「蜘蛛女のキス」 ビル・コンドン監督 2025年アメリカ ☆☆☆
1982年、アルゼンチンの軍事政権はフォークランド戦争で英国に敗れ、翌年には民政への移行が行われます。本作は、その前後を舞台とするミュージカル仕立てのファンタジーです。原作は、アルゼンチンの作家マヌエル・プイグ作の小説であり、映画化もされ、ミュージカルにもなっています。民衆を守る代わりに生け贄を要求する伝説の蜘蛛女とは、南米における民主主義の象徴なのでしょう。多重的に構成されたプロットが面白いと思いました。往年のハリウッド・ミュージカルばりの歌も踊りもセットも見事です。ジェニファー・ロペスの魅力も満開です。ディエゴ・ルナはキャシアン・アンド-にしか見えませんが、革命家の役としてはさすがの存在感を見せています。トナティウは見事な演技力を見せつけています。総じて高水準の映画だと思います。ただ、何をやりたかったのか判然としない映画だったとも思います。
「マタドール」 ペドロ・アルモドバル監督 1986年スペイン ☆☆☆+
当時、37歳だったアルモドバルが、その名を世界に轟かすきっかけとなった問題作です。アバンギャルドで、ロマンティックで、スリリングな映画です。いつもの自然主義的なアルモドバル映画ではありません。アルモドバルの青臭い意気込み.そして殺人と性欲というテーマが時代を感じさせる映画です。しかし、それらを超えて、アルモドバルの構想力の高さと映画文法のセンスの良さが光る映画でもあります。若き日のアントニオ・バンデラスはじめ、スペインの名優たちが魅力的な演技を見せています。今やネットでも見ることができない旧作を観れて良かったとは思うのですが、東京国際映画祭が、なぜ、この作品をワールド・フォーカス部門で取り上げたのか不思議でした。どうやら、今年のヴェネチア国際映画際でレストア版が上映され、話題を集めたからということのようです。
「ガールズ・オン・ワイヤー」 ヴィヴィアン・チュウ監督 2025年中国 ☆
ヴィヴィアン・チュウは、中国における女性の立場を描いて、高い評価を得ている監督だそうです。若くして米国へ渡り、美術史を学んだ後、映画製作を志して中国に戻り、第6世代を代表するディアオ・イーナンの作品等を製作しています。2013年には自ら監督業に進出します。本作は、彼女の長編3作目となります。端的に言えば、今年最悪の作品でした。テーマへの思い入れや掘り下げが不十分で、かつ最大の問題は基本的な映画文法が欠如していることです。それは、観客を無視していると言われてもやむを得ない問題です。第6~7世代の監督作品の模倣のようですが、レベルが違い過ぎます。中国における女性の立場を訴えたいというねらいは分かりますが、検閲逃れも含めて、もっと練り上げるべきです。高い評価を得たくて焦っているような印象を受けました。
「ポンペイのゴーレム」 アモス・ギタイ監督 2025年フランス ☆☆☆+
イスラエル出身の高名なドキュメンタリー作家である監督が、ポンペイのローマ遺跡で自ら演出した舞台を記録した映画です。ゴーレムとは、ユダヤ伝承の泥人形です。動けるのですが、意志はなく、守り神にも、厄災にもなり得ます。ロボットの原型のようなものなのでしょう。16世紀のプラハで、ゴーレムを作ってユダヤ人を迫害から守ったラビのユダ・レーヴの話がベースとなっています。前衛的な集団朗読劇でもあり、音楽劇でもあります。各々のアイデンティティを尊重し合えば、戦争は起きないはずだと訴えています。中東で続く戦争に対して、心で抵抗するのだという強い意志が伝わります。印象的なプロローグ映像に続き、舞台が映し出されますが、カメラは、ほぼ動きません。映像として評価すべきなのか、舞台として評価すべきなのか、悩ましいところではありますが、少なくとも強い印象を残す舞台ではありました。
