2026年8月8日土曜日

京の喫茶店

マドラグ
修学旅行で京都へ行った際、今はなきJAZZ喫茶の名店「しぁんくれーる」を訪れた話は、先にも書きました。その日の夜、三条の「イノダコーヒ本店」にも行きました。閉店の時間が迫っており、走っていったのを覚えています。イノダコーヒ(コーヒーではありません)へ行った理由は、フォーク・シンガー高田渡の「コーヒー・ブルース」に登場するからです。私は、JAZZやR&B派だったので、フォーク・ソング、とりわけポップ化した吉田拓郎やかぐや姫などは毛嫌いしていました。ただ、岡林信広などのプロテスト・ソング系は気になるところがありました。高田渡を知ったのは「自衛隊に入ろう」(1969)からです。強烈な皮肉が込められた歌ですが、防衛庁が応援歌と勘違いし、またこの曲に触発されて入隊した人までいたようです。

「コーヒー・ブルース」は1971年の曲です。高田渡の曲調は、民青系の直截なプロテスト・ソングから、日々の生活を素朴に歌う平和主義的なものに変わっていました。自分も、民青系を嫌っていたので、好感が持てました。70年安保闘争が終わり、反政府というよりも反ファシズムという流れの中での平和主義はベターな選択だと思われました。「三条へ行かなくちゃ 三条堺町のイノダってコーヒー屋へね」で始まるコーヒー・ブルースは、好きな女の子とコーヒーを少しばかり、というたわいもない歌です。当時、ファシズムに対抗する一つの手段は、我々がチャランポランに生きることなのではないか、と思っていたこともあり、なんとなく染みる歌でした。イノダコーヒ本店へ向かう際、皆でコーヒー・ブルースを歌いながら走ったことを覚えています。

イノダコーヒは、1940年、画家でもあった猪田七郎がコーヒーの卸売を始め、1947年にコーヒー・ショップを開いています。イノダのコーヒーは、あらかじめ砂糖が入っていることが特徴です。私は、普段、コーヒーに砂糖は加えませんが、イノダに限っては、濃いコーヒーと甘味を楽しんでいます。また、いつの頃からか、イノダのモーニングが人気となりました。今は大行列状態が続きます。イノダに限らず、京都には歴史のある、あるいはレトロな喫茶店が多くあります。文化の街、学生の街らしい光景ですが、ちゃんと贔屓筋が付いているからこそ、という話でもあります。京都で人気のレトロな喫茶店と言えば、フランソワ、ソワレ、築地、あるいは六曜社などが知られています。もっと地味でレトロな喫茶店も多くあります。チロルなどもその一つでしょう。

私のお気に入りは、二条の「マドラグ」です。2011年開店ですから、比較的新しい店ということになります。しかし、前身は1950年代から半世紀続いた「喫茶セブン」であり、ご主人が亡くなったために休業中だった店を居抜きでマドラグは開店しています。1950年代のモダニズムを強く感じさせる店内は、私にとって居心地の良さNo.1です。ちなみに、店名はブリジット・バルドーがサントロペに持っていた別荘の名前から付けたようです。京都へ行った際には寄せてもらっていたのですが、ある時、困ったことが起きました。閉店した洋食店コロナの名物・玉子サンドイッチを継承することになったのです。確かに、分厚くてフワフワのサンドイッチは絶品ですが、これを目当てに人が押し寄せるようになったのです。その後も何度か行ってみましたが、行列ができており、まったく入れません。玉子サンドイッチは、別な形で継承して欲しかったと思います。

最近の画一化された”カフェ”の流行には馴染めません。スターバックスは、家でも職場でもない第三の(居心地の良い)場所を目指していましたが、今は混み合うスーパーマーケットのような場所になっています。ただ、街でよく見かけるチェーンのカフェに入ることはあります。それはコーヒーの味や店の雰囲気が目当てではなく、ひたすらタバコを吸うためです。長居する人が多いなか、私はコーヒーを飲んで、タバコを2~3本吸ったら店を出ます。かつての喫茶店は、味や雰囲気に個性があり、それを共有することで文化の象徴的存在となっていました。全国の街には、いまだにそういう喫茶店が残っているのでしょう。東京にも、しぶとく残っています。しかし、文化としての喫茶店が最も多く残っているのが京都だと思います。(写真出典:kyoto.graphic.co.jp)

京の喫茶店