2025年8月31日日曜日

「バレリーナ」

監督:レン・ワイズマン 原題:From the World of John Wick: Ballerina 2025年米国

☆☆☆+

ジョン・ウィック・シリーズのスピンオフ作品です。シリーズは、2023年に公開され最大のヒットとなった4作目「ジョン・ウィック:コンセクエンス」をもって完結しています。ただ、どうも5作目も準備されているようです。人気シリーズだけに分かるような気もしますが、終わった話をどう展開するのかと気になります。本スピンオフの主人公は、3作目「ジョン・ウィック:パラベラム」に登場したルスカ・ロマの暗殺者バレリーナです。パラベラムでバレリーナを演じたのは、NYシティ・バレエ団の本物のプリンシパルであるユニティ・フェランでした。今回は、キューバ出身で、スペインで活躍した後、ハリウッドに移ったアナ・デ・アルマスが演じます。

アナ・デ・アルマスは、「ナイブス・アウト」で注目され、ボンド・ガールも務め、「グレイマン」等にも出演しています。2022年には、「ブロンド」でマリリン・モンローを演じ、アカデミー主演女優賞にもノミネートされました。順調にキャリアを積んでいる人気女優だと思います。本作で、あえて超過激なアクションに挑戦したことは、皆を驚かせたのではないかと思います。ただ、演出やカット割りに助けられているものの、アクションのキレがあまり良くないように思いました。ドラマではなくアクションが売りのシリーズですから、少し残念ではあります。本作は、シリーズ4作には到底及びませんが、ある程度ヒットしたので、続編が準備されているようです。続編では、さすがにアナ・デ・アルマスが続投するものと思われます。

ジョン・ウィック・シリーズは、複雑なストーリーは避け、極力キレのいいアクションで見せる映画です。マーベル系とは異なり、ほとんどCGを使わず、リアルな格闘を見せてくれるところが魅力です。とりわけ“ガン・フー”と呼ばれる銃とカンフーを組み合わせたアクションは、ジョン・ウィックの代名詞でもあり、人気の源泉でもあります。ただ、本作では、バレリーナの出自に関する説明をする必要があり、それをいかにこなすかも注目ポイントだったと思います。ストーリーの展開とともに、徐々に、彼女の出自や育ちが明らかになっていくというスタイルも考えられますが、今回は、冒頭から背景となる彼女の世界が一気に説明されています。後半のアクションが連続するシーンのテンポを確保するためだったのでしょう。

とは言え、冒頭から派手なアクション・シーンも展開されています。ただ、どうしても説明的にならざるをえない面があり、緩やかな前半と激しい後半という印象が残ります。加えて、前半のアクションは、ストーリー展開や物語の構図と直結していない面もあり、印象が薄くなります。このあたりが評価の分かれ目なのでしょう。後半のアクション・シーンでは、最もジョン・ウィックらしいと言える一人対大勢という構図が継承されています。オーストリア山中の雪で覆われた村という設定も良かったと思います。アクションも、ガン・フー・スタイルに加えて、火炎放射器での対決という斬新なアイデアも秀逸だったと思います。もっとも、このアイデアは、アナ・デ・アルマスのアクション・スターとしての限界をカバーする意味合いもあったのかもしれません。

ジョン・ウィック・シリーズは、実写版ゲームといった趣きがあります。単純な構図が示されるだけで、あとは戦うだけというわけです。シリーズの背景を構成する要素は、至ってシンプルです。世界中の暗殺組織を統轄するディレクターズ連合、その下部組織で聖域として機能するコンチネンタル・ホテル、同じ下部組織でバレエ団を偽装するルスカ・ロマ、そしてオーストリア山中を本拠とする謎の暗殺カルト集団、以上が全てです。そこに、外から、ロシア・マフィアやシチリアのカモッラが絡みます。一応、シリーズは完結しているものの、シンプルな構図を組み合わせれば、いくらでも続編は作れます。本作でルスカ・ロマの掟に背いたバレリーナの続編は、ルスカ・ロマと謎のカルト双方から狙われるバレリーナという構図が予想できます。(写真出典:ballerina-jwmovie.jp)

