へぎそばは、つなぎに布海苔を使ったコシが強くのどごしの良い蕎麦です。一口大にまとめたそばを、へぎ(片木)と呼ばれる木製の器に盛り付けて食べることからへぎそばと呼ばれます。へぎそばは、大正年間に創業した十日町の小嶋屋総本店が発祥とされます。十日町は、信濃川とその河岸段丘で構成される盆地にあります。国宝・火焔型土器が出土したことでも知られ、縄文時代から人々の営みが行われてきた古い歴史を持ちます。また、十日町は織物の町でもあり、越後縮や十日町絣で知られます。町では、織物の糸を張るために古くから布海苔が使われており、それがへぎそば誕生につながりました。また、一口大にまとめる手繰りは、おかぜと呼ばれる絹糸の束を模しているのだそうです。へぎそばは、織物から生まれたわけです。
小嶋屋という屋号を持つへぎそば屋は、小嶋屋総本家、越後長岡小嶋屋、越後十日町小嶋屋と3軒が存在します。それぞれ独立した会社ですが、いずれも小嶋屋の創業者の子供たちの経営する店です。好みもあるとは思いますが、私は、どの店も美味しいと思います。へぎそば屋は、小嶋屋以外にも多くありますが、コシの強さがそれぞれ異なっており、面白いと思います。また、十日町の他にも、小千谷縮で有名な小千谷もへぎそばのメッカの一つとなっています。へぎそばの薬味も、なかなか独特だと言えます。かつてワサビが採れなかったことから、カラシが使われてきたようです。カラシは、直接、そばに付けて食べます。近年は、ワサビも出されますが、土地の人はカラシを好みます。慣れの問題でしょうが、私はワサビの方がしっくりきます。
アサツキの球根も、へぎそばに独特な薬味です。らっきょうによく似ていますが、植物的にはチャイブの一種なのだそうです。ちょっとした辛味がクセになります。アサツキは、つゆに入れるのではなく、そのままかじります。沖縄の島らっきょうのようでもあり、酒のつまみにも適しています。ただ、不思議だと思うのは、アサツキの球根は、へぎそば屋でしか見たことがありません。また、へぎそばの付け合わせに欠かせないと思うのが、舞茸の天ぷらです。ごく普通の天ぷらそば、あるいは山菜の天ぷら盛り合わせでも良いのですが、どうも舞茸の天ぷらを合わせたくなります。新潟の中越地方は、南魚沼の雪国まいたけはじめ、舞茸の生産が盛んな土地でもあります。中越の立派で味の濃い舞茸の天ぷらは絶品だと思います。
十日町、津南あたりは”妻有(つまり)地方”とも呼ばれます。中越地方の南端であり、山深い土地柄です。妻有とは妙な地名ですが、どん詰まりという意味からそう呼ばれてきたようです。2000年から、妻有地方を舞台に、3年に一度、”大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ”が開催されています。世界最大級の国際芸術祭と言われています。数年前に行きましたが、妻有地方に点在する全ての作品を観ることは困難です。ツアーに参加して主な作品だけ観ましたが、それでも一日がかりでした。この成功がきっかけとなり、現在では、瀬戸内トリエンナーレはじめ、多くの芸術祭が開催されるようになりました。魚沼産こしひかりと大地の芸術祭は名が知られていますが、へぎそばも、もっと有名になっていいように思います。(写真出典:furusato-tax.jp)