2024年2月18日日曜日

「梟ーフクロウー」

監督:アン・テジン          2023年韓国

☆☆☆

(ネタバレ注意)

韓国で異例のロングヒットを記録し、国内映画祭25冠を獲得したという話題作です。よくできた歴史サスペンスですし、ベテラン映画人ながら本作が初監督というアン・テジンの手際の良さ、キャストの名演もなかなかのものです。よく知られた史実と俗説をベースにフィクションを構成する手法は、観客に受け入れられやすいとも思います。ただ、全体的には、こじんまりとした娯楽映画といった風情があり、映画的な深さや広がりはありません。いつも見事な韓国映画の脚本ですが、本作では昼盲目という興味深いモティーフを用いながらも、ストーリー展開は凡庸な印象を受けます。この映画で最も興味深いことは、これといって際だった特徴がないにも関わらず、驚異的ヒットを記録したことだと思います。

ストーリーの背景となる史実は、17世紀前半、李氏朝鮮の第16代国王・仁祖とその世子・昭顕に関わるものです。仁祖は、王の庶子の子ながら、クーデターによって王にかつがれます。親明反後金(清)という姿勢を貫く仁祖は、清に攻め込まれ屈辱的な降伏を強いられます。その際、清は昭顕世子を人質として連行します。清が明を制圧すると、世子は国に戻されます。反清にこだわる仁祖は、親清を目指す世子とその一派を疎ましく思います。そんな中、突如、世子が亡くなります。死因は感染症とされます。昭顕の子を世子とすべきところですが、仁祖は昭顕の弟を世子に立てます。昭顕の正室である愍懐嬪姜氏は、アワビ粥に毒を盛り仁祖殺害を図ったとして自殺させられ、子供達は済州島へ流されます。

朝鮮王朝の正史には、昭顕世子が、目・耳・鼻・口から血を流して死んだと記録されていることから、仁祖によって毒殺されたのではないかという説があるようです。その俗説に、盲目の宮廷鍼灸師を登場させ、フィクションが展開されます。宮廷内にあっては、盲目の鍼灸師は重宝されます。ただ、主人公は、光があると全盲状態で、光のない状態では微かに見えるという症状を持っており、世子毒殺を目撃してしまいます。王による陰謀ですから、殺人を目撃したと言えば、本人も家族も抹殺される恐れがあります。全盲者による目撃という異常さ、目撃を明言できない事情、証言しなければ不義がまかり通る状況、というジレンマが生まれます。このジレンマこそが韓国の人々の共感を呼び、映画はヒットしたのでしょう。

儒教を社会統制の柱とした李氏朝鮮の治世は、1392~1897年の500年に及びます。現在も、韓国社会には、厳しいタテ社会という儒教の影響が色濃く残ります。権力におもねる人々は少なからずいるものですが、儒教的な風土を持つ韓国ではなおさらだと思います。鍼灸師が置かれたジレンマは、韓国の人々が日常的に直面するものでもあり、盲目の鍼灸師は韓国の人々を象徴していると思えます。事実を事実と言えない状況は、フラストレーションそのものです。盲目の鍼灸師は、勇気をもって「私が目撃しました」と声をあげ、かつ、自らの手で正義を行います。観客は、自分では到底できない鍼灸師の行動に喝采し、日頃の憂さをはらすことになるのでしょう。

韓国では、娯楽映画と言えども政治状況に左右される面があります。文在寅政権時代には、保守派を批判する映画が多く作られています、2024年春、韓国では、国会議員選挙が行われます。韓国の人々は、大統領と議会のバランスを取るような投票をすることが多いと聞いたことがあります。だとすれば、今回の議会選挙は野党有利ということになりますが、足元の状況では与野党ともに苦戦しているようです。そのような状況下、3割超を占めると言われる無党派層の票の行方が注目されているようです。本作は、無党派層に向けて、勇気を持って正義を成せ、と語っているのかもしれません。(写真出典:news.yahoo.co.jp)

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