2024年2月24日土曜日

ハバナ・シンドローム

2016年、ハバナに駐在するアメリカの外交官や軍人20名以上が、原因不明の耳鳴り、認知障害、あるいは痛みを訴え始めます。その後、この症状は、キューバ以外の大使館にも広がります。一時は1,000件を超える事案が報告されますが、そのほとんどが実害のないものだったようです。綿密な調査が行われますが、その原因を特定することはできませんでした。マスコミは、この現象をハバナ・シンドロームと名付け、報道をヒートアップさせます。そして、トランプ大統領に主導される米国政府は、敵対的な国による何らかの攻撃であると断定するに至ります。原因も根拠も不明なまま行われたキューバ批判は、外交問題にまで広がります。2023年に至り、米国の7つの情報機関が、敵対国による関与は無さそうであるとの結論を出しました。

ハバナ・シンドロームが何だったのかは、いまだ不明ですが、当初から指摘があったとおり、マス・ヒステリアであり、集団心因性疾患だった可能性が高いと思われます。それが容易に想像できる状況が在キューバ米国大使館にはありました。1959年にキューバ革命が起きるとキューバとアメリカの関係は悪化し、1961年のキューバ危機以降、両国の国交は断絶状態が続きました。そして関係改善を公約としたバラク・オバマが大統領に就任すると、いわゆる雪解けが進み、2015年には両国の大使館が開設されます。ところが、キューバへの経済制裁継続を主張するドナルド・トランプが大統領戦に勝利すると状況は一変、2017年からは、緩和されていた様々な規制が再強化され、両国関係は悪化します。

トランプのキューバ政策は、例によって、根拠もシナリオもない単なるウケねらいだったと思われます。オバマ大統領の政策に反対することが最大の目的だったのでしょう。その背景には、保守的な米国民が抱く左翼政権に対する嫌悪感があります。TV界の人気者は、常に視聴率ファーストです。そのためには、ウソをつくことも厭わないのがトランプです。いい迷惑だったのが現場の政府関係者です。様々な分野で関係改善のために奔走していた大使館員たちは、突然、真反対の行動を取らされます。親交を深めていた政府関係者はじめキューバの人々から、突然の方針転換の理由を問われても答えようがない状況は、まさに地獄だったと思われます。ストレスは、極限まで高まっていたはずです。

マス・ヒステリアや集団パニックと思われる事象は、古くから多く記録されています。ファティマの奇跡など宗教関係が多いように思いますが、それに限った話ではありません。また、ペストが大流行した際の死の舞踏など科学が未成熟だったがために起こった場合もありますが、それが全てでもありません。あるいは、報道体制が十分であれば、防げたケースもあるのでしょうが、マスコミ報道がトリガーとなって引き起こされたオイル・ショック時のトイレット・ペーパー騒動などもあります。さらに言えば、人間に限った話ですらありません。いずれにしても人間の集団性の高さ、外的要因に左右されやすい心、心の動きが身体に影響を及ぼすことからして、マス・ヒステリアは、いつでも、どこでも起こり得ると言えます。

2024年は、米国大統領選挙の年です。民主党は高齢のバイデン大統領がほぼ唯一の候補であり、共和党ではトランプの勢いが止まりません。何の希望も感じさせない、何とも気の滅入る展開です。トランプは民主主義にとって悪夢ですが、アメリカの民主主義が生み出した産物でもあります。もちろん、大衆がトランプを求める背景があることは否定できません。白人優位が崩壊しつつあるアメリカでは、東部エスタブリッシュメントが進めたグローバル経済化に不満を持つ白人たちが多く存在し、熱狂的なトランプ支持者となっています。民主主義の象徴とも言える議会を襲撃した彼らの行動は、もはやトランプに先導されたマス・ヒステリアそのものです。アメリカ国民の冷静で良識ある判断に期待したいものです。(写真:在キューバ米国大使館 出典:yomiuri.co.jp)

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