2024年2月28日水曜日

王朝交替説

応神天皇陵
「万世一系」とは、永遠に一つの血統が続く、という意味であり、天皇家を象徴します。言葉としては、幕末に岩倉具視が初めて使ったとされますが、考え方としては古代から存在します。神話時代は別としても、3~4世紀にヤマト王権が誕生して以降、天孫家の血統が天皇として、日本の頂点に立ってきました。1,600年以上、神話時代も含めれば2,700年近くに渡り一つの王朝が継続しているわけです。神話時代込みで世界最長とされるのはエチオピア王朝ですが、現存していません。王朝がよく変わる中国や欧州からすれば驚異的と言えます。日本ではなぜ王朝交代が起きなかったのか、昔から不思議に思っていました。分かりやすい説明としては、他国の王たちは人間で天皇は神だったこと、親政の期間が短かったことがあげられるのでしょう。

例えば、天皇の外戚として、天孫家をしのぐ権勢を振った藤原家ですら、天皇になろうとはしていません。神を否定すること、あるいは新たな神になることは、あまりにもハードルが高かったのでしょう。むしろ、天皇を神として祭り上げ、実権を握る方が合理的だったと言えます。日本は神国であるという思想は、天孫家の万世一系と表裏を成しています。天皇を中心とする中央集権化を図った明治期、万世一系は侵さざる神聖なものとして、より徹底されます。いわゆる皇国史観です。1924年、「神代史の研究」で、歴史学の立場から天孫家の神話を創作とした津田左右吉は、皇室の尊厳を冒したとして有罪判決を受けています。敗戦とともに皇国史観は否定され、より科学的な津田史観が主流となりました。

戦後は、皇国史観への反動、そして左翼思想の流行に基づき、万世一系を否定する学説が相次ぐことになります。最も典型だったのが、1952年に発表された水野祐の三王朝交替説だとされます。大雑把に言えば、崇神王朝、応神王朝、継体王朝と血統が交替しているとする説です。第10代崇神天皇は、御肇国天皇(はつくにしらすすめらみこと)という名前に加えて、初めての戸口調査や課役、四道将軍の派遣等の実績があることから、実在可能性のある初の天皇とされます。第15代応神天皇は、八幡神、八幡大菩薩としても知られますが、近年の考古学的成果も含め、実在可能性が高いとされています。両者は、三輪を拠点とし名前に”イリ”が付く崇神系、河内を拠点とし名前に”ワケ”が付く応神系と分かりやすい違いがあります。

さらに荒唐無稽な応神の生誕譚等も含め、王朝交替があったのではないかと推定されたわけです。文献や物証があるわけでもなく、やや無理のある説だと思います。第26代継体天皇に関しては、崇神、応神とは大きく異なる状況があります。武烈天皇が継嗣無く崩御し、応神天皇から5代目の子孫に当たる継体天皇が、近江、あるいは越前から連れてこられ、武烈の姉と結婚し即位したとされます。それが、王朝交替説では、地方豪族による王位簒奪だったということになるわけです。確かに血統は薄いかも知れませんが、王位簒奪となれば、大きな争いの痕跡が残るものと思われます。また、万世一系を守るために、記紀の記述が創作されたとしても、どこか矛盾が生じる、あるいは何らかの示唆が読み取れるものではないでしょうか。

三王朝交替説は、現在、ほぼ否定されており、実在天皇に関する議論はあるものの、天皇家の血縁は継続されてきたとされます。例えば、歴史に関する偽書の記述内容は、エビデンスがないがために、肯定も否定も難しいと言われます。王朝交替説も完全否定することは難しいのでしょうが、いかにもこじつけのような違和感が漂います。皇国史観を全否定するために、その根本である万世一系を崩壊させることが目的だったとしか思えません。学者としての姿勢を疑いたくもなりますが、考古学的な発見や科学的分析も不十分だった時代でもあり、ある程度は理解せざるを得ないのかも知れません。ただ、それまでタブーとされてきた天皇研究の可能性を大いに広げたという点に関しては、王朝交替説の貢献は大きかったものと考えます。(写真出典:at-s.com)

