日本三大庭園は、金沢・兼六園、水戸・偕楽園、岡山・後楽園とされます。いずれも回遊式の大名庭園であり、広大な面積を持ちます。対して桂離宮の庭園は随分と小振りですが、日本の庭園の最高傑作とされます。縮景、借景、見立てといった自然を活かす設計、狭さを感じさせない遮蔽の技、そして書院や茶室といった建造物との調和が完璧に計算されています。日本の庭園は、自然との調和や畏敬を基本に自然が再構成されます。西洋庭園は、人間が自然を制圧したかのような人工的設計になっています。昨今、日本一とされる足立美術館の庭園は、日本画の世界を具現化したものであり、日本と西洋の庭園思想の中間的な存在だと思います。そもそも足立美術館を20年以上日本一に選出しているのは、アメリカの日本庭園専門誌というマイナーな雑誌に過ぎません。
桂離宮は、まさに日本の造園思想や技術の粋が結集された最高傑作です。ドイツの建築家ブルーノ・タウトをして「泣きたくなるほど美しい」とまで言わしめています。その設計の背景にあるのが月見という伝統です。桂の地は、平安時代から月見の名所として名高く、貴族の別荘が多い土地柄だったようです。桂離宮も、月見の客人を迎え入れ、庭園を回遊させ、書院で宴を行うために設けられたのでしょう。書院からの眺めは、中秋の名月が昇る位置が計算され、池に映り込む月を楽しむ設計がされています。平安時代の国風文化は、自然を愛でる文化ですが、とりわけ月を楽しむ文化だったとも言えます。中秋の名月は中国伝来の慣習ですが、国風文化には、後の名月、十三夜があります。少し欠けた月に風情を感じる、まさに”いとをかし”の世界というわけです。
古書院には、竹で組んだ月見台が設けてあります。ここから、中秋の名月だけではなく、後の名月も愛でたものなのでしょう。宮内庁は、年に一度、中秋の名月の夜、桂離宮観月会を開催しています。桂離宮の観覧は庭園のガイドツアーのみとなっておりますが、観月会の夜だけは月波楼に上がることができます。また、書院には灯りがともされ、一段と風情が増すようです。観月会に参加するためには、平素の観覧と同様に、まずは宮内庁に申し込みます。当然のことながら、抽選があります。問題は、当選人数です。わずか64人とのこと。申込は100倍を超えるようです。一ヶ月以上前には当落が発表されるようですが、遠方からの参加は難易度が高いと言えます。一度、貴族の気分で桂離宮の月を観賞してみたいものですが、まず無理と思うべきなのでしょう。
王朝文化の風情を色濃く残す桂離宮ですが、建造されたのは平安中期から500年近く後のことになります。とは言え、古今伝授まで受けた智仁親王は、王朝文化に生きた人なのでしょう。智仁親王の意向が反映されているとしても、実際の作庭は、長らく小堀遠州が行ったとされていたようです。ただ、現在は遠州の義弟や門下という説が有力とされます。一本の切石を用いた反りのない松琴亭の石橋、すべて角のある切石で組まれた”真の飛石”など、直線を用いるあたりは遠州好みとされます。また、限られたスペースに奥行きを与える遠近法の活用なども、西洋の影響を指摘される遠州らしい作庭にように思えます。素朴な外観の松琴亭では、斬新な市松模様の襖が目を引きます。日本の伝統の集大成のような桂離宮ですが、斬新さも取り入れられているわけです。(写真出典:chukei-online.com)
