2026年7月13日月曜日

甘唐辛子

私の夏の朝食の定番は、洋食系ではサルサ・ドッグとガスパチョの組合せ、和食系では茗荷ご飯とししとうの炒め物をメインに、塩鮭、味噌汁、漬物といった献立です。茗荷ご飯は、刻んだ茗荷に出汁醤油をふり、温かいご飯にかけて食べます。ししとうは、ごま油で炒め、日本酒をふりかけ、最後に香り付け程度に焦し醤油をまぶします。ししとうは、他にも、味噌炒めや焼き浸しも作りますが、朝はこのシンプルな醤油炒めがもっぱらです。夏の朝食として、山形の出汁、宮崎の冷汁などを好んで食べていた時期もありましたが、ここ15年ほどは、ほとんど茗荷とししとうです。

ししとうは、京都のタキイ種苗が獅子唐辛子を改良して作ったと聞きます。獅子唐辛子は、甘唐辛子の一種で、実の先が獅子の頭に似ていることから命名されたようです。ただ、どこが獅子の頭なのか、さっぱり分かりません。ししとうは、完熟すると赤く色づくようですが、その前に摘んで食べているわけです。唐辛子は、アマゾン川流域が原産とされ、南米では古代から食されてきたようです。唐辛子が南米を出たのは、15世紀末のことです。コロンブスが持ち帰ったわけですが、驚異的だと思うのは、それが世界中に伝播するスピードの速さです。折しも大航海時代を迎えていたことが最も大きな要因ではありますが、唐辛子自体がそれほど魅力的な食材だったとも言えるのでしょう。

日本へ伝来したのは16世紀半ば頃とされます。伝来ルートについては諸説あります。唐辛子の”唐”は、ダイレクトに中国を指すのではなく、海外という意味です。唐辛子は、南蛮とも呼ばれます。やはり、ポルトガル船によって、鉄砲など共に伝えられたのでしょう。当初は、観賞用、あるいは保温材として使われていたようです。甘唐辛子の栽培の歴史ははっきりしませんが、安土桃山末期から江戸初期だったのではないか、とされています。甘唐辛子のなかで最も古い栽培の歴史を持つのは、京の伝統野菜・伏見とうがらしだと聞いたことがあります。江戸初期の文献に登場するようです。京野菜と言えば、万願寺とうがらしが有名ですが、これは大正末期の舞鶴あたりで、伏見とうがらしと大型ピーマンが交雑してできたようです。万願寺は、私の大好物です。

ピーマンは、明治の頃、日本に伝わり、普及したのは戦後のことでした。敗戦直後、政府は厳しい食糧統制を行っていましたが、ピーマンは対象になっていなかったので、急速に栽培が広がったようです。ピーマンは、フランス語のペッパーに相当するpiment(ピモン)から来ているとされます。和製外来語なので、ピーマンは日本でしか通用しない言葉です。例えば、アメリカではグリーン・ペッパー、フランスではポワヴォン・ヴェールとなります。アメリカでスペイン語の借用語として定着したPimiento、ないしはPimient(ピメント)をフランス語読みしてピーマンになったという説もあります。ピーマンは、熱帯アメリカ原産ですが、アメリカで改良されてピーマンに、さらにオランダで改良されてパプリカになっています。

夏は甘唐辛子の季節とも言えます。旬の食材は、新鮮で安いだけでなく、美味しく、かつ栄養価が最も高い状態で食べることができます。甘唐辛子類には、ビタミンCの疲労回復効果、βカロテンの抗酸化作用と免疫力維持、ビタミンEの抗酸化作用、カリウムの塩分排出効果などが期待できます。夏にこそ食べるべき野菜とも言えそうです。また、ししとうは、食物繊維が豊富過ぎて、食べ過ぎに注意する必要があるようです。一日に10本程度にしておかないと腹痛を起こしかねないとされます。私は、一度に20本以上食べますけど、お腹を痛めたことなどありません。(写真出典:delishkitchen.tv)

甘唐辛子