2024年2月26日月曜日

「ボーはおそれている」

監督:アリ・アスター    制作:A24     2023年アメリカ

☆☆+

アリ・アスターの長編デビューはA24制作のホラー「へディタリー/継承」(2018)です。低予算映画ながら世界的な大ヒットを記録し、当時、A24の興業成績の歴代トップにもなりました。次作「ミッドサマー」(2019)は、北欧を舞台とするホラーでしたが、これも大ヒットしました。アリ・アスターの映画は、シナリオやシーンの構成にラフさを残すものの、面白いアイデアをグイグイと押し込んでくるパワーがすごいと思いました。ホラーの伝統に沿いながらも、それを超えるユニークなアイデアが光りました。力業は監督の若さの現れでもありますが、そのレベルが違いました。新しいホラー映画というよりは、新しい才能の登場だと思いました。本作も、まさにアリ・アスター・タッチの映画になっていると思います。

しかし、今回は、ホラーではなく、コメディ・タッチのファンタジーです。ホラーの直線的な構成ではなく、縦軸らしきものとしてエディプス・コンプレックスが存在するのみです。そうなると、アイデアをたたみかけるアリ・アスター・スタイルは、収斂することなく、ひたすら拡散するだけといった印象を与えます。また、アリ・アスターの脚本は、二段三段構えの展開を特徴としています。本作でも同様なのですが、それが散漫な印象をより強くしている面もあります。3時間という上映時間も含め、冗漫さを感じました。ただ、飽きずに観られたという事に関して言えば、まさに監督の力量、そしてホアキン・フェニックスの演技力ゆえなのでしょう。

アリ・アスターの前2作は、観客のために作られたエンターテイメントです。本作は、監督が作りたいと思っていた、いわば自分のための映画だと思います。近年で言えば、イニャリトゥの”バルド”、デイミアン・チャゼルの”バビロン”と同じです。アリ・アスターは、作家主義のアート作品を撮りたかったのかもしれません。それが映画監督の夢であることは理解できますが、若くして名声と富を得たアリ・アスターの奢りでもあり、10年、20年早いと思います。アリ・アスターの前2作は、10ミリオン程度の予算で、それぞれ80、40ミリオンを稼ぎました。いわば自分のための映画を撮れることは、ヒット・メーカーだけに許される特権です。なお、本作の予算は30ミリオンと大幅増額されましたが、大コケしています。

歌舞伎の世界に「けれん(外連)」という言葉があります。見た目本位の奇をてらった演出を指します。宙乗り、早変わり、放れ業などがあり、多くは道具や仕掛けを使います。芸道の本筋ではないという意味で”外連”と呼ばれるわけです。転じて”はったり”や”ごまかし”を意味する言葉としても使われます。一方、「けれん味のない」という言葉もあります。これは、”まっとうな”、”真面目な”という意味で使われます。しかし、歌舞伎や浄瑠璃のエンターテイメント性からすれば、外連も舞台の本質の一つなのだと思います。アリ・アスターの前2作は、けれん味たっぷりの映画ではありますが、外道ではありません。娯楽映画の正統であり、ど真ん中だと思います。

しかし、歌舞伎の世界にあっても、義理人情や愛情を語ることの多い世話物にけれん味たっぷりの演出はありません。一般論として、相性が良くないわけです。哲学的なテーマを持つ映画に、けれん味など持ち込むな、と言っているのではありません。ただ、そのような演出を行う際には、深掘りしたシナリオと熟練の演出力が求められるものと考えます。コメディ仕立てなら、なおさらだと思います。作家主義の熟達の監督たちは、そこを心得ているわけです。本作において、そのことを理解しているのはホアキン・フェニックスだけだったように思います。自らの個性をぶつけながら本作に取り組んだアリ・アスターの挑戦は称賛に値すると思います。ただ、残念ながら、監督の青さが目に付くイマイチな結果と言わざるを得ません。(写真出典:eiga.com)

