2025年10月26日日曜日

「ハウス・オブ・ダイナマイト」

監督:キャスリン・ビグロー      2025年アメリカ

☆☆☆☆ー

ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞にノミネートされたキャスリン・ビグローの新作は、一部劇場での上映を経て、Netflixで配信されました。その緊張感あふれる展開は、彼女がアカデミー賞を獲得した「ハートロッカー」(2008)、あるいは「ゼロ・ダーク・サーティ」(2012)や「デトロイト」(2017)に通じるものがあります。実にキャスリン・ビグローらしい映画だと言えます。映画は、突然、米国目がけて発射されたICBMの着弾予想時刻までの19分間を、政府と軍の対応を中心に3つの視点から描いています。3つの視点が意図するものは理解できますが、やや区分の明瞭さに欠けるように思いました。性格的には密室映画とも言えますが、十分以上に映画的広がりも確保されています。

映画は、他国のICBM発射を補足した際の米国政府や軍のプロトコールをかなり正確に反映しているようです。全ての対応が予め定められたマニュアルに沿って粛々と進められ、それを支える軍備や通信等のテクニカル・サポート体制も見事なものです。にも関わらず、そこではテクニカル・ミスやヒューマン・エラー、あるいは不測の事態も生じます。また、マニュアル化されているとは言え、報復攻撃を行うかどうかという最終判断は大統領に委ねられています。しかも時間は限られています。耐えがたいほどのプレッシャーのもと、大統領は逡巡することになります。今さらながら、個人が世界の終焉を判断できるのか、あるいはその判断を個人に負わせていいのかという疑問に寒気を覚えました。人類は、少なくとも2度、核戦争勃発直前という危機を経験しています。

1962年のキューバ危機、1983年のスタニスラフ・ペトロフ中佐の事案です。キューバ危機では、ケネディ大統領とフルシチョフ書記長の核戦争を回避するという意志が世界を救いました。ソ連防空軍のペトロフ中佐は、監視衛星が発したミサイル攻撃警報を受けますが、これを誤警報と判断します。このマニュアルや権限を逸脱した中佐の行動が世界を救いました。しかし、人間の判断がいつも核戦争回避へ傾くとは限りません。核軍備の増強は、核抑止力という危うい幻想の上に成り立っています。核抑止力の本質は、報復攻撃という脅しです。しかし、脅しが常に有効とは限らず、その場合、マニュアル上は報復攻撃の応酬が始まり、人類は滅亡の危機へと向かいます。映画のなかに”報復しないことが降伏なら、報復することは自殺です”というセリフがありました。実行すべきではない脅しの上に成立する核抑止力の危うさが端的に語られています。

東西冷戦下における核戦争のリスクは、アメリカとソ連という二ヶ国の問題であり、リスクは大きいものの、ある意味、単純な構造だったと言えます。現在、核兵器不拡散条約(NPT)が認める核兵器保有国はアメリカ、ロシア、イギリス、フランス、 中国の5ヶ国ですが、NPTの枠外で核兵器を持つとされるのがインド、パキスタン、イスラエル、 北朝鮮の4ヶ国です。この4ヶ国は、核抑止ネットワークの外にあるわけですから、現状、核戦争のリスクはより複雑で危険な状況にあると言わざるを得ません。映画でも、断定はしていないものの、突如として発射されたICBMは北朝鮮のものであり、ロシアも中国も事前には知らされていなかったという設定になっています。爆薬であふれた家の発火リスクは、意図的、偶発的を問わず、一層高まっているわけです。

本作は、人々が逃げ惑うパニック映画でも、個人の頑張りで世界が救われるといったヒーロー映画でもありません。核抑止力というアイロニカルで危うい理論を真っ正面から捉えていると言えます。政治、戦争、社会問題をテーマとするキャスリン・ビグローの映画は、骨太でありながら、テンションの高さからエンターテイメントとしても成立しているのだと思います。彼女の元夫は、希代のヒット・メーカーであるジェームス・キャメロンです。アバターとタイタニックは、歴代興業成績の1位、2位を占めています。この二人が夫婦だったとは信じられないほど作風が異なります。ちなみに、2009年のアカデミー賞は、この二人のハートロッカーとアバターの戦いとなり、キャスリン・ビグローが勝利しています。(写真出典:imdb.com)

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