日本で最もポピュラーな漬物といえば、沢庵なのだろうと思っていました。家庭はもとより、飲食店で出される漬物も沢庵が定番だからです。ただ、沢庵は、家庭で、そして零細な商店で生産・販売されているので、商品別売上ランキング上位には入ってこないのでしょう。そこで好きな漬物、よく買う漬物に関する業界紙のアンケートを見てみました。やはり、一番はキムチになっていました。以下、梅干し、浅漬けと続き、沢庵は4位と意外な結果でした。干した大根のぬか漬けである沢庵は、江戸初期に、臨済宗の僧侶・沢庵宗彭が考案したとされます。味の良さもさることながら、材料がどこにでもあり、製法も簡易であることから18世紀には全国に広まったようです。漬物の王様になった沢庵も、食生活の変化には勝てなかったわけです。
漬物は、食事のアクセント、箸休め、ご飯の友として、和食には欠かせない存在です。漬物の文献上の初出は天平期の木簡であり、ウリの塩漬けに関する記載があるようです。しかし、有史以前から、保存法として漬物は存在したのではないかと思われます。漬物は、香の物、あるいは香々とも呼ばれます。和食の基本形とされる”一汁三菜香の物”という言葉もあります。漬物が香の物と呼ばれるようになった経緯には、大根が深く関わっています。香木を焚いて香りを楽しむ日本の香道は平安期に確立されたといいます。香道では、香りを嗅ぐことを聞くといいます。香道には、香りを聞き楽しむ聞香、香りを当てる組香がありますが、いずれでも別な香りを聞く前に、大根を口にして残り香を消したものだそうです。大根には消臭作用があるとされるからです。
しかし、大根も年中あるわけではありません。そこで、塩付けした大根が使われたものと思われます。沢庵を使ったという話もありますが、時代的にズレがあります。いずれにしても、香道で用いられたことから漬物は香の物と呼ばれるようになったようです。香の物は、漬物を上品に言う場合に使われているように思います。香々やお香々は、香の物の女性言葉なのではないかと思います。祖母がよくお香々と言っていたのを覚えています。また、漬物をお新香と呼ぶことがありますが、本来、これは浅漬けを指す言葉でした。ただ、現代では、漬物全般を呼ぶことが多く、居酒屋などでは、お新香と言えば、漬物の盛り合わせが出てきます。なお、関西では、香の物と言えば、いまでも大根の漬物、特に沢庵を指すようです。
ちなみに、定食や丼物に添えられる沢庵は、二切れが相場です。これは、なにもケチっているのではなく、江戸期の風習が残っているからです。武士の町・江戸では、一切れは”人切れ”は殺人、三切れは”身切れ”で切腹をイメージさせるため、二切れが標準となったのだそうです。しかし、これはあくまでも江戸の話であって、関西では三切れが多いと聞きます。三は、仏・法・僧の三宝につながり縁起が良いとされるからなのだそうです。日本人は、とかく三・五・七を良い数とする傾向があるので、関西の三切れは落ち着きがいいように思います。江戸の伝統とは言え、二切れは、いかにもケチった印象があります。それもあってか、現代では、二切れの沢庵に、他の漬物も添えて出す店が多いように思います。(写真出典:delishkitchen.tv)