、その後、ミルクを加えた方が、味も香りも立って美味しいと思います。スパイスは、カルダモン、シナモン、クローブ、生姜などです。恐らくホール・スパイスを使うべきなのでしょうが、市販のティー・マサラで十分だと思います。

そして、大切なポイントは砂糖をたっぷり入れることです。チャイは、砂糖を前提に成立している飲み物だと思います。煮る段階で多めに砂糖を入れた方が美味しいと思います。そして、カップに注ぐときには、泡立てるように高いところから注ぐと一層美味しくなります。インドの街ではチャイ屋を多く見かけます。大鍋で煮出したチャイを、使い捨ての素焼きの茶碗で飲みます。衛生的とは言えないので、飲みませんでしたが、やはり高いところから注いでいました。ところで、本場インドで飲んだチャイの味は日本とは違うのかと言えば、さほど変わりませんでした。シンプルなだけに、どこで飲んでも同じとも言えますが、甘さが味を均一にしている面もあるのでしょう。ただ、ズバ抜けて美味しいと思ったチャイがあります。有楽町のバンゲラス・キッチンのチャイです。使っている茶葉が違うのか、入れ方が上手いのかは分かりませんが、とにかく際だって美味しいのです。(写真:バンゲラス・キッチンのチャイ 出典:tabelog.com)

2024年10月3日木曜日

祇王

祇王寺
平家物語は、軍記物ですが、本質的には無常観を伝える物語だと思います。また、軍記物ながら、多くの女性が登場することでも知られます。平家物語は、琵琶法師によって語られた物語です。聴衆が女性をも含む庶民だったため、登場人物に女性も配し、親近感を与えるねらいがあったのかもしれません。ただ、それ以上に、悲運の女性たちを通じて世の儚さを伝えようとしているように思います。白拍子・祇王の物語は、巻第一の早い段階で語られますが、ある意味、物語のテーマを提示しているようにも思えます。祇王の物語は、現存する平家物語の諸本の全てに掲載されている話ではなく、後代の加筆ではないかという説もあるようです。

祇王は、妹と母とともに近江から京に出て、白拍子になります。平清盛の目にとまり、その寵愛を受けます。清盛の屋敷での日々が3年を迎えた頃、加賀から来た仏御前という若い白拍子が京で人気を集めます。仏御前は、都の人気に飽き足らず、時の権力者・清盛の寵愛を願って屋敷に押しかけます。清盛は、仏御前を追い返そうとしますが、祇王が説得し、その舞を観ることになります。皮肉にも、清盛の寵愛は、祇王から仏御前に移ります。世をはかなんだ祇王は、母、妹とともに出家して、嵯峨野に庵を組みます。これを知った仏御前も、我が身の行く末を悟り、祇王の庵に身を寄せ、出家します。時に、祇王21歳、仏御前17歳。寿命の短い時代とは言え、痛ましい程の若さです。まさに沙羅双樹の花の色というわけです。

祇王の実在性に関しては議論のあるところです。京都の嵯峨野には、かつて祇王が組んだ庵跡に建立されたという祇王寺があります。祇王寺は、苔寺としてよく知られています。苔むす境内には祇王・母・妹のものとされる墓も残っています。また、出身地とされる滋賀県の野津にも祇王寺があり、清盛が祇王に請われて掘削したという用水路・祇王井川も残ります。しかし、いずれも文献上の初出は江戸初期です。野津の鏡宿は、中山道の宿場として栄え、多くの遊女もいたようです。遊女と白拍子を重ねて、この地の祇王伝説が生まれたとする説もあります。また、信楽の玉桂寺にあった重要文化財の阿弥陀如来像の胎内から、寄進者の名前を記した紙が見つかり、そのなかに祇王の名もあったようです。ただ、多少、時代にズレがあるので、別人の可能性もあります。

白拍子は、男装して歌舞を披露する女性芸人です。水干、立烏帽子を身につけ、白鞘巻の太刀を差して踊ったようです。巫女の舞から起こった芸能と言われますが、平家物語では、平安末期、島の千歳、和歌の前という2人の女性芸人が始めたと記されます。また、静御前の母ともされる磯禅師が、信西の指示で始めた芸だという説もあります。平安末期から鎌倉時代にかけて流行し、猿楽にも影響を与えたとされますから能楽の先祖とも言えます。平家物語には、静御前、千手前等々、少なからず白拍子が登場します。男装の舞姫の歌舞が、武家政権の黎明期に流行し、武家に愛されたということは、なかなか興味深いと思います。時代の先端を行く武家に媚びた芸とも言えそうです。

