2026年6月29日月曜日

「シラ-ト」

監督: オリベル・ラシェ       2025年スペイン・フランス

☆☆☆+

(ネタバレ注意)

これは、現代版イージー・ライダーなのだと思いました。イージー・ライダーは、1960年代アメリカの価値観の揺らぎを映像化したわけですが、本作は、現代社会の揺らぎをテーマとしているように見えます。実に政治的なロード・ムービーですが、レイブやEDM、あるいは砂漠と大型車といった要素を、違和感なく一体的に表現している点が新しいと思います。本作は、カンヌ国際映画祭で監督賞を獲得するなど高い評価を得ています。監督のオリベル・ラシェは、パリで生まれたガリシア人です。ガリシアは、スペインで最も西に位置する自治州であり、ガリシア語はじめ独自の文化を持つことで知られます。それは、監督の世界を見る冷静な目や感性に影響しているように思えます。

レイブは、1980年代のイギリスから始まっています。遠隔地や廃墟など非日常的な場所に、レイヴァーと呼ばれる人々が自主的に集まり、朝まで熱狂的に踊り続けます。管理されたビジネスそのものであるフェスやディスコを否定し、人里離れた場所でトランス状態に入るということは、どこか宗教的な印象すら受けます。ただ、実態は単なる現実逃避であり、60年代のカウンター・カルチャーに比べれば、思想性に欠ける単なるドロップアウトのようにも思えます。映画では、レイヴァーになるべく家を出た娘を探す父親と息子が、モロッコのレイブに現れます。父子は、伝統的な価値観、あるいは家族という人間が持つ本性の象徴なのでしょう。父子は、次のレイブ・ポイントへと向かうレイヴァーのグループに同行することになります。

ドロップアウトした人間とは言え、レイヴァーのグループも一つの家族です。二つの家族は、厳しい砂漠の道を共に進んでいきます。さらに悲劇に襲われることによって、二つの家族は一体化します。見た目は違えども、同じく連帯を求める人間性が表現されているのでしょう。そして、ここに異質な要素が登場することになります。国家や戦争の象徴としての地雷原です。レイヴァー二人が犠牲になります。父親だけが無事に地雷原を渡りきります。どうやって渡れたのかと聞かれた父親は「無心に歩いただけだ」と答えます。これが、この映画のキー・ポイントなのでしょう。政治システムに対する人間性の勝利というわけです。ラスト・シーンで貨車に乗って沈んだ顔をしているのは、失ったものゆえか、システムに依存する自分を嘆いているのか、判然としません。

という風に図式的に見ることもできるわけですが、この映画の最大の魅力は、鳴り響くEDMと自然主義的な演出が相まって生み出される今日性やリアリティなのだと思います。ロードムービーの伝統を踏まえつつも、新たな表現を実現したとも言えそうです。キャストのほとんどは、レイブでスカウトされた素人だと聞きます。実に見事なスカウトだったと思います。皆、いい味を出しています。主役の一人とも言える音楽は、ベルリンを拠点に活動するDJカンディン・レイのオリジナルであり、いくつかの賞も獲得しています。砂漠の風景も主役の一人だと言えます。撮影はモロッコとスペインで行われたようです。モーリタニアのレイブ・ポイントを目指す一行は西サハラを進んでいきますが、そこは、いまだに西サハラ紛争が継続されている地域でもあります。

西サハラ紛争は、西サハラの領有を巡るモロッコ、モーリタニア、そしてサハラ・アラブ民主共和国を建国したポリサリオ戦線の争いです。19世紀からスペインの植民地となっていた西サハラですが、20世紀半ば、モロッコとモーリタニアが領有を主張します。スペインが手を引くと、両国が分割統治しますが、アルジェリアやリビアの支援を受けたポリサリオ戦線が、独立を目指す戦闘を1976年から開始します。国連や周辺国家等によって、幾度も停戦や紛争終結が図られてきましたが、いまだに解決しておらず、戦闘も散発しています。近年では、イスラエルを承認したモロッコに対して、トランプが西サハラ領有を認めたことで、混乱は深まっています。西サハラ紛争は、植民地主義が引き起こした問題の一つですが、現代の国際政治が直面する課題を象徴している面もあります。そこを映画の舞台に据えた本作の意図の濃さを感じます。(写真出典:eiga.com)

「シラ-ト」