2025年1月21日火曜日

八岐大蛇

たたら
日本の古代神話のなかで、スサノオの八岐大蛇(やまたのおろち)退治は、最もよく知られた話の一つだと思います。舞台は出雲の山中です。出雲の神話といえば、大国主神を主人公とする因幡の白兎、国譲りも有名です。スサノオは、大国主神の6代前の先祖となります。スサノオは、国産み神話で知られるイサナギとイザナミの子供であり、天照大神(あまてらすおおかみ)の弟です。スサノオが高天原(たかまがはら、天上界)で粗暴をはたらいために、天照大神は天岩戸に隠れ、スサノオ自身は高天原から追放されます。スサノオは、出雲の鳥髪山(現在の船通山)に降り立ったとされます。スサノオは山の麓で、嘆き悲しんでいる老夫婦に出会います。

夫婦の8人の娘たちは、毎年一人ずつ、八頭八尾の巨大な八岐大蛇に食べられており、残る櫛名田比売(くしなだひめ)も食べられるのではないかと恐れて泣いていたのでした。スサノオは、娘を嫁にもらうことを条件におろち退治を申し出ます。おろちに強い酒を飲ませ、酔ったところを襲ったスサノオは、おろちを切り刻みます。その尾から出てきたのが天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)、いわゆる草薙剣であり、スサノオはこれを天照大神に差し出し、三種の神器の一つになります。現在、天叢雲剣は熱田神宮に保存されています。神話・伝承に登場する龍や蛇は、おおむね河川を象徴し、その退治とは治水を意味するとされます。おろち伝説では、簸川(ひかわ、現在の斐伊川)がこれに相当するといわれます。

ただ、おろちは、河川ではなく、たたら製鉄を象徴しているという説があります。たたらとは、大きな鞴(ふいご)を意味します。たたら製鉄は、主に砂鉄を原料に、粘土で作った炉で木炭を用いて低温還元し、高純度の鉄を生産する古来の技術です。たたら製鉄は既に廃れていますが、日本刀の原材料となる玉鋼だけは、現在もこの製法で生産されています。古代の製鉄は、原料を朝鮮半島に依存していましたが、簸川流域では砂鉄がとれ、たたら製鉄が行われていたようです。八岐大蛇の八頭八尾は流域に点在するたたら製鉄所、赤く燃える目はたたらの火、背中の樹木や苔はたたらが山中にあること、そして何よりも天叢雲剣がたたら製鉄を象徴しているというわけです。古代における鉄の重要性からして納得できる話です。

ただ、気なるのは、古事記の”高志之八俣遠呂智”という表記と娘が毎年食われるという話です。高志とは越であり、北陸から新潟一帯を指します。越の人々が、良質な鉄を力尽くで奪いに来るということなのかもしれません。スサノオは、越の侵略を防ぎ、出雲を治めたのでしょう。スサノオの子孫たちは、製鉄をもとに出雲で栄え、大国主神の国譲りへとつながります。天孫家は、東進にあたり、最大の難敵である出雲を制し、何としてもたたらを手に入れる必要があったのでしょう。大国主神が治める葦原中国(あしはらのなかつくに)を平定した天照大神は、孫の瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を降臨させ、地上界を治めさせます。そして、その4代後の神武天皇が奈良盆地に至り、ヤマト王権を樹立します。

古代神話は、高天原、葦原中国、黄泉の国で構成されます。中つ国とは、天上界と死者の国の間にあるという意味ですが、なぜ葦原を付ける必要があったのか不思議なところです。一説によれば、天孫家は葦に付着する鉄分を集めて鉄塊を作る技術を持っていたとされます。それが天孫家の強みであり、東進は葦を求めた移動だったとも言われます。ただ、たたらのより効率的な製鉄には劣るので、武力と政治力を駆使して出雲をおさえたわけです。スサノオを天照大神の弟としたのも、国譲りの正統性を確保するためだったのかもしれません。いずれにしても、日本の古代神話は、勝者であるヤマト王権の物語であると同時に、鉄を巡る物語でもあると言えそうです。鉄を制するものは天下を制する、というわけです。(写真出典:tetsunomichi.gr.jp)

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