2026年10月7日水曜日

マトリョーシカ

初めてロシア料理を食べたのが、いつ、何処だったのか、どうも思い出せません。学生のころから、たまに行っていた札幌のロシア料理店「アンナ」はよく覚えています。アンナが人生初のロシア料理店だったのかもしれません。今でも、アンナで食べたボルシチとピロシキが、私のロシア料理の基本です。残念ながら、アンナは、かなり前に閉店しています。札幌とロシア料理は相性がいいと思うのですが、当時、アンナ以外のロシア料理店は知りませんでした。新潟市には、ロシアへの空路も航路もあります。ロシアへの玄関口と言ってもいいのでしょう。ところが、ちゃんとしたロシア料理店はありませんでした。

さすがに東京には、老舗も含めてロシア料理店はあるのですが、決して多いわけではありません。ロゴスキー、スンガリー、サラファン、ろしあ亭(移転)、ペチカ(閉店)等が有名です。新宿、神保町、浅草に多いように思います。文化的背景があるのでしょう。実のところ、全国にロシア料理店と銘打つ店は100軒程度しかありません。例えば、東京だけで、タイ料理店は500~600店、中華料理店は10,000店を超えるとされます。大国ロシアの知名度や地理的な近さからしても、ロシア料理店は少なすぎるように思います。ロシアの文学、音楽、バレエ、映画といった文化に魅了される人々、あるいは政治的に共感する人々もいるわけですが、文化人に限られ、一般的には、敵国、全体主義、得体の知れない国といったネガティブな印象が強いものと思います。

そうしたイメージがロシア料理店の数にも反映されているのかもしれません。ただ、外国料理店の数は、おおむね在留外国人数に比例するのではないかと思います。同国の人が増えれば、集まる場所も求められ、故郷の味を懐かしむ人も増えるものなのでしょう。法務省によれば、2025年末時点での在留外国人数は412万人です。国別に見れば、香港を含む中国が100万人超と最も多く、以下ヴェトナム68万人、韓国40万人、フィリピン35万人、ネパール30万人と続きます。対して、ロシアは、12,000人に留まります。これはマレーシアと同程度です。東京のマレーシア料理店も、ごくわずかなものです。青山通り沿いの「マレー・アジア・クイジーン」でランチを食べたことがあります。偶然なのでしょうが、私以外の客はマレーシアからの観光客ばかりでした。

日本にロシア人が少ない理由は、歴史的経緯はじめ、いくつか考えられますが、最大の理由は遠い国だからということなのでしょう。広い国土を有するロシアですが、人口は1.4億人に過ぎず、大層は欧州側に集中しています。つまり、スラブ国家ロシアにとって、日本は流刑の地シベリアよりも遠くにある、いわば最果ての国ということになります。しかし、ロシアと最果ての国には面白い関係があります。ロシアを代表する伝統工芸マトリョーシカ人形は、比較的歴史が浅く、19世紀末に生まれています。1900年のパリ万博で好評を博したことから、ロシアの代名詞になりました。実は、マトリョーシカは、箱根土産の七福神の入れ子人形を真似て作られたという説があります。推定ですが、ロシア人修道士が持ち帰り、それがマトリョーシカになったというわけです。

入れ子は、重箱などに使われる効率的な収納方法です。入れ子の七福神は、七体の神様が、コンパクトに収納された縁起物です。つまり、入れ子は収納に関わる技法だと言えます。ところがマトリョーシカは、そうした効用をまったく求めていません。単に、次々と人形が出てくるという面白さだけがウリです。入れ子は、実に馬鹿げた表面的理解をされたものだと思います。最果ての国の文化など、興味もリスペクトもなかったということなのでしょう。”近くて遠い国”と言えば、通常、韓国・北朝鮮を指しますが、ロシアは”最も近くて最も遠い国”と言えそうです。東欧の国ロシアにとって、極東は植民地、利権の草刈場、軍事的緩衝地帯でしかなかったのでしょう。それは、今もあまり変わっていないように思えます。(写真出典:shopping.jtb.co.jp)

小督