ラヴィ・シャンカールの娘で、当代随一のシタール奏者といわれるアヌーシュカ・シャンカールのライブをブルーノートで聴きました。ビッグ・ネームゆえミュージック・チャージは高いものの、今年、一番退屈なライブでした。父親は、インド文化の素晴らしさを世界に伝えようとしましたが、娘は西洋文化にすり寄ってインド文化を安売りしているように思えます。シタールで味付けしたイージー・リスニングといった風情の音楽です。それを知った上でライブに行ったのは、さすがに伝統的な演奏も行うのだろうと期待したからです。ラーガの伝統に則った即興演奏も聞かせましたが、ごく限られたものでした。近年のアルバムに収録された曲など、あえてシタールの特徴を消しているようにも思え、まるでチェット・アトキンスの演奏を聴いているようでした。
ジャズ、サンバ、ソンなどは、西アフリカ音楽と西洋舞曲が融合した音楽とされます。二つの文化が交差すれば、新しい文化が生まれます。しかし、事はそう簡単でもありません。いずれかをメインに挿し木を行えば、味付けや彩りが変わるだけで融合とは言えません。アヌーシュカの音楽は、このレベルに留まっているということです。それが証拠に、新たなジャンルが生まれたわけでも、フォロワーが存在するわけでもありません。ビートルズ、ストーンズ等が、一時期、こぞって取り入れたインド・テイストとさほど変わらないように思います。欧米人に媚びてエキゾチシズムを強調した商業的要素の強い音楽に聞こえます。もっとも、本人的には、父親と同様に、インド音楽を世界に伝える活動の一手法と信じて行っていることなのかもしれません。
インド音楽にロック要素を入れた例として、1980年代のイギリスのバンド”モンスーン”があり、ヒット曲も生まれますが、すぐに飽きられました。その後も、インド風バンド、あるいはインドのロック・バンドも登場しますが、ジャンルが確立されることはありませんでした。最も成功しているのは、インドの伝統的な感性に西洋音楽の技法を巧みに取り入れたボリウッド映画の音楽かもしれません。ジャズやサンバは、楽譜の上で論理的に生み出されたわけではありません。演奏者が、即興で演奏している最中に、偶然、新しいグルーブを見つけ、他の多くの演奏者が、それにアイデアを加えることで体系化されていきます。それぞれの体内にあった感性が、欧州舞曲という新しい刺激を受けて生まれたスポンテニアスな音楽だったとも言えます。
シタールとタブラは、13世紀イスラム王朝のスルタンに仕えた大詩人アミール・ホスローが生み出したとされます。 ペルシャ由来の3弦楽器セタールとインド古来の楽器ヴィーナが合体して生まれたとされます。ヒンドゥーとイスラムの融合例なのかもしれません。インド音楽は、数百に及ぶとされる旋法のラーガと数十のリズムのターラで構成されます。ヴェルクマイスターやバッハが生み出した西洋のハーモニーとは、全く異なる、より高度な精神性を備えています。シタールとタブラさえあれば、ラーガとターラは、ヒンドゥーの全宇宙を表現できます。完全性を有するラーガとターラが、わざわざへりくだって、より簡便な音楽に合わせる必要性などなく、そもそも無理があります。インド音楽とバッハの西洋音楽が融合することなどあり得ないと思います。それにしても、名手アヌーシュカ・シャンカールのラーガを聞いてみたいものだと思いました。(写真出典:en.wikipedia.org)