2024年2月24日土曜日

ハバナ・シンドローム

2016年、ハバナに駐在するアメリカの外交官や軍人20名以上が、原因不明の耳鳴り、認知障害、あるいは痛みを訴え始めます。その後、この症状は、キューバ以外の大使館にも広がります。一時は1,000件を超える事案が報告されますが、そのほとんどが実害のないものだったようです。綿密な調査が行われますが、その原因を特定することはできませんでした。マスコミは、この現象をハバナ・シンドロームと名付け、報道をヒートアップさせます。そして、トランプ大統領に主導される米国政府は、敵対的な国による何らかの攻撃であると断定するに至ります。原因も根拠も不明なまま行われたキューバ批判は、外交問題にまで広がります。2023年に至り、米国の7つの情報機関が、敵対国による関与は無さそうであるとの結論を出しました。

ハバナ・シンドロームが何だったのかは、いまだ不明ですが、当初から指摘があったとおり、マス・ヒステリアであり、集団心因性疾患だった可能性が高いと思われます。それが容易に想像できる状況が在キューバ米国大使館にはありました。1959年にキューバ革命が起きるとキューバとアメリカの関係は悪化し、1961年のキューバ危機以降、両国の国交は断絶状態が続きました。そして関係改善を公約としたバラク・オバマが大統領に就任すると、いわゆる雪解けが進み、2015年には両国の大使館が開設されます。ところが、キューバへの経済制裁継続を主張するドナルド・トランプが大統領戦に勝利すると状況は一変、2017年からは、緩和されていた様々な規制が再強化され、両国関係は悪化します。

トランプのキューバ政策は、例によって、根拠もシナリオもない単なるウケねらいだったと思われます。オバマ大統領の政策に反対することが最大の目的だったのでしょう。その背景には、保守的な米国民が抱く左翼政権に対する嫌悪感があります。TV界の人気者は、常に視聴率ファーストです。そのためには、ウソをつくことも厭わないのがトランプです。いい迷惑だったのが現場の政府関係者です。様々な分野で関係改善のために奔走していた大使館員たちは、突然、真反対の行動を取らされます。親交を深めていた政府関係者はじめキューバの人々から、突然の方針転換の理由を問われても答えようがない状況は、まさに地獄だったと思われます。ストレスは、極限まで高まっていたはずです。

マス・ヒステリアや集団パニックと思われる事象は、古くから多く記録されています。ファティマの奇跡など宗教関係が多いように思いますが、それに限った話ではありません。また、ペストが大流行した際の死の舞踏など科学が未成熟だったがために起こった場合もありますが、それが全てでもありません。あるいは、報道体制が十分であれば、防げたケースもあるのでしょうが、マスコミ報道がトリガーとなって引き起こされたオイル・ショック時のトイレット・ペーパー騒動などもあります。さらに言えば、人間に限った話ですらありません。いずれにしても人間の集団性の高さ、外的要因に左右されやすい心、心の動きが身体に影響を及ぼすことからして、マス・ヒステリアは、いつでも、どこでも起こり得ると言えます。

2024年は、米国大統領選挙の年です。民主党は高齢のバイデン大統領がほぼ唯一の候補であり、共和党ではトランプの勢いが止まりません。何の希望も感じさせない、何とも気の滅入る展開です。トランプは民主主義にとって悪夢ですが、アメリカの民主主義が生み出した産物でもあります。もちろん、大衆がトランプを求める背景があることは否定できません。白人優位が崩壊しつつあるアメリカでは、東部エスタブリッシュメントが進めたグローバル経済化に不満を持つ白人たちが多く存在し、熱狂的なトランプ支持者となっています。民主主義の象徴とも言える議会を襲撃した彼らの行動は、もはやトランプに先導されたマス・ヒステリアそのものです。アメリカ国民の冷静で良識ある判断に期待したいものです。(写真:在キューバ米国大使館 出典:yomiuri.co.jp)

