監督:ジェームス・キャメロン 2025年アメリカ
☆☆☆
本作は、アバター・シリーズの3作目となります。1作目「アバター」は2009年に公開され、世界的大ヒットを記録し、いまだに歴代興業成績の実額第1位の座を保っています。もっともインフレ調整後の歴代興業成績では「風と共に去りぬ」に次いで第2位となっています。また、2作目の「アバター:ウェイ・オブ・ウォーター」も実額で第3位に付けています。アバターが大成功を収めた最大の理由は、未体験の斬新な映像にあったと思います。アバターによってVFXは新次元に突入したと言えます。とりわけ、俳優の細かな表情や動作をモーション・キャプチャーでデータ化し、CGと組み合わせて作られたキャラクターは、実にリアルで活き活きとしており、造形上の違和感を超えて、あるいは、そのギャップもあってか、人々を魅了しました。興業成績でアバターに並ぶスター・ウォーズも、当時としては斬新な映像で人々を驚かせました。とは言え、1970年代は、特殊メイクやウェザリング(汚れ加工)といった手作りのSFX(特殊効果)の時代でした。対してアバターは、コンピューター処理を前提とするVFX(視覚効果)の技術が結集されています。ただ、ジェームス・キャメロンがアバターの着想を得た1990年代には、VFXやCGの技術が十分ではなく、撮影開始まで10年以上待たされたと聞きます。1作目から2作目(本作もほぼ同時に撮影されています)までも随分と時間がかかっていますが、やはり技術的な問題をクリアする必要があったようです。特に水中でのモーション・キャプチャー撮影が課題だったようです。VFXは、莫大な製作費も大きな壁になっていたようです。
アバターの魅力は、ゲーム世代を魅了する映像技術に他ならないと言えます。ただ、別な言い方をすれば、観客はアバターの世界観や思想性に惹かれているわけではないとも言えそうです。スター・ウォーズの世界は、比較神話学に基づくサーガが基本構造となっています。アバターには、物語のテーマが持つ普遍性や深みがありません。監督としては、家族愛や今日的な環境問題をテーマとしているのでしょうが、十分に深掘りされているわけではなく、結果、映画は映像技術に依存したエンターテイメントの域に留まっています。本作の162分という長さも必要性に乏しく、正直なところ、途中で飽きてしまいました。ディテールに関する作り手の技術的な思い入れの強さが、映画の長さにつながっているように思えてなりませんでした。
本作で最も新鮮に感じたのは、マンクワン族とそのリーダーであるヴァランの登場です。マンクワン族は、同じナヴィ族ながら、生命をネットワークする女王エイワを拒絶する集団です。ヴァランは、マンクワン族を統率するツァヒク(巫女)です。同じナヴィ族ながら、善の象徴である主人公たちとメトカイナ族に対して悪の象徴であるヴァランとマンクワン族という対立構図が投入されたわけです。ここに地球人のRDAが加わり、物語は深みを増していくのかと思いました。結果的には、単純で、ひどくありきたりな勧善懲悪構図に留まっています。どうも、ジェームス・キャメロンの思惑は、アバターの世界観を掘り下げることではなく、あくまでも最新の技術力を用いた映像で人々を驚かすことにあるようです。
高度な技術で作られるアバターですが、ヴァランの登場も含めて、マーベル化が進んでいるようにも思います。また、アバター製作に関わる技術、時間、コストを、AIが易々と超えていくのは時間の問題のようにも思います。アバターは、既に4作目の製作に入っており、5作目も視野に入っているようです。続編の公開は、本作の興行成績如何であると、ジェームス・キャメロンは語っているようです。アバター・シリーズは、希代のヒット・メイカーであるジェームス・キャメロンのこだわりと情熱から生まれています。この先も、映画産業が、そのこだわりを許容するかどうかは微妙なところです。いまや、ジェームス・キャメロンの難敵は、VFX技術や出資者ではなく、AIなのではないかと思います。(写真出典:eiga.com)