2025年8月29日金曜日

白鳥伝説

白鳥に関する伝説は世界中にあるようです。白く大きく優美な姿は、天の使い、神の使いを想起させるのに十分なものがあります。典型的な伝説は、白鳥の姿をした天女と人間が結ばれる羽衣伝説や白鳥処女説話となります。ただ、日本の場合、羽衣伝説は多く存在するものの、白鳥と天女を同一とする話は耳にしません。日本では、白鳥よりも鶴が珍重される傾向が強いように思います。古代日本に伝来した大陸文化の多くは、白鳥が飛来しない中国北部からもたらされたからだという説があるようです。なお、鶴を長寿の縁起物として扱う文化も中国から伝わった文化とされています。

日本で、最も有名な白鳥伝説といえば、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)に関するものということになります。ヤマトタケルは、第12代景行天皇の第二皇子です。古事記と日本書紀では、ヤマトタケルに関する記述に違いがあります。共通する記載だけを見れば、景行天皇は、ヤマトタケルを九州の熊襲成敗に送り出します。熊襲を征したヤマトタケルは、ヤマト王権にまつろわぬ者たちを滅ぼしながら帰還します。続いて天皇は、東征を命じます。伊勢神宮の斎宮である叔母から草薙の剣を与えられたヤマトタケルは、駿河で賊から火攻めにされますが、草薙の剣で難を逃れ、賊を成敗します。この地は焼津と名付けられます。その後、ヤマトタケルは、関東一円を平定し、大和帰還の途につきます。その途上、伊吹山の神と戦い、術をかけられて病を得ます。

ヤマトタケルは、能煩野、ないしは能褒野、いずれにしても現在の亀山市あたりで命を落とします。一旦は埋葬されたヤマトタケルでしたが、白鳥になって飛び立ちます。古事記によれば、白鳥は河内の志幾に留まり、その後、昇天したとされます。日本書紀では、志幾の前に、大和の琴弾原にも降りたったとされています。宮内庁は、亀山の能褒野墓、御所(ごぜ)の白鳥陵、羽曳野の白鳥陵の3ヶ所をヤマトタケルの墓としてます。死後、移動させることは何を意味しているのか、そして、なぜ、その2~3ヶ所が選ばれたのか、不思議な話です。景行天皇の在位は4世紀前半と推定されます。ヤマト王権の勢力は、まだ限定的であり、景行天皇が、九州へ、関東へ、日本書紀によれば陸奥にまで兵を出したことは理解できます。

ヤマトタケルの実在性は議論のあるところですが、近年、ヤマトタケルは個人ではなく兵団を擬人化したものだとする説が有力視されているようです。それも十分にあり得る話だと思います。だとすれば、ヤマトタケルの死や複数の陵墓は何を意味しているのか、大いに謎ということになります。例えばですが、東征に成功した兵団内部に報酬等を巡る反乱が起き、多数の死者を出したことから、解団せざるを得なかったのかもしれません。あるいは、統率していた王族のリーダーシップに問題があって反乱が起きたのかもしれません。いずれにしても、部族連合のリーダーとは言え、まだ政治基盤が脆弱なヤマト王権にとっては、統治上の大問題だったはずです。二度と兵団を構成できなくなる恐れすらあったのではないでしょうか。

ヤマト王権としては、東征に成功したことを全国に周知する必要があり、兵団、あるいは統率者に不名誉な点があったとしても、それを糊塗し、美談化する必要もあったのでしょう。そのために白鳥伝説を創造したとも考えられます。複数の陵墓は、兵の主な出身地だったのかもしれません。その実在性に関わる議論はさておき、ヤマトタケルの伝説は、ヤマト王権初期の権勢拡大と内在する脆弱さを伝える話なのでしょう。日本書紀では、父である景行天皇よりもヤマトタケルに関する記述の方が、量的に多いと聞きます。いまだ政権基盤が弱かったヤマト王権にとって、南征、東征は極めて重要な事業だったわけです。天孫家の特徴として、武力のみで他の部族を制圧するのではなく、巧みな政治力も駆使して権勢を拡大しています。神話も、ヤマト王権にとっては重要な政治手法の一つだったわけです。(写真出典:powerspot-jinja.jp)

