「オキナワ・サウダージ」 松林要樹監督 2026年日本 ☆☆☆+
南米移民は、沖縄の歴史と文化の一部です。沖縄の一部自治体は、海外移住した地元民の3世、4世を招待して研修を行うというプログラムを持っています。本作は、ブラジルから参加した二人の研修生を追ったドキュメンタリーです。ブラジルに渡った沖縄県民は、ブラジル人だけでなく、本州系移民者からも差別を受けてきました。ゆいマールの伝統もありますが、団結して生きていくしかなかったわけです。かつてほどではないにしても、若い人たちも厳しい環境にあることは同じです。研修生二人は、沖縄に来て、血縁者に会い、文化に触れ、アイデンティティを強く意識して帰国します。ブラジルからの若い研修生の物語は、実は沖縄の歴史と文化の中核にある血縁の濃さとゆいマールの団結の物語でもありました。監督は、前作「オキナワ サントス」で、日系人のサントス強制退去事件を題材としました。同作は、ブラジル政府による日系人に対する公式謝罪を実現するきっかけの一つにもなりました。ところで、サウダージは世界で最も翻訳が難しい言葉とも言われますが、本作にはピッタリ合っていると思いました。
「ハエ」 フェルナンド・エムケ監督 2026年メキシコ ☆☆☆+
訳あって世捨て人のような生活を送る中年女性が、部屋を貸したことで少年との交流が始まり、再び活き活きとした生活を取り戻すというストーリーです。白黒画面で熟達の映画文法をもって丁寧に作られています。まさに佳作と呼ぶに相応しい作品です。ハエを忌み嫌っていた女性が、ラストではハエにも優しさを見せるようになります。人は人との絆のなかで生きるべきということなのでしょう。フェルナンド・エムケ監督の作品は、高い評価を得ているようですが、地味な作品が多く、日本ではあまり公開されていません。映画界の良心とでも呼びたくなるような監督です。もっと日本でも公開すべきだとは思いますが、セールスは期待できないでしょう。シネスィッチ銀座が閉館した今となっては、日本での上映は、ますます困難になると思います。
「今日が終わるまで」 イェレナ・マクシモヴィッチ監督セルビア・ブルガリア・スロベニア・モンテネグロ・クロアチア・ドイツ 2026年 ☆☆☆☆ー
10月25日、セルビアの議会選挙において、民主化を求めて2年間続いた学生運動の結果として、与党が敗れ、ロシア・中国寄りの独裁者アレクサンダル・ヴチッチ大統領も退任を余儀なくされました。同じタイミングで、セルビアでの学生運動を描いた本作が公開されるという奇跡が起こりました。本作のラストシーンは、学生運動が大衆を巻き込んで国が変わっていくことを示唆するものでした。まさに映画が現実になったわけです。本作は、極めて政治的な映画ではありますが、よく計算されたカメラワークも高く評価されるべきだと思います。カメラの動かし方も見事ですが、特に明暗や光の扱い方が繊細で象徴的です。上映後、監督へのQAがありましたが、映像や照明は、スタッフと議論を重ね、シナリオ段階で細かく計算されていたようです。結果として、新鮮で独特なムードを持った表現主義的とも言える映画になっています。どこか「さすらいの青春(モーヌの大将)」を思い起こさせる青春映画っぽさがあるのは、自伝的な要素を持つ映画だからなのでしょう。
「ワイルド・ホース・ナイン」 マーティン・マクドナー監督 2026年イギリス・アメリカ・チリ ☆☆☆☆ー
「スリー・ビルボード」(2017)、「イニシェリン島の精霊」(2022)のマーティン・マクドナー監督の新作は、ブラック・コメディです。1973年、チリ軍事クーデター直前、休暇でイースター島へ向かったCIAのベテラン工作員2人の物語です。ノスタルジックなセッティングのなかで、舞台出身のマーティン・マクドナーの脚本、特に会話の痛快さがパワフルに炸裂しています。主演のジョン・マルコヴィッチの演技は、ドはまりの一言に尽きます。相棒役のサム・ロックウェルも手堅くマルコヴィッチをサポートします。彼らの上司を演じたのは、コーエン兄弟の映画でお馴染みのスティーブ・ブシェミですが、役柄を楽しんでいるとしか思えませんでした。テーマとしては、CIA とアメリカの民主主義を余命幾ばくかのマルコヴィッチに被せて、揶揄しているのでしょう。これまでのマーティン・マクドナーとは大いに異なる映画ですが、実に良く出来たコメディだと思います。そして、それ以上に大好きなタイプの映画です。ところでナインはどんな意味なのか、まったく不明でした。例によって、監督は何も語っていないようです。アメリカを、奔放な野生馬で構成された野球チームに擬しているようにも思いました。