2024年2月22日木曜日

餃子

私は、不味い餃子を食べたという記憶がありません。店による味の違いはあるものの、おおよそどこの餃子も美味しいと思うのです。餃子は好きな食べ物の一つであり、大量の餃子にビールは最強タッグだとも思っています。ただ、普段、中華料理店やラーメン屋で餃子を注文することは、ほぼありません。自分でも不思議だと思っています。焼売に関しては好きな店がはっきりしていますが、餃子を目当てに行く店もありません。強いて言うなら、歌舞伎町の「大陸」くらいでしょうか。大陸は、かつて歌舞伎町の奥にありました。50年前、初めて食べた大陸の餃子はとても美味いと思いました。今もその記憶を引きずっているのでしょう。

年に2~3度、宇都宮へ行く機会があります。行けば、仲間たちと大量の餃子にビールを楽しんでいます。宇都宮と浜松に近年は宮崎も加わり、餃子日本一を競っていますが、味の争いではなく、一人当たり消費量の争いです。いずれも、独特な味やレシピがあるわけではなく、店によって味は様々です。浜松餃子は、丸く並べた餃子の真ん中にもやしが添えられている点が特徴と言えば特徴ですが、味は関係ありません。東陽町で働いていた頃、たまにタンギョウの有名店「来々軒」に行っていました。その来々軒が、ある時、雑誌の餃子特集で東京ナンバー・ワンに選ばれたことがあります。もちろん、美味しいのですが、ごく普通に美味しいスタンダードな餃子であり、東京一と言われてもピンときませんでした。

食べログの餃子ランキングを見ても、上位店は同じような点数で大差ありません。美味しい餃子を評する言葉としては、概ね「パリパリ、ジューシー」が主流です。焼餃子の食感の話であり、味を語ってはいません。日本は焼餃子が主流ですが、中国はほぼ水餃子オンリーです。私の実家では水餃子がメインでした。満州経験のある父親が、餃子は水餃子が本物だというこだわりがあったからです。日本で餃子が一般化したのは戦後のことです。うちの父親も典型的ですが、中国在留経験者が持ち帰った料理なわけです。歌舞伎町の大陸も、引揚者が始めた店であり、引揚者たちが大陸を懐かしんで集まった店だと聞きます。いずれにしても、焼餃子と水餃子は、食感の違いこそあっても、味は同じく美味しいと思います。

私は「餃子はどれも美味しい」と思っているのですが、その理由を考えてみました。様々な食材を生地で密封した状態で加熱することによって、多様な旨味が凝縮される、これが餃子の美味しさの根源なのではないかと考えます。つまり、餃子1個は小さいながら、具材の多い鍋物と同じだということです。誤解を恐れずに言えば、餃子は小さなちゃんこ鍋です。ちゃんこも、様々な具材を様々な出汁で煮込みますが、どれも美味しくなります。その理由は、多くの具材が多様な旨味を出すからだとされます。餃子の具材も、店によって様々ですが、多くの食材が使われます。さらに餃子は、人間に幸福感を与える小麦粉で包まれるわけですから、それが焼餃子であろうが、水餃子であろうが、確実に人を幸せにするわけです。

餃子は中国発祥とされます。山東省の紀元前6世紀頃の遺跡から餃子の痕跡が発見されています。また、3,000年前のメソポタミアの遺跡からも小麦の皮で包んだ料理が発見されているようです。餃子に類したものは、ユーラシア大陸の各地に存在します。ロシアのペリメニ、ポーランドのピエロギ、イタリアのラビオリ、インドのサモサ、ネパールのモモなど、よく知られています。小麦を粉にし、水で溶き、加熱するという料理は、世界各地で同時発生的に生まれたのでしょう。餃子も、その延長線上にあります。餃子は、米を主食とする中国南部、東南アジア、日本などには存在しなかったわけです。そうした米食の国々の餃子類は、中国伝来だったと考えられます。単に食材を小麦粉に包んで加熱するだけでなく、様々な食材を混ぜて餡を作り、それを小麦で包んで加熱するという発想は、偉大な発明だったと思います。(写真出典:orangepage.net)

2024年2月20日火曜日

邪馬台国は謎なのか?