2025年8月27日水曜日

「大統領暗殺裁判」

監督:チュ・チャンミン      2024年韓国

☆☆+

1979年10月に起きたパク・チョンヒ(朴正熙)大統領暗殺事件に関わる裁判を題材とする映画です。犯行は、キム・ジェギュ(金載圭)中央情報部長によって行われますが、事前にキム部長の命を受けていた中央情報部秘書官と儀典課長は、大統領警護官たちを射殺します。本作は、秘書官とその弁護をした弁護士をメインに大統領暗殺事件裁判を描いています。秘書官が軍人であったことから、裁判は軍事法廷で行われます。裁判は、同年12月に粛軍クーデターを起こすチョン・ドファン(全斗煥)国軍保安司令官によって、裏から操作されていました。ここ数年続く、保守系を糾弾する映画シリーズの一つと言えます。韓国での公開は、2024年8月であり、保守系のユン・ソンニョル(尹錫悦)大統領が非常戒厳を宣布する以前です。

史実としては、暗殺事件そのものを描いた「KCIA 南山の部長たち」(2020)と粛軍クーデターを描いた「ソウルの春」(2023)の間に位置する映画です。保守糾弾映画ではお馴染みとなった”ファクション”映画、つまり事実に基づくフィクションとされています。事件そのものは事実に則していますが、裁判の内容は、事実かどうか分かりません。争点となったのは、秘書官は命令に従っただけなのか、事件はクーデターだったのか、ということです。熱血弁護士がこれに挑むわけですが、そこにチョン・ドファン(全斗煥)が立ちはだかります。韓国では、チョン・ドファンの悪人ぶり、それに敢然と立ち向かう弁護士という構図だけで大ウケするのでしょうが、ストーリーの展開にブレがあり、やや焦点がぼけてしまったところがあります。

弁護士役、秘書官役を演じた二人の俳優の演技がなければ、この映画は、映画として成立していなかったのではないかと思います。弁護士役を演じたチョ・ジョンソクは、ミュージカル・スター出身で演技力が高く評価されている人のようです。また、秘書官役のイ・ソンギュンは、大ヒットした「最後まで行く」(2014)で注目を集め、アカデミー作品賞を受賞したポン・ジュノの「パラサイト」での演技が国際的にも評価された人です。ただ、2023年、麻薬の不法投薬が疑われ、スキャンダルになります。それをきっかけに韓国芸能界での麻薬問題が社会問題化されます。2023年末、イ・ソンギュンは、公園に停めた車の中で死んでいるのが発見されます。練炭を使った自殺と見なされています。本作が遺作であり、エンドロールには献辞も流されています。

それにしても、韓国の権力闘争の苛烈さには驚かされます。GDPで日本を抜いた韓国ですが、依然として戦時下にある国です。私が、初めて韓国を訪れたのは、1993年のことでしたが、月一回の市民総出の防空演習に出くわしました。また、韓国の地図に南北の国境が描かれていないことにも驚きました。防空演習こそなくなりましたが、依然、兵役義務のある国です。戦時下の国では、軍部が政治に強い影響力を持つことは当然とも言えます。暗殺されたパク・チョンヒ(朴正熙)大統領も、陸軍少将だった1961年、クーデターによって政権を奪取した人です。そもそも500年以上続いた李氏朝鮮も、クーデターによって誕生した政権です。李氏朝鮮は、派閥抗争が絶えず、クーデターも起こっています。クーデターが歴史を動かしてきた国だとも言えそうです。

対して日本でクーデターと呼べるものは、乙巳の変(645年)、本能寺の変(1582年)くらいだと思います。終戦前夜に起きた宮城事件も、クーデター未遂事件とされることがあります。また、「五・一五事件」(1932年)や「二・二六事件」(1936年)もクーデターとされますが、実行者が政権奪取を目指していなかったことから、テロ事件と理解すべきなのでしょう。映画を見ながら、なぜ日本にはクーデターが少ないのか、ということが気になりました。”和を以て貴しとなす”という精神風土、近代では国民間の経済格差が比較的少ないこと、などが挙げられるのでしょうが、実は、天皇制が存続してきたことも、大きく関係しているではないかと思います。(写真出典:eiga.com)

