2026年1月7日水曜日

「落下の王国」

監督: ターセム・シン  原題:The Fall  2008年インド・イギリス・アメリカ

☆☆☆

本作は、4Kデジタル・リマスター版ですが、劇場公開されると大ヒットとなりました。凝りに凝った映像や石岡瑛子の美しい衣装が、口コミで広がったということなのでしょう。無声映画時代に活躍したバスター・キートンやスタントマンに捧げるファンタジーといった趣きを持ちます。撮影で大けがをしたスタントマンと骨折した移民の少女の病院内での交流、そしてスタントマンが少女に語り聞かせる物語が同時進行するスタイルです。物語に登場する人物は、病院や少女の家族が働く果樹園の人々です。よく出来たプロットだと思いますが、1981年のブリガリア映画「ヨー・ホー・ホー」が原作となっています。オリジナルは、タイトルから分かるとおり、主人公の二人が物語のなかで海賊になる映画だったようです。

監督は、インドのパンジャブ州の出身ですが、カリフォルニアで学んだ後、CMやPVの製作で名を成した人です。本作の映像の凝り方やキレの良さも十分に理解できるところです。撮影は、4年をかけて24ヶ国で行われたとされます。監督は、CM制作を請け負う際、本作のロケ候補地の仕事だけを選び、現地スタッフを使って本作用の撮影を行い、場合によっては、キャストをそこに呼んでまで撮影したようです。リアリティにこだわり、CG等は一切使われておらず、少女のセリフも、ほぼ台本がなく、彼女の自然な反応に任されていたようです。そのこだわりには頭が下がりますし、映像の素晴らしさも納得できます。ただ、残念なことに、映像の美しさと演出が化学反応を起こすこともなく、ドラマとしては凡庸になってしまいました。

AIの時代だからこそ、実写にこだわった本作がヒットしたという面があるのかもしれません。ロケに使われたインドの遺跡はじめ、訪れたことのある場所も多く、懐かしく見ました。ただ、大いに違和感も感じました。いくつかの遺跡の都合の良いところ、あるいはフォトジェニックな場所を切り取って、つぎはぎしているので、遺跡を知っている者にとっては違和感を感じてしまうことになります。遺跡によっては、挿入映像だけというものもありました。また、遺跡でのドラマ撮影には制約もあったのでしょう。やや無理な演出もあります。要するに、ドラマの展開を考えれば、実写だからすべて良いとも限らないわけです。むしろ、遺跡にインスパイアされたセットやCGの方が、映画的には正解なのではないかとさえ思います。

また、本作には、蝶のアメリカン・エキゾチックをはじめとして多くのモティーフが散りばめられていますが、処理し切れていない印象も受けます。エンドロールで延々と続く無声映画のアクション・シーンもトゥー・マッチな印象を受けました。要は、監督の思いつきが多く、映画としては準備と覚悟が足りないように思います。PVやCMの製作現場は監督の思いつきで回るところもあるのでしょうが、映画はそうも行きません。CM出身の映画監督は多数おり、見事な映画も製作されています。本作に限っては、数年にわたって、CM撮影のついでに断続的な撮影を重ねたことで、ドラマとしては散漫なものになったのかも知れません。結果として、監督の好きな映像や思い入れだけが先行して、観客を置き去りにしているような印象すら受けました。

衣装の石岡瑛子は、言わずと知れた日本を代表するアート・ディレクター、デザイナーです。1970年代には、パルコのポスターなど商業デザインで一世を風靡しますが、その後、拠点をNYに移して国際的に活躍しました。1987年には、マイルス・デイビスの「TuTu」のジャケット・デザインでグラミー賞、1993年には、フランシス・フォード・コッポラの「ドラキュラ」でアカデミー衣裳デザイン賞も獲得しています。ターセム・シン監督とは、本作を含む4作品でコラボしています。監督の求める映像美との相性は良く、さすがと思わせる印象的な衣装になっています。今でも、デザインやCMに携わる人々の間では伝説の人であり、本作がヒットした大きな要因も石岡瑛子にあるのでしょう。(写真出典:eiga.com)

日本国王良懐