三輪山
古代史は、謎に満ちあふれているわけですが、最も人気のある謎と言えば、邪馬台国と卑弥呼ということになるのでしょう。魏志倭人伝など中国の史書に記述されているにも関わらず、古事記・日本書紀には言及がないこと、そして何よりも考古学的な裏付けが一切発見されていないことから、大きな謎とされてきました。江戸期以降は、その所在地を巡る議論が盛んとなります。主に、畿内説、九州説がぶつかり合い、今も結論を得ていません。いずれの説も一長一短あるわけですが、近年、考古学的発見や科学的分析が進み、畿内説が優位に立ったようです。畿内説は、古代史のもう一つの人気テーマである「空白の4世紀」、つまりヤマト王権誕生の謎にも直結します。とは言え、依然、決定的な物証があるわけではありません。

畿内説・九州説の議論の中心となっているのは、魏志倭人伝に記載される邪馬台国に至る道程です。朝鮮半島から、対馬、壱岐を通って、松浦半島に至るわけですが、その先が問題となります。素直に読めば、邪馬台国は太平洋上にあることになります。よって方角の間違いなど様々な解釈に基づく仮説が生まれます。大昔、遠い国で、伝聞に基づき記述された資料に、どこまで正確性を求めるのか、という問題もあります。昔から私が疑問に思っていたことは、そもそも邪馬台国は”ヤマタイコク”ではなく”ヤマトコク”なのではないか、ということです。もともと邪馬台国は、ヤマトコクの当て字と理解されていたようですが、ヤマタイコクに変えたのは新井白石だったようです。日本人の通訳の発音に基づき変えたと言います。かつての魏の発音ではないわけです。ここが間違いの始まりであり、邪馬台国が謎になった根源のように思えます。

ヤマトコクが正しい読みならば、邪馬台国はヤマト王権の国と理解できます。邪馬台国なる謎の国が記紀に登場しなくて当然です。しかし、卑弥呼という謎は残ります。やはり記紀には一切登場しません。ヤマト王権が誕生するあたりまでの日本にはヒメ・ヒコ制という共立的統治形態が存在したとされています。ヒメは、祭祀、農耕、女性集団の長として機能したようです。魏の人々は、ヤマトコクを統治するヒメ・ヒコを”ヒミコ”と聞き違え、卑弥呼という漢字を当てたのかも知れません。かつ当時の中国では珍しい女王というエキゾチックな存在に過剰反応したのではないでしょうか。魏志倭人伝にも、卑弥呼の側仕えのような男子が記載されていますが、実はこれが王であり、後の天皇だったように思えます。そして、それは”ハツクニシラススメラミコト”と呼ばれる崇神天皇だったのではないかと思われます。

近年、大型建物を含む日本初の都宮として注目され、崇神天皇との関わりも指摘される纒向遺跡は、3世紀に、突如、現れています。当時の日本としては空前の規模であり、大型建造物跡、巨大な運河跡、全国各地の土器等が発見されています。よって、ヤマト王権最初の都宮とされるとともに、魏志倭人伝と時代的に符合することから卑弥呼の都ではないかという説も出ています。近くには、初の前方後円墳である巨大な箸墓古墳はじめ、古墳が多く見られます。箸墓古墳こそ卑弥呼の墓ではないかという意見もあります。また、卑弥呼が魏から贈られた銅鏡100枚と関連づけられる三角縁神獣鏡も畿内で多く発見されています。また、昨年、桜井茶臼山古墳から出土した銅鏡の破片を調査したところ、その数は100枚以上になり、うち26枚が三角縁神獣鏡だったとの報道もありました。

どうも畿内説が有力になり、卑弥呼とヤマト王権が直結し始めたようです。もちろん、確定的ではなく、反論もありますが、とても納得性の高い説のように思えます。鍵を握る纒向遺跡は戦前から調査が継続されています。2010年には祭祀に使われた大量の桃の種、2011年にも新たな大型建物跡が発掘されています。しかし、発掘が終わったのは、全体の10%にも満たないと聞きます。今後の発掘で、いよいよ古代史の大きな謎が解明されるのかもしれません。ちなみに、ヤマトとは三輪山の麓を意味すると聞きます。三輪山は、神宿る山とされ、麓には大物主大神を祀る大神神社があります。付近には、纒向遺跡、箸墓古墳、崇神天皇陵等々、多くの遺跡・古墳があります。記紀によれば、箸墓古墳は、第7代孝霊天皇の皇女であり大物主大神と結婚した倭迹迹日百襲姫命(ヤマトトトヒモモソヒメノミコト)の墓とされます。現在も宮内庁管轄であり、一切、調査は行われていません。(写真出典:oomiwa.or.jp)