2025年8月25日月曜日

ちりめん山椒

随分と前のことですが、神戸の方から、自分で炊いたという「ちりめん山椒」をいただいたことがあります。京都土産としてお馴染みのちりめん山椒ですが、それまで食べたことがないほどさわやかで美味しく感じました。初めて本当のちりめん山椒を食べた思いがしました。それを伝えると、新鮮な朝倉山椒を使っているからだと言われました。 朝倉山椒は、兵庫県の養父市八鹿町朝倉地区で採れる山椒で、大粒で棘がなく、柑橘系の爽やかな香りとやさしい辛味が特徴とされます。400年前から栽培されており、家康にも献上されたという山椒の最高級品です。

山椒はミカン科の低木ですが、日本原産と言われ、海外では”Japanese Pepper”と呼ばれます。その実、いわゆる実山椒は、ちりめん山椒など炊物に入れたり、佃煮にします。果皮は、乾燥させて粉山椒にし、鰻の蒲焼などの薬味になります。また、七味唐辛子にも入れます。若芽や若葉は、木の芽と呼ばれ、各種料理の添え物として、香りと緑を楽しみます。食べる前に手のひらで叩くと良い香りが広がります。また、味噌と和えて、豆腐に塗れば木の芽田楽になります。実をつけない雄花は、花山椒として、薬味や添え物として楽しみます。四川料理でよく使われる花椒(ホアジャ)と混同されがちですが、異なる植物です。さらに樹皮は乾燥させて漢方薬、保存食として使うようです。枝はすりこぎ棒になるとも聞きます。まさに余すところなく活用されるわけです。

山椒は、同じく日本原産のワサビとともに、和食にはかかせない名脇役です。ただ、ちりめん山椒では、じゃこと並んで主役を張っていると思います。ちりめん山椒は、昔から京都の保存食として存在したという説もありますが、一般的には、宮川町の料理人・晴間保雄から始まったとされます。晴間保雄は、ちりめん山椒を、自宅用、あるいは知り合いへお裾分けにする程度に炊いていたようです。1971年、晴間保雄が病に倒れると、家族が治療費の足しにしようと、家の玄関先でちりめん山椒を売り始めます。当初は、知り合いが買ってくれる程度だったようです。ところがジワジワとちりめん山椒の知名度は広がっていきます。ありふれた材料を使い、さほど手間もかからない料理だったことが拡散につながったのでしょう。

そのことが、晴間保雄の名前を埋没させることにもなりました。ちりめん山椒が知られるようになり、やがては京都名物になっていくと、いつ、だれが始めた料理なのかという疑問が生まれ、ようよう晴間保雄が知られることになったと聞きます。現在も「はれま」の本店は宮川町にあります。高台寺や祇園に支店を持ち、さらには一部デパートにも出店しています。商っているのはちりめん山椒と野菜昆布だけという潔さです。元祖だから美味いということはありませんが、今でも「しののめ」や「やよい」と並んで京都を代表するちりめん山椒として知られます。個人的には、はれまの野菜昆布も大好物です。昆布、れんこん、ごぼう、ちりめんじゃこ、山椒を炊いたものです。甘さを抑え、出汁と素材の味をしっかり利かせた絶品だと思います。

ちりめん山椒の一方の主役であるちりめんじゃこは、イワシの稚魚を塩で煮てから干した物です。天日干しにする際、ゴザに広げた様子が縮緬の生地に似ていることからちりめんじゃこと呼ばれます。じゃことは雑魚がなまった言葉であり、商売にならないほど小さな魚ということなのでしょう。しらすも、同じイワシの稚魚です。東日本で好まれるのは、釜揚げしらす、あるいは軽く天日干しにしたしらす干しです。一方、関西のちりめんじゃこは、かなりしっかりと干した乾物です。乾物と山の幸で炊くちりめん山椒は、海から遠い京都ならではの料理の一つと言えます。(写真出典:harema.co.jp)

