基本的には、もち米を蒸してついた(搗いた)ものが餅であり、うるち米の粉を練って作るのが団子です。うるち米を粉にしたものが上新粉であり、団子の他に草餅や柏餅、あるいはういろう(外郎)の材料にもなります。米粉には、他にも様々な種類があります。もち米を水挽きして作ったのが白玉粉であり、キメが細かく、白玉や大福の皮になります。もち米を単純に乾燥させて作るのがもち粉であり、求肥の材料になります。また、もち米とうるち米をブレンドして作るのがだんご粉です。米粉に限らず、小麦粉はじめ様々な穀物の粉を使って、あるいは混ぜて作ったものも団子と呼ばれます。近年では、丸く成形したものすべてが団子と呼ばれる傾向もありますが、新潟では、小麦を材料としたものは、厳密に”小麦団子”と呼ばれています。プライドを感じさせます。
餅の起源は、古すぎてはっきりしません。稲作が伝来して以降、様々な米の食べ方がなされてきたのでしょうが、餅の始まりに関しては、考古学上の蒸し器の発見で判断されています。蒸し器は、主に東日本で出土し、6世紀頃のものとされています。なぜ東日本なのかはよく分かっていません。また、蒸し器は、ハレの日に使われていたものと推定されています。理解できる話です。世界中のフェスティバル・フードは、おおよそ調理に手間暇のかかる代物と決まっています。正月の餅は、いまだにフェスティバル・フードの定番であり続けているわけです。正倉院に残る文献には、数多くの餅料理が記載されているようです。蒸し器の登場から200年程度で、餅の食べ方がヴァラエティ豊かになったのは、古代から餅が人気の食べ物だったことを証明しています。
一方、団子の起源は、神への供物として作られた”しとぎ(粢)”だとされています。しとぎは、穀物をしばらく水に浸し、柔らかくしてからついて作ります。蒸していないだけで、作り方は餅と同じです。熱を使っていないことが供物として重要なのかもしれません。蒸し器を使わないことから、餅よりも古くから存在していたのではないかという説もあります。青森県東部と岩手県北部にまたがる旧南部藩領一帯には、ハレの日に作られる“豆しとぎ”という伝統菓子があります。青大豆を煮てから潰し、米粉と砂糖を入れて練った生菓子です。団子の原型が、そのまま残っている例なのでしょう。文献上の団子の初出は、平安中期の”新猿楽記”だとされます。南北朝の頃までには、竹串に刺したものも含め、ほぼ現在と変わらぬ団子のラインナップが登場していたようです。
新潟は餅が自慢であり、それを焼いた米菓も名産品です。一方、新潟の団子と言えば、名物・笹団子ということになります。上新粉ともち粉をブレンドしてよもぎを練り込んだ生地で餡子を包み、笹の葉で上手に巻いてあります。笹の葉には殺菌効果もあるようですが、その爽やかな香ばしさがたまりません。冷たくなったら必ず温め直して、その香りを楽しむべきです。しかし、新潟の団子の実力を実感できるのは”きんぴら団子”だと思います。要は、餡子の代わりに金平ごぼうが入っているわけです。新潟駅からは少し離れますが、夕栄町の「さわ山」で買って、すぐに食べてもらいたいものだと思います。上新粉の生地は、感動的なほどキメが細かく、中にぎっしり詰められた金平ごぼうの甘塩っぱさとの相性は、最高としか言いようがありません。(写真出典:the-niigata.jp)