2024年2月18日日曜日

「梟ーフクロウー」

監督:アン・テジン          2023年韓国

☆☆☆

(ネタバレ注意)

韓国で異例のロングヒットを記録し、国内映画祭25冠を獲得したという話題作です。よくできた歴史サスペンスですし、ベテラン映画人ながら本作が初監督というアン・テジンの手際の良さ、キャストの名演もなかなかのものです。よく知られた史実と俗説をベースにフィクションを構成する手法は、観客に受け入れられやすいとも思います。ただ、全体的には、こじんまりとした娯楽映画といった風情があり、映画的な深さや広がりはありません。いつも見事な韓国映画の脚本ですが、本作では昼盲目という興味深いモティーフを用いながらも、ストーリー展開は凡庸な印象を受けます。この映画で最も興味深いことは、これといって際だった特徴がないにも関わらず、驚異的ヒットを記録したことだと思います。

ストーリーの背景となる史実は、17世紀前半、李氏朝鮮の第16代国王・仁祖とその世子・昭顕に関わるものです。仁祖は、王の庶子の子ながら、クーデターによって王にかつがれます。親明反後金(清)という姿勢を貫く仁祖は、清に攻め込まれ屈辱的な降伏を強いられます。その際、清は昭顕世子を人質として連行します。清が明を制圧すると、世子は国に戻されます。反清にこだわる仁祖は、親清を目指す世子とその一派を疎ましく思います。そんな中、突如、世子が亡くなります。死因は感染症とされます。昭顕の子を世子とすべきところですが、仁祖は昭顕の弟を世子に立てます。昭顕の正室である愍懐嬪姜氏は、アワビ粥に毒を盛り仁祖殺害を図ったとして自殺させられ、子供達は済州島へ流されます。

朝鮮王朝の正史には、昭顕世子が、目・耳・鼻・口から血を流して死んだと記録されていることから、仁祖によって毒殺されたのではないかという説があるようです。その俗説に、盲目の宮廷鍼灸師を登場させ、フィクションが展開されます。宮廷内にあっては、盲目の鍼灸師は重宝されます。ただ、主人公は、光があると全盲状態で、光のない状態では微かに見えるという症状を持っており、世子毒殺を目撃してしまいます。王による陰謀ですから、殺人を目撃したと言えば、本人も家族も抹殺される恐れがあります。全盲者による目撃という異常さ、目撃を明言できない事情、証言しなければ不義がまかり通る状況、というジレンマが生まれます。このジレンマこそが韓国の人々の共感を呼び、映画はヒットしたのでしょう。

儒教を社会統制の柱とした李氏朝鮮の治世は、1392~1897年の500年に及びます。現在も、韓国社会には、厳しいタテ社会という儒教の影響が色濃く残ります。権力におもねる人々は少なからずいるものですが、儒教的な風土を持つ韓国ではなおさらだと思います。鍼灸師が置かれたジレンマは、韓国の人々が日常的に直面するものでもあり、盲目の鍼灸師は韓国の人々を象徴していると思えます。事実を事実と言えない状況は、フラストレーションそのものです。盲目の鍼灸師は、勇気をもって「私が目撃しました」と声をあげ、かつ、自らの手で正義を行います。観客は、自分では到底できない鍼灸師の行動に喝采し、日頃の憂さをはらすことになるのでしょう。

韓国では、娯楽映画と言えども政治状況に左右される面があります。文在寅政権時代には、保守派を批判する映画が多く作られています、2024年春、韓国では、国会議員選挙が行われます。韓国の人々は、大統領と議会のバランスを取るような投票をすることが多いと聞いたことがあります。だとすれば、今回の議会選挙は野党有利ということになりますが、足元の状況では与野党ともに苦戦しているようです。そのような状況下、3割超を占めると言われる無党派層の票の行方が注目されているようです。本作は、無党派層に向けて、勇気を持って正義を成せ、と語っているのかもしれません。(写真出典:news.yahoo.co.jp)