2025年8月23日土曜日

百年の孤独(配信シリーズ)

南米を中心にバカ売れしている小説があると聞いたのは大学生の頃でした。ガブリエル・ガルシア・マルケスの「百年の孤独」(1967)です。実際に本を買ったのは、ガルシア・マルケスが1982年にノーベル文学賞を受賞したあとでした。しかし、独特な匂いを醸し出すかのような濃厚な世界は、遅くまで働く会社員が読み進めるにはハードルが高すぎ、結局、途中で断念しました。 2024年、初めて文庫本化されると、ベストセラーになり、ブームの様相まで呈します。一般受けするような本ではないので、驚きました。良いきっかけなので、40年越しの宿題に取り組もうかと思っていたところ、昨年末、Netflixが、初めて「百年の孤独」を映像化しました。シーズン2も予定されているというので、それを待つつもりでしたが、我慢できずに見てしまいました。

「百年の孤独」は、ブエンディア家と架空の町マコンドの百年を描く物語です。それは南米の歴史そのものだと言われます。ただし、史実に基づく叙述ではなく、いわば精神における南米史であり、それも南米の人々にしか理解できないであろう感性に貫かれています。とりわけマジック・リアリズムと呼ばれる現実と幻想が渾然一体となった作風は、ガルシア・マルケス以降、南米文学を代表する特徴にまでなります。「百年の孤独」の映像化に関しては、著名な映画人によるオファーが殺到したにも関わらず、ガルシア・マルケスは全て拒否しています。この長い物語は、映画の枠内に収めることが難しく、またスペイン語以外の言語で映像化されることをガルシア・マルケスが嫌ったからだと言われます。それほどスペイン語は、重要な要素だったわけです。

寺山修司は、1984年、無許可で、舞台を日本に置換えた翻案版「さらば箱舟」を撮っています。寺山のテーマ性からして、「百年の孤独」に深く魅了されたことは理解できますが、舞台を日本に変えた時点で、まったくの別物になっています。今回のNetflix版が可能になった最大の理由は、配信シリーズという新たな映像表現によって長尺さがクリアできたことだと思います。また、監督のアレックス・ガルシア・ロペスは主に配信シリーズで活躍してきたアルゼンチン人ですが、他のキャストもスタッフも全てコロンビア人であり、ロケ地も全てコロンビア、言語は当然スペイン語となっています。まさに、ガルシア・マルケスの意向に沿ったものとなっているわけです。ガルシア・マルケスは、10年前に亡くなっていますが、版権を持つ息子たちが映像化を許可しました。

文学作品の映像化は限界があるものです。原作にインスパイアされた別物と考えるべきなのでしょう。しかし、本作は、かなり高いレベルで原作を映像化できていると思います。映像化にあたり、再現すべきものと捨てるべきものとの峻別が潔く出来ていると思います。美しい映像が伝える濃厚な空気感、キャストが醸し出すリアルさ、ナレーションの使い方の見事さ等もありますが、最も感心したのはテンポです。原作の持つ独特なテンポが再現されているように思います。そのテンポが、他の要素と相まって、独特な没入感を生んでいます。ガルシア・マルケスが、マジック・リアリズムを用いて表現したかった精神性を忠実に映像化することは難しいとしても、この南米的とも言える独特なテンポこそがシリーズの成功の鍵を握っているように思います。

「百年の孤独」は、アントニ・ガウディのサグラダ・ファミリアを思わせるものがあります。人、物、出来事の意味するところを読み解いていく楽しみにあふれていますが、それを簡単に許すような作品でもありません。恐らく”孤独”の意味するところを深く感じることこそ、作品の理解につながるのだと思います。ブエンディア家の人々の孤独、マコンドの孤独、そして南米の孤独。ガルシア・マルケスは、南米の悲しい歴史は、孤独の成せる業だと言っているように思えます。孤独が、いかにして持ち込まれ、いかにして人々を蝕み、いかにして社会を崩壊させていったのか。原作では、かすかではありますが、南米の再生への道が示されます。そこまで行かないとこの名作の映像化は意味を成さないと思います。シーズン2が待ち遠しいところです。(写真出典:cinemacafe.net)

