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上海老飯店 |
中国では、長い歴史を誇る店を「百年老店」と呼ぶようです。百年とは、創業100年以上ということではなく、単に長い歴史を持つという意味なのでしょう。北京など古い歴史を有する街には数多く存在するのでしょうが、比較的歴史の浅い上海にも存在します。例えば、同じ豫園商城には小籠包発祥の店として知られる「南翔饅頭店」があります。30年前に訪れた時も大行列に並んで食べましたが、今も長蛇の列が絶えません。創業は1900年とされますが、前身となった南翔の店から数えると150年の老舗ということになります。同じ頃、上海老飯店も創業しており、やはり150年の歴史を誇ります。歴史ある店は、変わることのない顧客の支持があったことを示していますが、激動の中国現代史を考えれば、生き残っただけでも賞賛に値すると思います。
ことに文化大革命のおりには、百年老店も存亡の危機に陥ったようです。紅衛兵たちは、人民を毒する旧思想・旧文化・旧風俗・旧習慣を排除する、いわゆる”破四旧”を掲げて、文化財、伝統芸能などを含めて、とにかく古い文物を破壊していきます。当然、百年老店もターゲットになり、店名を変えられる、メニューを変えられる、さらには店を破壊されることになります。そこで消えていった百年老店も、少なからずあったのではないかと思います。上海老飯店も、南翔饅頭店も、同じ試練を受けたはずですが、なんとか生き残ったわけです。30年前に訪れた時、老飯店は歴史を感じさせる堂々たる外観と重厚感あふれる内観が実に印象的でした。今は近代的な建物になっていますが、外観は中国風に仕立てられ、なかなか立派なものです。
初めての上海は、一人で行ったのですが、何が何でも、有名な上海老飯店で、上海名物の紅焼を食べたいと思い、訪問しました。真っ当な中華料理店で一人で食事することなどあり得ません。そのリスクは承知していましたが、円が強かった時代でもあり、かまわずに訪れました。鰻の紅焼はじめ、3品ほど注文しました。ぶつ切りにされた鰻一匹が、照りのある美しい紅色に包まれて出てきたときには感動しました。鰻そのものの風味は薄かったように記憶しますが、紅焼の複雑で深みのある味には五千年の歴史の重みを感じたものです。紅焼は、ブレンドした中国醤油、紹興酒、砂糖、香辛料で具材を煮込んだ料理です。シンプルなだけに、味の深み、色合い、具材と調味料の一体感など、調理人の腕が試される料理だと言えます。
東京の上海料理店でも紅焼を食べることができます。ただ、排骨や獅子頭(肉団子)が多く、海鮮系はあまり見かけません。超高級店ならいざ知らず、なかなか上海老飯店ほどの味には出会いません。実は、上海老飯店は、東京にも進出していました。そのうちに行こうと思っているうちに撤退していました。そういえば、かつて、香港の名店福臨門酒家も来ていましたが、お家騒動の影響で名前が変わり、今は店もありません。名店が東京進出したら、そのうちなどと言わずに、すぐ行くべきなのでしょう。ちなみに、上海からは南翔饅頭店、北京からは北京ダックの全聚徳といった百年老店も東京に来ています。(写真出典:shanghainavi.com)