2026年7月17日金曜日

前世

ダライ・ラマ14世
30年も前のことですが、北京の前門劇場へ京劇を観にいった際、記憶に残るほど強烈な既視感、いわゆるデジャブュを感じました。デジャブュを記憶していることなどありませんが、この時だけは特別で、これ以降にデジャブュの記憶などありません。もっとも、デジャブュは、年齢とともに感じることが無くなるようですから、歳のせいかもしれません。それと、あれはデジャブュだったのかと疑問に思う点もあります。というのも、前門劇場のデジャブュは、単なる既視感ではなく、祖父と一緒に来たことがあるという漠然としたイメージも浮かんだのです。さらに言えば、もともと京劇は好きだったのですが、それ以降、妙に懐かしさを感じるようになりました。京劇の歌唱など意味も分からないのですが、とても懐かしく思え、かつ、常に祖父のイメージが浮かびます。

祖父とは外祖父のことです。教員だった祖父は、日露戦争に砲兵として従軍したことがあり、それが唯一の海外経験だったと思われます。京劇が好きという話は一度も聞いたことがありません。戦争の話も一度も聞いたことがありません。経験がベースでないとすれば、京劇やその独特な歌唱がアジア系DNAに働きかける何かを持っているのかもしれません。あるいは、私の前世の記憶の断片、とでも考えるしかありません。輪廻は、バラモン教、ヒンドゥー教の根幹を成す思想であり、仏教やジャイナ教にも引き継がれます。また、転生、リーインカーネーションは、世界各地でも見られる思想です。転生を明確に否定しているのはイスラム教だけとも聞きます。もちろん、輪廻や転生は非科学的です。非科学的とは、まだ人間が解明できていないという意味もあるわけですが。

世界には、前世の記憶を持っているという人が多く現れてきました。しかし、科学的に検証すると、本から得た知識、他人から聞いた知識がほとんどだったようです。突然、外国語を話すという事例も多いようですが、フランス語のように聞こえるだけでフランス語ではないというケースばかりだったとのこと。全てを否定することはできないかもしれませんが、おおよそ思い込み、勘違いの類いだと言えます。私の京劇に関する懐かしさという感情も、なんらかの記憶が交錯して生まれているのでしょう。それにしても、輪廻や転生といった死生観が古くから存在し、今も、それなりに支持されているのは、何故なのかということが気になります。多くの信仰や宗教が、死への恐怖に基づいて成立していることに関係しているのだろうと思います。

仏教の輪廻は苦しみであり、現世で功徳を積むことによって輪廻から解脱できるとされます。死後に起こることを明らかにしつつ、現世での生き方を諭しているわけです。一方、転生の多くは、身体は滅びても魂は不滅であるという思想です。ある意味、不死の発想であり、死の恐怖を軽減する効果があるわけです。転生と言えば、チベットのダライ・ラマを思い起こします。ダライ・ラマは、チベット仏教最高位のラマであり、観音菩薩の化身とされます。かつては、政治の最高権力者でもありました。ダライ・ラマが亡くなると、転生して、どこかで生まれ変わります。高僧たちは、各種占いを行い、様々な兆候を読み解き、転生したダライ・ラマを探すことになります。候補者を見つけると、高僧たちは本当の転生ダライ・ラマか否かを確認するために、いくつかのテストを行います。その一つは、前世の記憶の確認なのだそうです。

催眠療法の一つに退行催眠があります。催眠状態で記憶をさかのぼることで、トラウマやコンプレックスの原因を明らかにし、心理的な安定を得るという手法です。その際、しばしば前世の記憶が現れるようです。ただ、多くは虚偽の記憶や誤った記憶とのことです。なかには、反論が難しいケースも存在するらしいのですが、だからと言って前世や転生を証明しているわけでもありません。誤った記憶であっても、精神状態が回復するのであれば意味があるのでしょう。1970年代に始まるオカルト・ブームを機に、80年代以降、前世ブームが起きています。また、漫画、アニメの世界では転生ブームが続いているとも聞きます。しかし、転生は、ファンタジーのジャンルとしては定番なのでブームと言うべきかどうかは疑問です。常に前世の人気が高いということは、いつの世も現世に不満を持つ人が多いということなのでしょう。(写真出典:britannica.com)

前世