2025年8月21日木曜日

ラジオ体操

子供の頃、夏休みの朝はラジオ体操で始まりました。近所の公園などに集まって行います。カードが渡され、参加すると、毎朝、スタンプが押されます。夏休み明けに学校へカードを持っていくと、皆勤賞として鉛筆か何かをもらえたように記憶します。気持ち良いとか、爽やかとか、と思ったことはありませんし、好きでもありませんでした。朝、たたき起こされて参加するわけですから、張り切って参加するようなものでもありませんでした。ただ、体操自体が嫌いだったわけではありません。ラジオ体操は、よくできたストレッチ運動であり、体操の授業や部活の始まりでもやっていました。問題は、体操そのものではなく、早朝、集合して体操させられることです。 

自由参加といいながら、半ば強制的、義務的というインチキぶりが嫌いでした。後知恵ではありますが、偽善的、全体主義的な匂いがしたわけです。爽やかさを押しつけてくるラジオ体操の歌も、アナウンサーの声も好きになれませんでした。もっとも、眠いので嫌だったという面は否定できませんし、子供時分から、みんなで明るく的なものが苦手だったこともあります。ラジオ体操は全体主義の道具だと言い切ったのはGHQでした。もっとも、問題にされたのは満州でのラジオ体操の強要でしたが、戦後の一時期、ラジオ体操は中止されます。1980年代末に至り、アメリカの中西部で、そのことを思い出しました。円高が進み、日本メーカーの直接進出が盛んになり、毎週のように、どこかで日本のメーカーの工場がオープンしていた頃のことです。

親会社が米国に出れば、下請会社もついて行かざるを得ません。日本の地方から中西部に進出した自動車部品メーカーを訪問した際、日本人の社長が、アメリカ人も、誠意を持って向き合えば、我々の文化を理解してくれると、感慨深げに語っていました。その工場では、ほぼ完璧に日本式の工場運営を持ち込んだというのです。朝礼を行い、ラジオ体操をして、小集団活動も行っているとのことでした。最初はとまどっていた現地従業員も、今では喜んで参加していると言うのです。日本のものづくり文化は正しかったと言わんばかりの社長さんに、それは単なる勘違いですよ、とは言えませんでした。当時、どん底にあったアメリカの労働市場では、給料を払ってくれれば何でもする、というムードがありました。給料を倍にすると言えば、君が代だって歌ったと思います。

この種の行事では、主催者側と参加者側の意識のギャップは大きくなりがちです。ただ、全体主義的な印象はあるものの、ラジオ体操は軍部が発明したものではありません。1928年(昭和3年)に、逓信省簡易保険局が、昭和天皇即位を祝う事業の一環として始めています。なぜ簡保局かというと、国民の健康増進に関わるからでもありますが、きっかけとなったのが簡保局の監督課長がアメリカ視察の際に見聞したラジオ体操だったからです。世界初のラジオ体操は、1922年、ボストンで放送されています。監督課長が見聞したのは、メトロポリタン生命が提供していた番組だったようです。日本での放送開始から2年後の1930年、神田万世橋署の児童係だった面高叶巡査が呼びかけ、子供たちが集まりラジオ体操をする会がスタートします。諸説ありますが、どうやらこれがラジオ体操会の起源のようです。

それは、太平洋戦争へと続く満州事変が起こる1年前のことでした。ラジオ体操、ラジオ体操会、いずれの起源にも軍部は関与していません。ただ、満州事変以降、戦時体制が強化されていくなかで、全体主義的には重要な役割を果たしたのではないでしょうか。放送開始から100年近く経った今、ラジオ体操会はどうなっているのか調べてみました。近所に限っての話ではありますが、開催している町内会は少なく、開催している町内でも期間は1週間程度に限定しているようです。コロナ禍が転機となったのだと思います。想像するに、参加者は、子供たちよりも、高齢者の方が多いのではないでしょうか。(写真出典:nagasaki-np.co.jp)

