神宮外苑を代表する景観と言えば、絵画館前のイチョウ並木です。毎年、秋も深まり、並木道が黄色く染まると、多くの人が訪れ、季節の風物詩としてニュースにもなります。実に絵になる光景です。外苑に限らず、東京にはイチョウ並木が多くあります。イチョウは、火や害虫に強いことから寺社の境内に多く植えられ、また、大気汚染にも強いことから街路樹としても多く活用されています。あまりにも見慣れているので意外なのですが、イチョウは世界最古の現生樹種の一つとされ、”生きた化石”とも呼ばれます。2億年前には世界中に複数種が繁殖していましたが、6,000万年ほど前から姿を消し始め、現存種だけが残りました。中国に残る野生のイチョウは、国際自然保護連合 の絶滅危惧種に指定されています。
裸子植物であるイチョウは、シダやコケと同じく、精子が卵に向かって泳ぐという生殖が行われます。1億4千万年前、裸子植物から被子植物が分化し誕生します。より進化した被子植物は早いスピードで繁殖していき、イチョウを駆逐していったようです。文献上、生き残ったイチョウが発見されたのは11世紀とされます。中国の安徽省付近でした。日本には13世紀頃に伝わったようです。中国ではイチョウをその葉から連想して鴨脚(アヒルの足)と呼びます。日本では、鴨脚の発音”イーチャオ”が転じてイチョウになったとする説があるようです。イチョウは、英語では”Ginkgo”と呼ばれます。17世紀、出島にいた医師エンゲルベルト・ケンペルが、初めてイチョウを欧州に伝えますが、その際、“銀杏(ぎんきょう)”のスペルを間違えたのだそうです。
イチョウの実である銀杏を食べるのは、中国・韓国・日本だけです。咳止めや精力剤として知られる銀杏ですが、毒性があるため食べ過ぎると中毒症状が現れ、場合によっては死に至ることもあるようです。昔から歳の数以上に食べてはいけないとも言われますが、子供は止めておいた方がよく、成人でも10個程度までなら安全とされます。考えてみると、居酒屋や焼き鳥屋で食べる際にも、せいぜい10個程度のような気がします。結果的には、理に適っているのかもしれません。また、銀杏には独特の臭みがあります。街路樹のイチョウの場合、歩道に落ちた銀杏は歩行者に踏みつけられ、その臭みがあたり一帯に拡散します。イチョウの多い丸の内も、秋の朝には銀杏の匂いが漂っています。この匂いが嫌いだという人も多くいます。
愛知県の稲沢市祖父江は銀杏の生産量日本一とされます。実家が祖父江の銀杏農家という後輩がおり、一度、立派な銀杏を頂いたことがあります。大粒の銀杏はほくほくとして美味しかったのですが、銀杏農家なる人たちの仕事が気になりました。要するに、秋に落ちた銀杏を拾うだけで農業として成り立つのなら、こんないい稼業はないと思ったわけです。実際のところは、イチョウの手入れ等も行っているようです。例えば、銀杏が収穫しやすいように、イチョウは縦に伸びるのではなく横に広がるように手が入れられていると聞きました。そして、そもそも専業の銀杏農家というものは存在せず、田んぼや畑の副業として営まれているとでした。納得です。(写真出典:enjoytokyo.jp)