シンガポール名物の一つにホーカー・センターがあります。ホーカーとは屋台のことであり、それが多く集まったホーカー・センターは、いわば公設のフードコートのようなものです。様々な国の様々な料理屋が軒を並べています。どれも魅力的で、大いに目移りしました。昼食を食べに行ったのですが、すっかり気に入り、翌日の夜、レストランの予約をキャンセルしてまで出かけました。値段は安く、まずまずの味だったように記憶します。ただ、一つ気になったことは、台北やバンコクのナイト・マーケットが持つアジア的雑踏や熱気に欠けることでした。シンガポールは、かつてリー・クアンユーが築いた管理社会で知られます。社会統制の傾向がまだ色濃く残っており、ホーカー・センターにもそれを感じたということなのでしょう。
一方、IT大国・台湾のナイト・マーケットは、実に賑やかで大盛り上がりです。市内最大の士林夜市、B級グルメ天国の寧夏夜市、胡椒餅に行列ができる饒河街観光夜市等が有名です。いわゆる小吃(シャオチー )のオンパレードにアドレナリンが出まくりでした。胡椒餅はじめ、牡蠣のオムレツ蚵仔煎、巨大フライド・チキン雞排、定番の各種麺線類、台湾名物の魯肉飯等々、いずれも美味しく大満足でした。特に、士林夜市で食べた鶏肉飯(ジーロウファン)は、大のお気に入りになりました。日本の台湾料理店のメニューに、魯肉飯はあっても、鶏肉飯を見かけることはほぼありません。何故なのか、不思議なところです。いずれにしても、夜ごとの激しい競争を勝ち抜いてきたB級グルメは、どれも美味しいに決まっているわけです。
東南アジアのナイト・マーケットの賑わいは、日中の暑さ、夕涼み(冷房普及率の低さ)、共働き世帯の多さ等が背景にあるのでしょう。これは理解できる面があります。加えて、家で食事を作らないという文化には、住宅環境の悪さ、労働時間の長さ、冷蔵庫の普及率の低さ等も関係しているのでしょう。ただ、一番大きな要因は外食のコスト・パフォーマンスの良さだと聞きます。分かったような分からない話です。確かに屋台では、店舗コストや人件費の低さ、食材の大量仕入れによって安く食事することができます。と言っても、同じものなら家で料理した方が断然安上がりなはずです。東南アジアにおける屋台の歴史は古いようですが、かつては、都市部でもさえも、大多数が家で食事を作って食べていたのではないかと思います。
事実、夜市の隆盛は、東南アジア各国の経済成長が始まった20世紀後半から起こったと聞きます。外食文化も、都市化の進展が背景にあったものと考えます。つまり、都市部の労働者、とりわけ地方から流入してきた労働者の多くが、住環境はじめ劣悪な生活環境に置かれており、屋台での食事に頼らざるを得なかったということなのでしょう。アジア各国のGDPの伸びは著しいものがあり、2024年の一人当たりGDPにおいて日本は第7位にまで順位を落としています。台北などでは、経済が発展し豊かになったものの、すっかり定着した外食文化だけは継続されたということかもしれません。また、バンコクなどでは、富が偏在し、低所得者層の生活環境は依然として厳しいということなのかもしれません。(写真出典:arukikata.co.jp)