2025年8月19日火曜日

USS コンスティテューション

日本でもクルーズ客船の人気が高まっているようです。私の周囲にも、行ってみたいと言う人が増えました。私は、退屈するに決まっているので乗りたいとは思いません。移動と宿泊がセットで効率的と言いますが、移動に時間が掛かりすぎるとも言えます。食事、エンタメ、アクティビティが充実し、かつオールインクルーシブでお得と言いますが、数日で飽きると思います。大きいとは言え閉鎖空間なので、息が詰まり、よほどの社交好きでもなければうっとしいはずです。しかも波が穏やかな日ばかりではありません。いずれにしても、クルーズ旅の本質は、のんびり、ゆっくりすることなのでしょう。それを目的にできない人は行くべきではないと思います。

と言いながら、過日、気になる広告を目にしました。新造された大型帆船による豪華クルーズです。その船で旅をしたいとは思いませんが、乗ってはみたいと思いました。そもそも帆船が好きで、特に19世紀以前の帆船には強く惹かれます。旅先に記念艦があれば、必ず乗船します。記念艦は、博物館船とも呼ばれ、保存・公開されている歴史的価値の高い艦船を指します。世界三大記念艦とされるのは、横須賀の「三笠」、英国ポーツマスの「ヴィクトリー」、そして米国ボストンの「コンスティテューション」です。いずれも軍船です。歴史的価値、あるいは保存体制といった観点から、記念艦は、おのずと軍船が多くなるのでしょう。日露戦争のおり、日本海海戦で活躍した三笠は蒸気船ですが、他は18~19世紀に活躍した帆走軍船です。

1797年就役の「USS コンスティテューション」、愛称「オールド・アイアンサイド」は、ボストン港の海軍施設に停泊し、一般公開されています。ボストンの観光名所フリーダム・トレイルのポイントの一つでもあります。USS(United States Ship)と付くだけあって、アメリカ海軍の現役艦であり、航行可能な就役艦船では世界最古とされます。アメリカを象徴する船として大事にされ、大きな記念式典などにも登場します。3本マストに砲数44門というフリゲート艦ですが、当時の標準的なフリゲートよりも大型だったようです。フリゲートは、帆船の等級を表します。2層、3層の砲列甲板を持つ大型の戦列艦に比べ、フリゲートの砲列甲板は単層で、より小型でより高速な軍船でした。哨戒、護衛、通商破壊等を主な任務としました。

コンスティテューションは、1812年に勃発した米英戦争で大活躍しています。当時、無敵とされた大英帝国海軍を相手に、5隻の軍船を大破・捕獲し、多くの商船を捕獲します。厚さ178cmというオーク材の側板、44門の砲を支えるための筋交いは、敵の砲弾をはじき返し、無傷のままだったといいます。それを見た英国の水兵たちは、コンスティテューションを「オールド・アイアンサイド」と呼びました。建国間もなく貧弱な海軍力しか持っていなかった米国のフリゲートが、世界一の海軍を次々と破っていく様に、国民は喝采を送ります。こうして、コンスティテューションは米国海軍の誇りとなり、国民に勇気を与えた伝説のフリゲートになったわけです。1830年、コンスティテューションは退役しそうになりますが、圧倒的な国民の声によって再建、再就役しています。

しかし、ほどなく蒸気船と鉄鋼船の時代がやってきます。コンスティテューションは、幾度か廃船の危機を迎えますが、やはり国民の声によって乗り越えます。今でも、コンスティテューションは、アメリカ人が最も愛する船であり続けています。それにしても、「憲法」という大仰な船名にはいささか驚きます。コンスティテューションと同時に建造された他のフリゲートの船名も「ユナイテッド・ステイツ」となっており、実に立派なものです。ほとんど軍船を持っていなかった新興国の思いが詰まった船名なのかもしれません。その後の米国海軍の船名には人名が多く使われています。ちなみに、日本は、伝統的に、軍船に人名を付けることはしません。その理由は、明治天皇が沈没した際の悪影響を懸念したためとされます。(写真出典:en.wikipedia.org)

川上