功成り名を遂げた著名人が、芸能人と付き合い、結婚することは、今も昔も変わりません。ただ、人気芸能人とは言え、男性中心社会、かつ戦乱の時代にあって、女性は受身の人生を歩むことになります。時代に翻弄されるのは、人の世の常ですが、最も弱いところに力がかかるのも自然の法則です。平家物語には、人物描写された女性が20人以上登場します。二代后、建礼門院といった天皇の后、小督、葵女御、祇園女御といった天皇の寵妃、小宰相、横笛、内裏女房といった侍女たち、あるいは寵妃ながら武芸にも優れた巴御前も登場します。いずれも支配階層に属する女性たちです。上流社会に出入りはするものの、白拍子だけは性格が異なります。自らの意志で行動する白拍子は、武家と同様、時代が生んだ新人類だったのかもしれません。(写真出典:giouji.or.jp)

2024年10月1日火曜日

「西湖畔に生きる」

監督:グー・シャオガン   原題:草木人間   2023年中国

☆☆☆+

グー・シャオガンの山水映画の”巻二”ということになります。巻一「春江水暖」は、黄公望の山水画「富春山居図」に基づく初の山水映画であり、歴史的とも言える傑作でした。蘇東坡の詩に始まる巻二「草木人間」は、山水映画としての体裁を持ちつつも、巻一とはまったく異なるアプローチがされています。草木人間とは、草と木の間に人が入る”茶”という漢字を指しているようです。西湖の西に広がる山岳は、中国を代表する緑茶・龍井茶(ロンジンちゃ)の産地として知られます。茶は、自然と人間が一体となって中国の伝統が成立していることを象徴しているのでしょう。巻二は、その茶畑を背景に、仏教の「目連救母」という説話に基づくプロットを展開しています。

目連は、釈迦十大弟子の一人です。目連は、幼い頃に死別した母を死後の世界に探します。優しかった母は極楽ではなく餓鬼地獄で見つかります。餓鬼地獄とは、満たされない激しい食欲や欲望に苦しむ地獄です。生前、母は家族を思うあまり良くない事も行い、餓鬼地獄に落ちたのでした。目連は母を救済する手立を釈迦に問います。釈迦は、雨季に民が僧侶に食べ物を施し、僧侶は民に法話を行うことで、餓鬼にも食べ物が行き渡る、と答えます。目連は、釈迦の教えが行われるように努め、ついに母を救済することに成功します。中国版では、目連は、さらに7日7晩読経し続けることで母を生き返らせたとなっているようです。映画では、餓鬼地獄が拝金主義の象徴であるマルチ商法として描かれています。

西湖畔の美しい茶畑の風情とは真逆であるマルチ商法の世界は、地獄絵図として、激しさをもって描かれています。監督の意図した地獄絵図は、力量の確かさもあって、見事に表現されていると思います。地獄絵図の前提の一つは、大衆にとっての分かりやすさだと思います。映画は、その点も十分に考慮されていると思います。ねらいどおりに良く出来たシナリオだとは思いますが、いささかベタに過ぎる演出になっている点が気になりました。ここは痛し痒しといったところなのでしょう。それにしても、現代中国が抱える社会的な病巣を仏教説話に乗せて明らかにするという試みは見事に成功していると思います。その病巣の根源を追求していない恨みは残りますが、検閲の問題もあって、これが限界なのでしょう。

習近平以降、中国映画の検閲は強化されたと聞きます。しかし、それはあくまでも習近平と中国共産党への直接的な批判に限ってのことであり、婉曲的な社会批判は、むしろ緩和されたように思います。監督たちは、ギリギリのところをねらって制作を続け、それが近年の中国映画を面白くさせていると思います。グー・シャオガンは、デビュー作となった「春江水暖」で、深遠なる山河に対する小さな小さな人間の営みという山水画の構図を見事に映画化していました。それは社会問題を糾弾する新たな表現でもありました。今回は、地獄絵図というモティーフを選んだことで、やや山水画の構図が後退した感があります。グー・シャオガンには、山水画の基本に立ち返った巻三を期待したいところです。

現代中国を支配している拝金主義の根源は、改革開放に始まる中国共産党員=官僚による強烈な蓄財欲求にあると思われます。官僚と取り巻きの一部大衆が繰り広げる利潤の追求が、中国のGDPを押し上げた効果も大きいと言えます。沿岸部と地方との経済格差という問題もあります。過日、中国人の友人に聞いた話では、地方の農村でも、蓄財まではできないとしても食うに困ることはなくなったようです。中国らしい極端な政策が功を奏したとも言えるのでしょう。しかし、拝金主義は、餓鬼道そのものとも言え、社会を蝕んでいくものと思われます。文化大革命は、階級闘争の一環として中国五千年の伝統や価値観を否定しました。今、中国が必要とし、かつ早急に対応すべきことは、その復建なのではないでしょうか。(写真出典:moviola.jp)

家作