監督:ヨルゴス・ランティモス 2024年アイルランド・英国・米国 原題:Kinds of Kindness
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ヨルゴス・ランティモスの「女王陛下のお気に入り」(2018)と「哀れなるものたち」(2023)は、世界の映画賞を大いに賑わせ、彼の名前を世界に轟かせました。しかし、今にして思えば、この2作は、ランティモスにとっては、随分とマイルドでコマーシャルな作品だったと言えるのでしょう。本作は、不条理劇、ダーク・コメディ、グロテスク、セックスといった要素がドライなテイストで淡々と描写され、かつ延々3時間に渡り続きます。彼の本領発揮というところなのでしょう。映画は、独立したシチュエーションを持つ3部構成になっていますが、同じ役者によって演じられ、奇妙なつながりを持っています。「奇妙な味」と呼ばれる小説に似ていますが、よりハードであり、その突き詰め方は、さすがギリシャ悲劇を生んだ国の人と思ってしまいます。原題の”Kinds of Kindness”は、様々な親切、やさしさといった意味でしょうか。いずれにしても他者との関わり方に関する表現ですが、映画は主体性の危うさがテーマになっているように思います。皮肉の利いたタイトルなのでしょう。第1部「R.M.Fの死」は、人は主体的に生きているようで、全くそうではないというというストーリーに見えます。第2部「R.M.F.は飛ぶ」は、主体によって異なる真実が交錯するドラマになっています。第3部「R.M.F.サンドイッチを食べる」では、主体的に見えても主体性を放棄した人生の皮肉を描いています。映画は、R.M.F.というイニシャルの人物が、屋敷に到着するシーンから始まり、サンドイッチを食べているシーンで終わります。
R.M.F.は、第2部でも、ヘリのパイロットとして登場します。R.M.F.は、ある種の舞台回しなのでしょうが、そのイニシャルが意味するところは何なのかよく分かりません。映画全体、特に第2部は、荘子の「胡蝶の夢」を思わせるものがあります。自分が胡蝶になって飛ぶ夢を見た荘子は、自分は胡蝶が見た夢なのではないかと錯乱します。”無為自然”を説いた荘子は道教の始祖の一人とされ、生と死、善と悪、貴と賤といった人間が頭で考えた対立概念など無意味な見せかけに過ぎないと断じます。ギリシャの哲学者の末裔とも言えるランティモスは、生き方までは訴えていませんが、人間の意識が本来的に持っている矛盾や危うさに切り込んでいると言えるのではないでしょうか。
「ラ・ラ・ランド」と「哀れなるものたち」で2度のアカデミー主演女優賞に輝くエマ・ストーンは、ラモンティス映画には欠かせない存在です。今回も大いに楽しんでいるような印象を受けました。怪優ウィレム・デフォーは、ランティモスやウェス・アンダーソンといった風変わりな監督たちに好まれる傾向があります。ジェーン・カンピオンの「パワー・オブ・ザ・ドッグ」でアカデミー助演賞候補にもなったジェシー・プレモンス、ベトナム系アメリカ人のホン・チャウにも似たような傾向があります。「哀れなるものたち」で映画音楽デビューとなったジャースキン・フェンドリックスは、今回もいい仕事をしています。この人もランティモス映画の常連になるのでしょう。
デヴィッド・リンチのクローズ・アップは有名です。しばしば、物のクローズ・アップが、意味ありげに挿入され、ミステリアスなムードを高めていきます。ラモンティスにも似たような映像の傾向があります。アップではなく、カメラ・アングルです。前から気になっていたのですが、妙な角度からの映像が、時折、挿入されます。恐らく不安感や不安定さを醸し出すテクニックなのだろうと思います。ランティモスの、ごくしっかりとしたフレーム展開のなかに挿入されると、なかなか面白い効果をあげます。今回も、それが効果的に使われているように思いました。ランティモスの次回作は、韓国のSFコメディのリメイクで、エマ・ストーン、ジェシー・プレモンスが主演し、来年11月に公開予定とのことです。今から楽しみです。(写真出典:filmarks.com)