2025年6月16日月曜日

冷夏

北山崎のやませ
ここのところ冷夏という言葉を聞いていません。さらに、冷害に至っては、耳にすることすら希になりました。冷夏は2014年以来途絶えており、記録的な冷夏としては1993年までさかのぼるようです。その年、日照不足と長雨から稲作は大打撃を受け、米不足は”平成の米騒動”と呼ばれるパニックを引き起こします。店頭から米が消えるという事態を受けて、政府は備蓄米の全て23万tを放出しますが焼け石に水であり、タイ、中国、アメリカから259万tを緊急輸入します。輸出したタイ国内も米不足に陥り、米価が高騰したと言います。ただ、ブランド米指向が高まっていた国内では、輸入米が思ったようには売れず、国産米との抱き合わせ販売が横行するなどの問題も起こりました。

1993年冷夏の最大の原因は、1991年に起きたフィリピンのピナツボ山の大噴火だと言われます。20世紀最大の噴火であるピナツボ山大噴火は、大量の大気エアロゾル粒子を成層圏にまで吹き上げました。その後1年をかけて拡散したエアロゾルは、成層圏に硫酸エアロゾル層を形成し、地球全体を覆うことになります。結果、太陽光が遮られ、地球の気温は0.5度押し下げられました。冷夏の主な原因は火山だったとしても、米騒動の背景には人為的要素もあったようです。バブル期を通じて、消費者のブランド米指向が高まり、寒さには弱くても高く売れる品種への植付転換が進んでいたようです。また、政府の減反政策によって専業農家が減り、丁寧な米作りがされなくなっていたとも言われます。そこへ冷夏が襲ってきたわけです。

昨今、TVは、連日、米の価格、政府の備蓄米に関するニュースを流しています。令和の米騒動といったところなのでしょう。昨年の天候不順が価格高騰を招き、転売目的の買い占めが横行したことで米不足が生じました。ついには政府も備蓄米を放出するに至りました。備蓄米を放出したにも関わらず、消費者の手元にはなかなか届かず、米の価格も下がらなかったことから流通経路が批判されることになりました。備蓄米放出が入札方式だったことにより、価格への影響が弱まり、9割をJAが入札したことによって流通のスピードも遅くなったと指摘されています。小泉農水大臣が随意契約方式を打ち出し、評価されていますが、入札方式を選択した自民党の体質、JAの存在意義も検証されるべきだとは思います。また、転売に関する規制も強化されるべきでしょう。

備蓄米放出に関連し、その味も話題になっています。新米とは大いに異なるとは思いますが、貯蔵技術が進んだ昨今では、通常、小売店で買っている米と大差なのではないかと思います。昔の農家は新米を食べなかったという話を聞いたことがあります。農家は、飢饉に備えて自家用の米を1年分くらい備蓄してあり、新米を収穫すると、それを備蓄に回し、前の年の備蓄米から消費していったというのです。先入れ先出し方式です。幾度となく冷害に苦しめられてきた歴史のなかで生まれた知恵なのでしょう。気候変動の激しい時代にあって、この方式を国全体で採用できないものかと思います。一部、ブランド米の新米などは高価で取引される市場があってもいいのですが、全体として先入れ先出し体制を運用できれば、供給も価格も安定化できるのではないでしょうか。

北日本の太平洋沿岸には「やませ」という言葉があります。やませは、春から夏にかけて吹く冷たい北東風のことです。張り出したオホーツク海高気圧が、親潮の上を通ることで冷やされ、やませが発生するとされます。やませがもたらす冷害は、東北地方に飢饉をもたらし、幾度か都市部の米騒動の原因にもなったと聞きます。寒さに強い稲や栽培方法の開発によって、やませによる冷害は克服されてきたようですが、近年では、海水温の上昇によって、やませそのものの発生が減っているとも聞きます。ちなみに、山を越えたやませは日本海側にフェーン現象をもたらします。かつて北海道は、その冷寒な気候ゆえ、稲作不毛の地、あるいは道産の米は不味いと言われていました。近年、品種改良が進み、北海道産の米の評価は高まってきました。それも、多少は地球温暖化が関係しているのかもしれません。(写真出典:vill.tanohata.iwate.jp)

冷夏