2026年8月12日水曜日

秘仏

東京国立博物館で、弘法大師生誕1250年を記念する「空海と真言の名宝」展を見てきました。明らかに、今年の夏の最高最大の展覧会だと思います。真言宗最高の法会とされるのは、正月に東寺で行われる秘儀「後七日御修法(ごしちにちみしほ)」です。かつては宮中で行われていた玉体安穏・鎮護国家等を祈念する法会です。後七日御修法を執り行うのは18寺院で構成される真言宗各派総大本山会、通称真言宗十八本山です。今回の展覧会は、この十八本山が中心となり、国宝15点を含む名宝の数々を出展しています。なかでも興味深かったのは秘仏7点の展示です。寺を訪れても拝めない秘仏の数々を間近に見ることができました。 

秘仏とは、一般には公開されていない仏像を指します。ただ、年に一度、あるいは数年、場合によっては数十年に一度、一般公開されることもあります。これは”ご開帳”と呼ばれ、多くの参拝客が押し寄せます。普段は拝めない仏様だけに、ありがたさも一段と増すわけです。20年毎に行われる伊勢神宮の式年遷宮では、その翌年がお陰参りと呼ばれ、御利益が最も大きいとされます。同じような仕組みです。そもそも信心の拠り所として安置される仏像を非公開にすることは、大きな矛盾だと思います。不思議なことに、非公開にすること、あるいは開帳時期の設定に関して、納得できる理由が語られることは、ほぼありません。まさか、たまに公開することで盛り上げようというわけでもないでしょう。希に保存のためにという説明もあります。これは理解できます。

一切開帳されない絶対秘仏もあります。善光寺の一光三尊阿弥陀如来像、東大寺二月堂の十一面観音像、浅草寺の聖観世音菩薩像などが有名です。善光寺のご本尊は、1400年前、天竺から百済経由で伝わった日本最古の仏像とされます。ご本尊が絶対秘仏とされたのは7世紀中葉のことであり、ご本尊のお告げによって秘仏化されたと伝わります。7年に一度開帳されますが、ご本尊ではなく、代わりとしての前立本尊が開帳されます。境内には、前立本尊から五色の紐で結ばれた回向柱が立てられ、触れると来世の幸せが約束されると言います。隅田川で網に掛っていたという浅草寺の聖観音像も、ご自身のお告げによって絶対秘仏とされています。東大寺の十一面観音像は、天竺の補陀落山から来た生身仏ゆえ、人目に触れさせることが出来ないほど尊いとされます。

聖徳太子の等身大立像とも伝えられる法隆寺夢殿の救世観音像も、かつては絶対秘仏でした。ところが、明治17年、日本の美術界に多大な貢献をしたアーネスト・フェノロサと岡倉天心が法隆寺を訪れ、救世観音像の開帳を要求します。寺側は、絶対秘仏ゆえ開帳できない、開帳すれば天変地異が起こり、寺は潰れるかもしれないと頑迷に抵抗します。フェノロサと天心は、文部省の調査委員という立場でもあったので、最終的には政府の命令書をもって強引に開帳させました。廃仏毀釈の苦い記憶が残る寺側も、政府命令には従わざるを得なかったのでしょう。ただ、救世観音像の開帳は、我が国美術史最大の発見ともなりました。優美な姿とアルカイック・スマイルをたたえる救世観音像は、飛鳥時代の最高傑作とされ、国宝に指定されています。

海外にも秘仏に類したものがあるようですが、多くは何らの理由で隠されたものだそうです。どうも、秘仏という発想は、日本に特有な信仰の形と言えそうです。秘仏が登場するのは平安期であり、神道の影響から生まれたという説があります。古来、日本の神々は姿を現わすものではありませんでした。6世紀に仏教と仏像が伝来すると、その影響を受けて、神道にもご神体という発想が生まれたようです。ただ、姿を見せないのが神だったので、ご神体も人目に触れないように神社の奥の奥に安置されます。今度は、これが、仏教に影響を及ぼし、秘仏が誕生したというわけです。神道と仏教の相互作用だとすれば、確かに秘仏は日本固有の信仰だと言えます。今回展覧会で公開された秘仏のなかに、国宝としては最小と言われる仁和寺の薬師如来坐像があります。その細工の見事さは驚異的であり、私でも秘仏にしたくなります。(写真出典:tnm.jp)

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