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江戸期の水瓶 |
瀬戸物屋についた兄貴は、1円15銭の一荷入りの水瓶を、言葉巧みに1円に値切って買います。荷造りしてもらった瓶を担いで店を出ると、町内を一回りして、また店に戻ります。兄貴は、店主に二荷入りの水瓶に換えてくれと言います。二荷入りだから2円だろ、さっき1円払って、この水瓶を1円でひきとってもらえば、あわせてちょうど2円だ、勘定はそれでいいな、と言って二荷入りの水瓶を手に入れます。納得できない店主ですが、兄貴に言いくるめられてしまいます。兄貴のテンポの良い語り口と、店主の戸惑った様子の使い分けが小気味よい、実に良く出来た噺です。もとは18世紀に出版された笑話集「開口新語」のなかの一編を落語に仕立てた上方の演目だったようです。
「開口新語」は中国の笑話集を和訳したものですから、大本は中国ということになります。実は、アメリカにも似たような話があります。有名なのは、”Missing Dollar Riddle”というなぞなぞです。3人の客がホテルで1部屋30ドルの部屋に泊まることにして、一人10ドルづつ払います。支配人は、その部屋が25ドルだったことに気付き、ボーイに5ドル返金するように言います。5ドルだと3人で割り切れないことに気付いたボーイは、ちゃっかり2ドルを懐に入れて、3ドルを返金します。客は一人9ドル払ったことになり合計は27ドル、ボーイがくすねたのが2ドル、合算すると29ドル。1ドルはどこへ行ったのか?というなぞなぞです。なぞなぞというよりも数学のようでもあります。
様々な説明の仕方があると思いますが、本来の客一人の支払いは25/3であり、ボーイがくすねた2ドルを加えると27/3になります。そこにボーイの2ドルを二重に合算するので1ドルあわなくなるわけです。よくできた話です。このなぞなぞは、1930年頃から知られるようになったのだそうですが、18世紀には、原型となるいくつかのパターンが登場していたようです。その一つは、店に100ドルと200ドルの宝石箱が売ってあり、ある男が悩んだ末に100ドルの箱を買います。しかし、やはり200ドルの箱が欲しくなった男は、店に戻り、さっき払った100ドルとこの箱の返品でちょうど200ドルになると言い切って、まんまと200ドルの宝石箱を手に入れます。壺算とまったく同じ話です。これも中国から渡った話なのかもしれません。
水瓶の場合も、宝石箱の場合も、店主は何か変だと気付いていたのでしょうが、何が問題なのかをうまく説明できません。その間に、兄貴や客は店を後にするわけです。Missing Dollarでは、そのうまく説明できないところをなぞなぞに仕立てています。常識的に考えれば分かる話ですが、複式簿記の発想があれば、より明解なのだと思います。複式簿記は、15世紀のヴェネツイアで生まれたとされます。原因と結果が記載され、貸借平均の原理に基づき記帳されます。水瓶の話も、宝石箱の話も、複式簿記が一般化する頃に生まれた笑い話なのかもしれません。ちなみに、時そばでは、やりとりを見ていた江戸っ子が、これを真似します。ななつ、やっつ、今何時だいと聞くと、店主が「へい、よっつです」と答え、いつつ、むっつと続けることになり、余計に勘定を払ってしまいます。(写真出典:gakken.jp)