2025年11月8日土曜日

Tokyo Film 2025 (2)

「マゼラン」 ラブ・ディアス監督 2025年ポルトガル・スペイン・フランス・フィリピン・台湾  ☆☆☆☆

フィリピンの巨匠ラブ・ディアス監督の新作は、フェルディナンド・マゼランの半生を描いています。ディアス監督と言えば、スロー・ムーヴィー、モノクロ、タガログ語、長尺といったイメージがありますが、本作は、大分異なります。上映時間も165分であり、普通なら超長尺ですが、ディアス監督としては随分と短くなっています。しかし、ディアス監督らしさは、見事なまでに失われていません。航海の日々やセブ島での布教と死が、絵画的なフレームのなかで淡々と描かれます。モルッカ諸島を目指していたマゼランですが、なぜかセブ島での布教活動に入れ込みます。それが高圧的になりすぎたことで、謀殺されます。マゼランが発見したアジアへの西回り航路は欧州にとって極めて有益でした。しかし、マゼランがフィリピンにもたらしたものは何だったのか。ディアス監督は、冷静な目線でそこを見ているように思いました。

「黒い神と白い悪魔」 グラウベル・ローシャ監督 1964年ブラジル ☆☆☆+

ブラジル最高の映画監督とされるグラウベル・ローシャ監督が26歳で撮った作品です。低予算の荒削りな作品ですが、フランスのヌーヴェルヴァーグと連携していたという監督の作風がストレートに出ています。伝統的なドラマが構成されているわけではなく、映像による散文詩といった風情です。白黒の印象的なショットが監督の才能を感じさせます。舞台は1940年代ブラジルですが、60年代の不安定な政治状況が反映されています。作品がリリースされた1964年は、クーデターによって軍事政権が始まった年でもあります。ドラゴンを倒したことで知られる聖ジェルジオ(ゲオルギオス)は民衆の善政への期待を象徴し、山賊カンガセイロは革命を、そして暗殺者アントニオ・ダス・モルデスは反革命を表しているのでしょう。これらの要素は、監督がカンヌで監督賞を受賞した「アントニオ・ダス・モルデス」へと継承されます。

「人生は海のように」 ラウ・ケクフアット監督 2025年台湾 ☆☆☆

マレーシア版の「お葬式」といった風情の作品です。脚本家・新藤兼人の名言「誰でも一本は傑作を書ける。自分の周囲の世界を書くことだ」を思い出します。恐らく監督自身の経験がベースになっているのでしょう。台湾で働くマレーシア出身の華人が、父親の葬式のために帰郷した際の出来事が描かれています。福建省からマレーシアに移住してきた華人の4世代に渡る歴史がスケッチされます。多民族国家マレーシアでは、華人が24%を占めます。しかし、華人たちは、大層を占めるマレー人に抑圧され、肩を寄せ合って生き抜いてきたのでしょう。世代とともに、状況にも意識にも変化が生じるわけですが、依然、家族の団結は強いものがあります。それは世界中の華人に共通しているとも言えます。マレーシアの華人家族を台湾風の温かいタッチで描くという一風変った趣きを持つ映画です。

「マスターマインド」 ケリー・ライカート監督 2025年英国・米国  ☆☆☆☆+

本作は、米国インディペンデント映画界の第一人者でミニマリスト監督として知られるケリー・ライカートの新作です。結論から言えば、これほど端正な姿をした映画はなかなか見られないと思います。最良の映画文法が隅々にまで行き渡っています。文法の教科書のようでもあり、映画制作を志す人は必ず見るべきだと思います。もちろん、文法は表現のための手段であって、それだけで映画が成り立つわけではありません。本作がテーマとするのは、1960年代カウンター・カルチャーの甘さなのではないかと思います。ぬるま湯に浸かった中産階級の子弟の甘さからは、個人と集団の関係というライカートこだわりのテーマも見えてきます。あるいは、アメリカの豊かさの象徴でもあった中産階級、特にインテリ層の功罪を問うているとも言えます。ライカートは、それをあえて突き放すような冷静さをもって描いています。モダン・ジャズによる古典的な劇伴、美術館の心地よさ、アーサー・ダヴの絵画、舞台がお馴染みのオレゴンではなくニュー・イングランドであることも、すべてが見事に計算されています。

「飛行家」 ポンフェイ監督 2025年中国 ☆☆☆ー

笑いあり、涙あり、家族愛が詰まった大衆娯楽映画です。昭和の頃、松竹や東宝がお正月向けに制作していた映画に通じるものがあります。会場には、多くの中国人が詰めかけており、拍手喝采を送っていました。夢をあきらめなかった主人公は、現代中国における大衆の歴史にも重なっているのでしょう。我々には理解できないのですが、時代を感じさせるモティーフが多く登場していたものと思われます。恐らく、多くの中国人にとっては、共感と勇気を与える映画なのでしょう。中国共産党の覚えもめでたい映画だと想像します。

ヤシの木にプール