2024年12月21日土曜日

「ピアルギ」

監督: イヴォ・トライコフ   2022年スロバキア・北マケドニア・チェコ

☆☆+

様々なスパイスを入れすぎて味がぼやけてしまったスープのような映画でした。第二次世界大戦前夜、スロバキアの寒村、横暴な家父長に振り回される家族と、素材的には魅力的なものがあります。にも関わらず、フェミニズムに加え、宗教、オカルト、人種差別、政治あるいは民族の状況といった要素を中途半端に入れ込んだ結果、フォーカスもメッセージ性も大いに失われています。制作を主導すべき人間が多すぎたのか、あるいはプロットや演出を長時間温めすぎたのでしょうか。例えば、タル・ベーラ風に、覚悟を決め、腰を据えてじっくりと撮れば、かなり面白い映画になっていたのではないかと思います。実に残念な映画でした。

主人公となる女性のキャラクター設定も理解できない面があります。主人公の家族は評判が悪く、父母は不在、姉は娼婦という背景から、義父の性的暴力の対象になりやすかったという流れは理解できます。ただ、主人公の顔立ちや行動に近代性をにじませている点が理解不能でした。主人公の内面や抵抗の意志を象徴したかったのだとすれば、まったく中途半端な表現になっていると言えます。この点が、フェミニズム映画としての完成度を著しく阻害しているように思えました。また、主人公と義父との関係、コミュニティとの関係を正面に据えて、じっくり深掘りしてドラマを構成する自信がなかったので、政治やオカルトや雪崩を繰り出したのではないか、とも思えてきます。

アンチ・キリストの誕生を訴えた主人公の友人の扱い、そして教会の対応は、恐らく当時のスロバキアの政治状況を暗示しているのでしょう。通りにはナチ親衛隊もどきが闊歩し、いたるところにヨゼフ・ティソのポスターが貼られています。ヨゼフ・ティソは、聖職者ながら、首相・大統領として親ナチス政治を展開した人です。1939~1945年まで存在したスロバキア共和国は、ナチスの傀儡国家として、第二次大戦を戦い、ホロコーストに手を貸し、戦後は国家として無効という宣告をされています。興味深い歴史ではありますが、メイン・プロットとの関わりが薄く、これまた意味不明と言わざるを得ません。もし、ナチに支配された歴史、あるいはハンガリーに支配されてきた民族の歴史がテーマだとすれば、実に中途半端な脚本だと言えます。

本作が、初めて観たスロバキア映画でした。スロバキアとは”スラブ人の土地”という意味だそうです。永らくハンガリー王国、オーストリア・ハンガリー帝国の支配下にあり、チェコと合併する形で独立したのは第1次世界大戦後のことでした。我々にとってチェコスロバキアは、聞き慣れた国名でした。第2次世界大戦後、ソヴィエトの衛星国家となりますが、1989年のビロード革命で民主化、そして1993年、チェコと分離独立しています。比較的新しい東欧の小国であり、あまり馴染みがない国と言えます。540万人という人口は兵庫県と同じくらいになります。映画制作が産業として成り立つためには、かなり厳しい規模だと言えます。それだけに、1本1本の映画の制作に込める思いは強いのだろうと思います。本作は、それが強すぎたのではないかと思います。(写真出典:imdb.com)

マクア渓谷