ナシの原産地は中国の天山山脈の麓あたりとされています。そこから世界に広がり、日本ナシ、洋ナシ、中国ナシに別れていったようです。発掘調査によって、ナシは先史時代から食べられていたことが分かっています。英語の”pear”の語源は、セム語系の”果物”だと言いますから、その歴史の古さをうかがい知ることができます。ちなみに、日本語のナシの語源ははっきりしていないようです。いずれにしても中国由来なのでしょう。また、リンゴも古い歴史を持ちますが、ナシよりは新しい果物のようです。しかし、栽培の歴史はリンゴの方が古く、現在でも世界的なリンゴの生産量はナシの3倍以上になるようです。リンゴがナシに優る点としては、栽培適地が広い、栽培が容易、追熟が不要、長期保存できる、といったあたりなのでしょう。
ナシは、日照時間の長い火山灰土や砂地でよく育ちます。世界的には中国の生産量が多いようです。和梨に関しては、千葉県、茨城県、栃木県、福島県が、不動の上位となっています。土壌や天候も適しているのでしょうが、ナシが日持ちしないことから、大消費地東京に近いことも大きな要因だと思います。かつては、鳥取県が第1位だった時代があります。和梨と言えば二十世紀梨が圧倒的シェアを誇る時代が続きました。鳥取は二十世紀梨の名産地です。二十世紀梨は、1888年、松戸市のゴミ捨て場で、13歳の少年が、偶然、発見した品種です。育てることが難しく、少年が見つけた苗木から果実を得られるまで10年もかかったようです。1904年、鳥取県で栽培が始まると、気候と土壌が適していたことから、一躍、鳥取名物にまでなりました。
洋ナシが日本に伝わったのは明治初期のことでした。明治政府の肝いりで輸入され、三田育種場で苗木が栽培され、各地に配布されたようです。三田育種場は、官営種苗会社であり、後に民間に払い下げられています。現在の港区・三田にあり、日本の近代農業始まりの地とも言われます。ただ、洋ナシは栽培が難しく、しかも収穫直後は固くて不味かったため、生食は普及しせず、栽培も広がらなかったようです。一時期、関西で輸出用に栽培されていたことがあったようですが、主な生産地は、東北、長野へ移っていきます。洋ナシに転機が訪れたのは1970年頃とされます。追熟の技術が広まったためでした。追熟とは、収穫後に果物が甘さや柔らかさを増すことです。動物による種子散布の時期を分散させるという果物の戦略です。
追熟は、デンプンが糖化するプロセスですが、エチレンガスが深く関わっているようです。適温・適湿に保たれた倉庫にエチレンガスを入れて追熟されます。店頭に並ぶル・レクチェは追熟後とは言え、流通に関わるリードタイムが織り込まれ、完熟前の状態となっています。つまり、食べ頃の判断は消費者に委ねられるわけです。他にもバナナやメロンといった追熟果実はありますが、ル・レクチェは完熟の判断が難しく、かつ食べ頃はアッという間に過ぎ去ります。また、注意すべきは、冷蔵庫で保管すると追熟がストップすることです。今回は、あえて完熟前に食べてみました。適度な固さを残す食感は、甘さと良くマッチしていました。完熟など待つ必要はないと思いました。甘味が強いという今年の作柄ゆえのことかもしれませんが、他の追熟果物でも試してみようと思います。(写真出典:ja.wikipedia.org)
