「虚空への説教」 ヒラル・バイダロフ監督 2025年アゼルバイジャン・メキシコ・トルコ ☆☆
映画というよりも観念的な映像詩といったところであり、現代アートの作品そのものだと思いました。映像には見たこともないような電子的加工が加えられていました。哲学的でも、宗教的でもあるような詩がナレーションとして流れます。アゼルバイジャン出身の監督は、数学の天才であり、コンピューター・サイエンスを学んだ後、ハンガリーのタル・ベーラ監督に師事して映画を学んだといいます。数々の賞も獲得しているようです。映像の加工処理は、彼の経歴が反映されているのでしょう。この映画の上映で一番すごいと思ったのは、観客の我慢強さです。誰一人途中退席することなく最後まで見ていました。
「The Ozu Diaries」 ダニエル・レイム監督 2025年アメリカ・日本 ☆☆☆+
世界的名声が高い日本の映画監督といえば、黒澤明、溝口健二などともに、必ず小津安二郎の名も挙げられます。小津人気の特徴は、映画監督たちからの評価が高いことだと思います。一般市民の家庭を舞台に、親子の姿を淡々と静かに描き、かつ行間から情感を浮かび上がらせるという小津調は見事なものだと思います。しかし、それ以上に、監督たちが魅せられているのは映画文法の完成度の高さなのだと思います。映画のなかで、小津の大ファンとして知られるヴィム・ヴェンダースが「東京物語」のラストの素晴らしさを解説しています。言われてみれば、確かに、これ以上ないほど完璧な仕上がりだと思えます。本作は、小津が残した日記、近しかった人々のインタビューで構成され、小津の人生と映画を浮き彫りにしたドキュメンタリーです。今後、映画製作を志す人々にとって、良い教科書の一つになっていくのでしょう。ちなみに、小津の映画製作にとって、日中戦争への従軍経験が大きなウェイトを占めていことも知りました。
「パレスチナ36」 アンマリー・ジャシル監督 2025年パレスチナ・イギリス・フランス・デンマーク ☆☆☆+
パレスティナ問題の原因は、大英帝国の二枚舌、三枚舌にあるとされます。その通りですが、問題の根源はシオニストの強引な移住、国家樹立運動にあります。第二次世界大戦後、英国が統治権を放棄すると、国連で分割案が採択されます。ユダヤ人はこれに賛成しイスラエルを建国しますが、アラブ側はこれを拒否します。我が家に武装した他人が入ってきて分割だと言うのですから、当然の対応です。実は、国連決議に先立つ1936年、アラブ側のゼネストに応じて結成された英国のピール委員会が分割案を提示しています。映画は、その前後のパレスティナを描いています。アンマリー・ジャシル監督はパレスティナを代表する映画監督です。パレスティナ問題をテーマとすれば冷静ではいられないはずですが、映画は抑制の利いたタッチで描かれています。しかし、客観的であろうとするためかややインパクトに欠け、複数の視点からストーリーを展開したことで焦点がぼやけた面もあります。映画は、ガザの同胞に対する連帯のメッセージで終わっています。なお、本作は、今年のグランプリを獲得しました。やはり、ガザで進行するジェノサイドへの批判が込められているのでしょう。
「死のキッチン」 ペンエーグ・ラッタナルアーン監督 2025年タイ ☆☆+
スタイリッシュなサスペンス・ホラーです。奇妙な味の小説系とも言えます。ミステリーの世界では、料理と殺人の相性はとても良いのですが、料理をメイン・プロットにすることは極めて困難です。本作は、ひねったアプローチをしていますが、やはり無理がありました。しかし、次々と繰り出されるタイ料理は、その調理プロセスも含めて、実に魅力的でした。タイ料理が食べたくなりましたし、バンコクに行きたくなりました。監督の料理へのこだわりは半端じゃないなと思いました。
「囚われ人」 アレハンドロ・アメナーバル監督 2025年スペイン・イタリア ☆☆☆
監督の才能を感じさせる出来になっています。ミゲル・セルバンテスが、ドン・キホーテを書く遥か以前、アルジェで俘虜生活を送っていた時代が描かれています。その5年間については、4回逃亡を企てたという記録が残るのみで、詳細は不明とのこと。そこをフィクションで埋めようという作品です。話のうまいセルバンテスが人々に語る物語と現実が交差するというプロットが巧みに展開されています。天才肌で知られる監督は、様々な賞も獲得しています。最も印象に残る作品と言えば、「バニラ・スカイ」としてハリウッドでリメイクもされた「オープン・ユア・アイズ」(1997)ということになります。また、「海を飛ぶ夢」(2004)は、スペインの安楽死政策を変えるきっかけになったことでも知られます。監督は音楽の才能も豊かで、本作のスコアも担当しています。実は、本作の上映中、画面がブラック・アウトするという珍しい事故がありました。トラブル回復後には最後まで上映されましたが、料金は全額返還されました。