2024年2月16日金曜日

おかげ横丁

私が、アメリカで最も好きな町は、コネチカット州のミスティックです。ミスティック・リヴァー河口に広がる町は、美しい景観、そして捕鯨や造船の歴史で知られます。ミスティックの楽しみの一つは「オールド・ミスティック・ヴィレッジ」です。敷地内に点在する開拓時代風の小屋の一つひとつが店舗というショッピング・モールです。1990年前後のアメリカは、大型ショッピング・モール全盛の時代でした。ショッピング・モールは、買い物をするための施設ですが、当時は、行く事が目的化し、まるでテーマ・パークに近いものがありました。巨大になるほど多くの人でごった返していたものです。広大な駐車場のなかに立つ巨大なショッピング・モールは、あたかも城塞都市のようでした。

そこへ行くと、オールド・ミスティック・ヴィレッジは、植民地時代の村に入り込んだような感覚を持たせる風情あふれるショッピング・モールでした。店舗も、衣料品だけでなく、土産物店やマニアックな趣味の店等もありました。いわば観光ショッピング・モールといったところです。伊勢神宮前のおかげ横丁を初めて訪れた際には、日本版オールド・ミスティック・ヴィレッジだと思いました。おかげ横丁は、1993年、内宮前のおはらい町の中心部に作られました。江戸末期から明治はじめ頃の門前町を再現しています。江戸期のお陰参りブームに始まり、明治政府の天皇を中心とした国家作りの影響もあり、お伊勢さんは、常に多くの参拝客を集めてきました。

お伊勢さんへの参拝客は、多少の変動はあるにしても、年間600万人をキープしており、式年遷宮の年、翌年のお陰年には800万人を超えています。それにつれ門前のおはらい町も賑わってきたわけですが、高度成長期を過ぎると、売上は激減します。時代は、国内での団体旅行ブームが終わりを告げ、人々の目が海外に向かい始めていた頃です。参拝客、旅行者の意識が変わったということなのでしょう。お伊勢さんの人気にあぐらをかいた商売の弊害が出始めたと言うこともできると思います。おはらい町では、老舗中の老舗である赤福を中心に打開策が検討されます。そして、赤福は、当時の年間売上に匹敵する140億円を投じて、おかげ横丁を建設します。

結果、おかげ横丁は、来場者数が10年で10倍に増えるという大成功を収めます。おかげ横丁で感心することの一つは、店舗のバラエティの広さです。お決まりの饅頭やキーホルダーを並べるありきたりな土産物屋が何十軒集まっても、おかげ横丁の成功はなかったと思います。おかげ横丁では、一つひとつの店舗が特徴のある専門店として運営されています。ここが他の門前町と大きく異なる点です。顧客ニーズの変化を確実に捉えたプロデュースであり、赤福という、ほぼ単一のデベロッパーだからこそ成しえたことなのでしょう。赤福は、単におはらい町の賑わい再生を狙ったのではなく、特色ある新しいショッピング・モールを目指したのだと思います。おかげ横丁は、間違いなく、日本一成功したショッピング・モールです。

全国の名だたる神社仏閣の門前町の状況も、かつてのおはらい町と同じなのでしょう。さすがに近年は、昔ながらの土産物屋だけではなく、おしゃれな店も見かけるようにはなっています。ただ、あくまでも個別の店舗ベースの話です。零細な土産物屋の集まりでは、おかげ横丁のような大規模開発は、望むべくもありません。創業400年という赤福の財力と判断が、いかに大きかったかということです。おかげ横丁の成功を好事例として、大規模再開発に取り組む観光地も出てきました。しかし、おかげ横丁を超える、あるいは匹敵する事例はないように思います。例えば、彦根城前の夢京橋キャッスルロードなどは良い取り組みだと思いますが、おかげ横丁の賑わいにはほど遠い状況にあります。(写真出典:okageyokocho.com)

サンティアゴ・デ・クーバ