監督:ブラディ・コーベット 2024年アメリカ・ハンガリー・イギリス
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ブルータリズムとは、1950年代に流行った建築様式です。バウハウスの流れを組みつつも、近未来的で大胆な外見、打ちっぱなしのコンクリートとガラスといった素材を特徴とします。粗野(brutal)な印象からブルータリズムと呼ばれます。1950年代モダニズムの典型の一つと言えます。映画は、第二次大戦後、ナチの強制収容所を出てアメリカに渡ったハンガリー出身のユダヤ人建築家の半生を描いています。彼が、富豪の依頼を受けて設計したブルータリズム様式によるコミュニティ・センターの建設が重要なモティーフになっています。映画館の入り口では、そのコミュニティ・センターを紹介するパンフレットも渡されます。完全なフィクションですが、設定のリアリティを高めるための細工です。また、1950年代に誕生して消えていったビスタヴィジョンの使用、あるいは15分間のインターミッション(休憩)の採用、さらにはドラマティックな劇伴を含む音楽の多用など、ドラマ以外の部分も使って時代感を醸成しています。プロットは、芸術家肌の建築家が、わがままな富豪、アメリカのビジネス環境、あるいは根強いユダヤ人差別のなかで孤独感を強めていくといったものですが、追求したかったテーマはあくまでも移民問題なのだと思われます。やはり大統領選挙を意識して製作されたのでしょう。昨年9月にヴェネツイアで銀獅子賞(監督賞)を獲っていますが、配給のA24によるなんらかの配慮でもあったのか、アメリカでの公開は大統領戦後の12月末になっています。
ナチスの強制収容所、アメリカで経験するユダヤ人差別、あるいは名の知れた建築家であっても避けがたい移民の辛酸などが描かれています。船がNYに到着すると、船内に歓声があがりますが、自由の女神が逆さに映し出されます。象徴的な映像です。映画の前半では、たたみかけるように展開する音楽とヴィデオ・クリップ的映像が印象的ですが、ヒッチコックの「レベッカ」(1940)を思い起こさせるものがあります。本作は、ミステリではありませんが、ヒッチコックの緊張と緩和というセオリーを準用しているように思えます。主人公の人格破綻、観客に与える不安感、女性の描き方、同性愛の扱い方なども、どことなくヒッチコックを思わせるものがあります。若い監督による新しい感性を感じさせますが、基本をしっかり抑えた映画とも言えます。
本作は、ヴェネツイアの銀獅子賞はじめ、英国アカデミー賞やゴールデン・グローブでも各賞を獲得し、アカデミー賞では10部門にノミネートされています。監督は、俳優から監督に転じた人で、本作が3作目とのこと。前2作も高い評価を得ているようです。主演は、ウェス・アンダーソン映画でお馴染みの個性派エイドリアン・ブロディです。この人ははまり役を必要とする人だと思います。そういう意味では、本作の主演はアカデミー主演男優賞を獲った「戦場のピアニスト」以来のはまり役だと思います。富豪役を演じたのはベテランのガイ・ピアースですが、なにやら演技を楽しんでいる風情がありました。妻役でいい味を出しているフェリシティ・ジョーンズは、「ローグ・ワン」の主役だったようですが、随分と印象が違います。
主人公のモデルとして、建築家マルセル・ブロイヤーの名前があがっています。ハンガリー出身のユダヤ系、バウハウス出身、有名な椅子のデザイン、アメリカへ渡ってブルータリズムの先駆者として活躍したことなど、外形的には共通点が多いと思います。それにしても、移民問題というテーマを追及するために、なぜブルータリズム建築家を選んだのかという点が気になりましたが、よく分かりませんでした。人種問題は、ブルータルなものではありますが・・・。余談ながら、エンドロールで、スコット・ウォーカーへ献辞が現れ、驚きました。スコット・ウォーカーは、60年前に一世を風靡したポップ・シンガーであり、2019年に亡くなっています。知らなかったのですが、その後、音楽の幅を広げ、映画音楽も手がけていたようです。ブラディ・コーベット監督の長編デビュー作の音楽もスコット・ウォーカーが担当したようです。(写真出典:eiga.com)